(33)新たな能力の発現
「レオナルド、どうしたの? そんなに驚いた顔をして。もしかして、愛人というのがどういう人なのか、知らなかったのかしら?」
困惑しながら見当違いなことを尋ねてきたセーラに、レオナルドはなんとか気を取り直して慎重に問い返した。
「いえ、もちろん愛人がどういう立場の人なのかは知っています。知っていますが、今の話の流れで、どうしてセーラ様が父上の愛人を探す話になるのですか? 父上と結婚したセーラ様が、子どもを産んでくれればいいだけの話なのですが」
「それは無理ですもの。コンラート様は、ずっとミリーナ様のことを想って愛し続けておられますから。私のことは妻として尊重してくれていますが、それだけでは豪奢なゆりかごを準備して神様に願ったとしても、神様はゆりかごに赤子を授けてはくださいません」
「はい? あの、セーラ様。ゆりかごを準備とか授けるとか、どういうことですか?」
ますます訳が分からなくなったレオナルドは、本気で困惑した顔つきになった。しかし義理の息子の戸惑に気がつかなかったセーラは、そのまま話を続けた。
「でも、レオナルド。安心してください。昔、修道院に、夫と愛人との間に子どもが生まれて、家を追い出されたという女性が来たの。私はその時、『どうして愛し合っている夫婦ではなく、他の女性に神様は子どもを授けたのですか?』と院長にお尋ねしました。以前、教えていただいた内容とは異なっていたからです」
「……それで、院長はどう答えたのですか?」
何となく嫌な予感を覚えたレオナルドは、慎重に尋ね返した。するとセーラが、大真面目に断言してくる。
「院長は『神に祈っても子が生まれない夫婦が存在するように、夫婦以外の女性との間でも、愛があれば子が生まれることがあるのです。すべては神のお導き。人が、その理由を推察することなどできません』と教えてくださいました。ですから、私は子どもを授かることはできませんが、コンラート様と愛し合う愛人の方ができて、立派なゆりかごを準備したうえで二人で神に祈りを捧げれば、きっとレオナルドの弟か妹を授けてくださいます。もちろん、私も正妻として、コンラート様に子どもが授かるように神に祈りますから。そこは任せてくださいね」
「いえ、ちょっと待ってください!」
「そうと決まれば、早速マイラ様に、全面的にご協力いただかないといけませんわね」
何を言っているのかと、レオナルドは慌ててセーラを制止しようとした。しかし、セーラはそのままマイラに向き直って話を続ける。そこで突然話を振られたマイラは、怪訝な顔で尋ね返した。
「……え? 私に、ですか?」
「ええ、もちろんです。なんといっても、この中で一番ミリーナ様のことをご存知なのは、実の姉であるマイラ様ですもの。コンラート様の気に入る女性を探すとなれば、ミリーナ様に似た方を探すのが一番ですから。肖像画が残っておりますから、顔立ちや髪・目の色、身長などは分かりますが、それだけでは不十分です。どのような嗜好をお持ちで、どのような考え方をされ、どのような行動をされる方だったのか、詳細に至るまで一切合切把握して、少しでもミリーナ様に近い女性を探す必要があるのです。ご理解いただけますね?」
すかさず両手で自分の左手を握りしめてきたセーラに、マイラは何となく薄気味悪いものを感じ、顔を強張らせた。
「あ、あの、その……」
「今夜はぜひお泊まりになって、夜通しミリーナ様の話を聞かせていただきたく思います。なんといってもマイラ様は、レオナルドの実の伯母に当たられる方ですから……もちろん、否などとはおっしゃいませんわよね?」
「……っ!」
さり気なくマイラの腕を引き寄せながら囁いたセーラの笑顔は、冷気すら感じる壮絶なものだった。それを至近距離で目の当たりにしてしまったマイラは、恐怖のあまり、さながら肉食獣の目の前に引きずり出された小動物のように、身をすくませる。
そんなやり取りを、少し離れた壁際で観察していたヘレナとアニーの間で、ちょっとした論争が起きた。
「ちょっと! なんだか奥様が、異様な雰囲気を醸し出しているんだけど?」
「あれは、王妃様直伝の恫喝ね。『牙というものは普段は隠し、ここぞという時だけ露わにするものだ』と、王妃様から薫陶を受けたはずなのに、使いどころを間違えているわ」
そう言って嘆息したアニーを、ヘレナが小声で叱責した。
「そんな呑気なことを言っている場合!? マイラ様が恐怖のあまり、ここから見ていても失神しそうになっているんだけど!?」
「そんなことを言われても、あれをどうやって収拾をつけるのよ。私、一介の侍女なのよ?」
「奥様に鞭の扱いを指導しているだけで、とっくに一介の侍女なんかじゃないわ!」
そんなふうに揉めている二人の横をすり抜け、カリナがセーラたちのテーブルに歩み寄った。
「セラフィーナ様。一つ、意見を申し上げてもよろしいでしょうか?」
「カリナ? どうかしましたか?」
侍女長からの申し出に、セーラはマイラの左手を握ったまま振り向く。するとカリナは、淡々と思うところを述べた。




