(34)大惨事
「ご領主様の愛人を探すのに、ミリーナ様に似た方を探すというのは、一見、道理にかなったことのように思われます。しかし、それは悪手でございましょう」
「どうしてそう思うのですか?」
「先ほど奥様は、ご領主様がいまだにミリーナ様を深く想っておられると、口にされました。おっしゃる通り、ご領主様は今でも、亡き奥様との思い出を大切にしておられます。もし、単にミリーナ様とよく似た女性でよければ、奥様がお亡くなりになってから、これまでに似た女性を後添いに迎えられているはずです」
そう指摘されたセーラは、真剣な顔つきで考え込んだ。そして、カリナの主張を素直に認める。
「……言われてみれば、そうかもしれません」
「それなのに、『ミリーナ様とよく似た女性を探したので、愛人にしてください』などとご領主様に告げた場合、その大切な思い出を穢されたと感じ、不快に思われるのではないでしょうか。その可能性が皆無ではないと愚考いたしましたので、老婆心ながら進言させていただきました」
そこでカリナは、神妙に頭を下げた。その時にはセーラもマイラの手を放しており、カリナに向き直って笑顔で感謝の言葉を口にした。
「ありがとう、カリナ。確かにそうですね。私の短絡的な考えを押しつけるのは、コンラート様を不快にさせるだけでなく、失礼な振る舞いでした。教えてくれて、ありがとうございます」
「いいえ。ご領主様や奥様が間違ったお考えをお持ちの時に諫言するのは、家臣としての務めでございます。どうかお気になさらず」
セーラはここで、カリナからマイラに視線を移した。
「マイラ様にも、ご迷惑をおかけするところでした。誠に申し訳ありません。お詫びいたします」
「いえ、お気遣いなく……」
笑顔で謝罪してきたセーラに対し、マイラは怖じ気づきながらなんとか言葉を返した。
「それではとりあえず、レオナルドの弟か妹を迎えるに相応しいゆりかごを発注することにして、コンラート様には、どのような女性であればお気に召すのか、意見を伺ってみましょう。それが、妻としての私の役目ですね」
そんな決意を新たにしているセーラに、レオナルドがなおも果敢に訴えた。
「あの、セーラ様。子供が生まれることについてですが、神様にお祈りしたとしても、いきなりゆりかごに赤ん坊を授かるわけではありませんが、それはご存知ですよね?」
「どういう意味ですか?」
「ですから、赤ん坊は最初、母親のお腹の中にいて、生まれてからゆりかごに寝かせるのですけど」
「…………」
レオナルドの説明を聞いたセーラは、本気で戸惑ったような表情になり、無言で彼を凝視した。周囲がどうなることかと二人の様子を見守っていると、少ししてセーラが明るく笑いながら告げる。
「あ、分かりました! 神様は、まず母親や愛人のお腹の中に赤ん坊を授けてくださるので、その後、赤ん坊は外に出てきて、ゆりかごに寝かせるのですね! 院長は、子どもの私にも分かりやすいように説明してくださったので、その説明が省かれたのでしょう。レオナルドは九歳なのに、正確に理解していてすごいですね。一応母親なのに物知らずで恥ずかしいですが、私にこんな賢い息子がいて、本当に誇らしく思います」
「……はぁ」
少々恥ずかしそうにしながら、自分を褒めるセーラの様子を見て、レオナルドは絶望的な表情になった。
(セーラ様は本当に、子どもが生まれることって、そういうことだと思ってるんだよな? もちろん、僕だって男女のあれこれをまだ詳しくは知らないけど、いくら修道院育ちだからって、なんで今の今までそんなふうに信じているのかな)
そこで、セーラの中で愛人探しの話は終わったらしく、周囲の女性たちに、にこやかに別の話題を振り始めた。さすがにセーラの話を無視できないレイチェルやマイラたちが、引きつり気味の笑顔を浮かべながら、何とか会話を続けていく。しかし、参加している夫人たちは、もの言いたげな表情で視線を交わしながら、困惑しきっていた。
(さっき以上に、室内の空気が微妙なものになってしまったんだけど。これで、ある意味では夫婦仲がよくて、ある意味では夫婦仲が悪いというか……そもそも父上とセーラ様の間で、夫婦関係がないって暴露したことになったし。当の本人が、そんな意識が皆無だっていうのが、もうどうしようもないけど……)
そこで年齢に似つかわしくない溜め息をついたレオナルドは、ふと視界に入ったカリナを見て、静かに椅子から立ち上がった。そして彼女に近づいて、いたわるように声をかける。
「カリナ。顔色が悪いから、もう下がって構わないよ」
レオナルドに囁かれたカリナは、驚きながらも丁重に断りを入れた。
「大丈夫です、レオナルド様。どこも悪くはございませんので」
「そう言わずに。カリナには、まだまだ頑張ってもらわないといけないから。皆、後はカリナ抜きでやってもらえるかな?」
レオナルドが周囲の侍女たちに声をかけると、カリナの心労が手に取るように分かっていた彼女たちは、即座に真顔で頷いた。
「はい、お任せください」
「侍女長、私たちだけで大丈夫ですから」
「本当に、顔色が悪いです。休んでいてください」
それを受けて、カリナはわずかに逡巡してから、面目なさげに頭を下げた。
「……分かりました。それでは、下がらせていただきます」
「うん、ご苦労様」
かすかにふらつきながら退出していくカリナを見送ったレオナルドは、これからが大変だなと思いながら、自分の席に戻った。




