(36)噛み合わない会話
茶会があった日の夜。
コンラートは周囲から言い含められ、何とか状況を打開しようと、セーラの私室を訪れた。
これまでコンラートが自分の私室に出向いたことがなかったため、セーラは軽く驚いたものの、特に不審に思わずに室内に招き入れる。そして、二人はソファーに向かい合って座った。
「遅くに邪魔して悪いな」
「構いません。それよりもアニーを呼んで、お茶でも持ってこさせましょうか?」
「いや、大丈夫だ」
テーブルの呼び鈴に手を伸ばしたセーラを、コンラートは慌てて止めた。そして、いくつかの世間話を振り、会話の糸口を探っているコンラートの姿を、ドアの隙間から室内を覗いていたレイチェルが、苦々しげに言った。
「話を聞いて冗談かと思ったけど、まさか本当にセラフィーナ様を客間で生活させていたなんて。お兄様はともかく、ダレンたちは何をやっていたのよ。こういう時こそ、しっかり諫言するべきじゃないの?」
レイチェルは自分の屋敷に戻るのを急遽取り止め、しばらく城に居座るのを夫に連絡していた。その挙げ句に、こっそり兄の動向を観察して本気で腹を立てているらしい叔母に対し、レオナルドが申し訳なさそうに弁解した。
「叔母様の意見はごもっともですし、一応、部屋を替えることについては何度も申し入れているのです。ですが、当のセーラ様がここをとても気に入っておられるうえ、母様が使っていた部屋を使うのは申し訳ないと、固辞されているので……」
そこでドアに張り付いている二人に、背後からアニーとヘレナが冷静に声をかけた。
「お二人とも、中のお二人に気付かれないよう、もう少し静かにしてください」
「ドアも、あまり開かないようにしたほうがいいですから」
「分かったわ」
「気をつけるよ」
そうこうしているうちに、コンラートは慎重に本題を切り出した。
「その、だな。改めて、謝罪をしようと思ったのだ。あなたがここに来た当初、失礼な言動で不快な思いをさせて申し訳なかった」
そこでコンラートは、話を区切って真摯に頭を下げた。しかし、それを見たセーラは、本気で戸惑った表情になりながら問い返した。
「あの、コンラート様? どんなことが『不快な言動』なのでしょうか? 私は特に、不快な思いなどした覚えがないのですが?」
「だから……『私の妻として、息子の母親としての役割など、あなたには微塵も求めていない』というようなことを、面と向かって言っただろう?」
それを聞いたセーラは、ますます困惑した様子を見せた。
「それはコンラート様にとっては、当然のことですよね? 私たちの結婚は政略結婚ですし、私はまったく不快に思っておりませんでしたが」
「あなたはそうでも、今の私の本意ではないので、発言を撤回させてもらった上で、謝罪したいと思ったのだ」
「いえ、ですから、不快な思いをしたのなら謝罪していただきたいと思いますが、私はそんな覚えはありませんので、謝罪の必要はありません」
「そうではなくて! そもそも政略結婚という枠組みから、離れてほしいと思っているんだ!」
話が堂々巡りになりかけたところで、コンラートが語気強く訴えた。その剣幕に気圧されたようにセーラは一瞬口を閉ざし、怪訝そうな顔で問い返した。
「……政略結婚から離れる?」
「ああ。そういう方向で考えてほしいのだが」
コンラートが真顔で申し出ると、セーラはそのまま黙考した。そして、納得した様子で結論を導き出した。
「なるほど、分かりました。契約結婚ですね」
「は?」
「私がグレンバル辺境伯家の繁栄に協力し、その対価としてコンラート様が私に快適な衣食住を保証してくださる。なるほど。確かに、王家と辺境伯家の間であれば政略結婚ですが、私とコンラート様の個人同士の関係では契約結婚となりますね」
「なるほど、じゃない! どうしてそうなるんだ!?」
「違うのですか? それでは、どういうことでしょう?」
「要は、普通の夫婦関係を築こうと言っているだけだ!」
予想外の展開に、コンラートは思わず声を荒らげた。しかし、それを聞いたセーラはきょとんとした顔で聞き返した。
「普通とは何ですか?」
「何だって?」
「結婚する前に、夫婦とはどんなものか、王妃様に尋ねたのです。そうしましたら、王妃様は『人の数だけ個性があるように、夫婦の数だけ夫婦の形があるものだ。よって、特定の枠に嵌めようとするのは間違いで、夫婦の形に「普通」という概念は存在しない』と仰いましたので」
「確かに、ある意味そうかもしれないがな!」
あの女はどこまで邪魔をするのかと、コンラートはこの場にいないオリヴィエに対し、心の中で悪態をついた。
そしてドアの外では、第三者たちの間で、冷静に意見が交わされていた。
「傍から聞いている分には、噛み合わなさが面白いのだけど」
「叔母様。他人事みたいに言わないでください」
「もう面倒くさいから、いっそのこと押し倒してしまえばいいんじゃない?」
そこで、控え目にアニーとヘレナが意見を述べた。
「レイチェル様。それに関しては、正直に言うと、私たちも考えなかったわけではないのですが……」
「男女関係に関しての予備知識皆無のセラフィーナ様に対して、そんな暴挙に及んだらどうなるのか、まったく想像できなくて怖すぎます」
「それもそうよね。ごめんなさい。軽口が過ぎたわ」
レイチェルは素直に謝罪し、再び室内の様子を窺ったが、二人の押し問答はそう長くは続かなかった。




