(35)容赦のない指摘
「邪魔するわよっ!」
勢いよくドアを開け、執務室に押し入ってきた妹を見たコンラートは、無意識に眉根を寄せた。そして、その横暴ぶりを窘めようと、不機嫌そうに口を開いた。
「何だ、レイチェル。母親になったというのに、お前は相変わらず落ち着きがないな。デニスに愛想を尽かされないように、自分が他人からどう見られているのか、少しは考えたらどうだ」
嫁入り前ならまだしも、その跳ねっ返りぶりはどうにかならないものかと頭痛を覚えながら、コンラートは苦言を呈した。しかし、そんなものに恐れ入るどころか、レイチェルは憤然として言い返した。
「何を取り澄まして言ってるのよ!」
そこで、コンラートはさすがに苛立ちながら、開かれていたはずの茶会について尋ねた。
「第一、もう茶会は終わったのか? まさか、お前が騒ぎを起こして中座してきたのではあるまいな? セラフィーナがあれだけ気を配って準備していたのだぞ?」
「私が、騒ぎを起こすわけないでしょう!? 終わったことは終わったけど、あんな微妙な空気でお開きになったのは、元はと言えばお兄様のせいですからね!?」
その頃には、室内にいた補佐官たちも、何事かと仕事の手を止めて兄妹のやり取りを眺めていた。そんな微妙な緊張感が満ちる中、妹の台詞に不穏なものを感じたコンラートは、眼光鋭くレイチェルを睨みつけた。
「……何だと? やはり、茶会で何かあったのか? セラフィーナとレオナルドはどうした?」
「二人揃って、乳母に預けてあるジークの顔を見に行ったわ。それで私だけ、こっちに来たのよ!」
「お前の子どもを見に行っただと? それなら、別に問題が起きたわけではないのか?」
本当に問題が起きたのなら、呑気に赤ん坊に会いに行くこともないだろうと、コンラートは安堵した。しかし、ここでレイチェルが、とんでもないことを言い出した。
「大問題と言えば大問題だけど! 今の今まで知らなかったけど、お兄様はミリーナ義姉様がお亡くなりになってから、不能になったわけ!? それとも女じゃなくて、男に走ったの!? それなら百歩譲って、納得できなくもないけどね!」
そんな暴言を耳にした瞬間、コンラートは力任せに拳で机を叩きながら、憤怒の形相で妹を怒鳴りつけた。
「いきなり飛び込んできたと思ったら、お前は何を言い出すんだ!!」
「だって、そうでもないと、あれだけ美人で若くて気立てのいいセラフィーナ様と結婚したのに、二ヶ月以上も指一本触れていないとかおかしいわよね!?」
「…………」
レイチェルがそう叫ぶと、室内が不気味に静まり返った。そして、盛大に顔を引きつらせたコンラートが、慎重に妹に尋ねる。
「……ちょっと待て。どうしてお前が、そんなことを断言するんだ」
ここでようやく気持ちが落ち着いたらしいレイチェルが、溜め息交じりに告げた。
「セラフィーナ様に教えてもらったからよ。本人は、まったく悪気はないし、とんでもないことを口にしたという自覚も皆無だったでしょうけど」
「茶会で、一体何があった?」
そこでレイチェルは、マイラがセーラに絡んだ後、何とか場を取りなそうとしたレオナルドの発言から、思わぬ方向に話が流れた一部始終を、兄と側近たちに語って聞かせた。
「そういうわけで、お兄様たちの実際の夫婦関係が、出席者の皆様に知れ渡ったから。そのつもりでいて頂戴。一両日中には確実に、家臣たちの主だった面々に伝わるわね」
「…………」
聞き終えたコンラートが机に両肘をつき、文字通り頭を抱えているのを見下ろしたレイチェルは、半ば投げやりに呟く。
「もうレオナルドがいるし、いっそのこと、男の恋人がいるとか吹聴しておこうかしら」
「冗談はそこまでにしておけ」
「はいはい。そうします。だけど、本当にどうする気なの? セラフィーナ様のこと、そんなに気に入らないの? すごくいい人じゃない。私は気に入ったけど? デニスも最初は警戒していたけど、最近は好意的に評しているのに」
兄と同様に、王家から送り込まれたセーラを警戒していた夫から、「裏表のない善良な女性だと思う」と聞かされていたレイチェルは、心底不思議そうに尋ねた。それにコンラートが、呻くように応じる。
「……気に入らないわけじゃない」
「はぁ? それなら、何をやってるのよ? あ、この場合、何もやってないわけだけど」
「レイチェル様」
レイチェルがそんな容赦のないことを口にしていると、 少し離れた机から、ダレンが小声で呼びかけながら手招きしているのに気がついた。
「ダレン、どうかしたの?」
レイチェルは項垂れたままの兄を放置してダレンに歩み寄り、何事かと尋ねた。すると、ダレンが小声で囁いてくる。
「その辺りで、勘弁してあげてください。ご領主様なりに色々と働きかけてはいるのですが、肝心の奥様から無意識に躱されたり、見当違いな方向に話を持っていかれたり、完全に勘違いされたりして、一向に進展が見られないものですから」
それを聞いた彼女は、信じられないと言わんばかりに目を見開き、呆れ気味に感想を述べる。
「え? 何? 手を出す以前に、口説けてもいないわけ? あの朴念仁は」
「レイチェル様……。実の兄君なのですから、少しは手加減してあげてください」
「実の妹だから、遠慮なく指摘してあげているんじゃない」
しかし、さすがに少しばかり兄を哀れに思ったのか、レイチェルはそれ以上余計なことは言わず、そのまま執務室から引き上げていった。




