(32)レオナルドの機転
「そういえばセラフィーナ様は、レオナルドにどんな贈り物をしたのですか? なんといっても、義理の親子になって初めての生誕記念の贈り物ですもの。さぞかし立派なものを贈られたのでしょうね」
(どうせ金に飽かせて、適当に選んだのでしょう。なんて情のないことだと鼻で笑ってやるわ!)
何かセーラを貶す糸口はないかと考えを巡らせたマイラは、子どもたちのテーブルの一角に積み上げられた、レオナルドへの贈り物を視界の隅に捉えた瞬間、口に出した。するとセーラは、素直にそれに言葉を返した。
「立派かどうかは分かりませんが、レオナルドにこれから必要だと思うものを贈りました」
「まぁ、そうでございますか。ちなみに、どんなものですか? 格式高いセラフィーナ様の贈り物ですもの。とてもありがたい物を贈られたのでしょうね」
「それほど目新しくはありませんが、聖典を贈りました」
穏やかな微笑みを浮かべながらセーラが口にした内容に、マイラはもちろん、先ほどからハラハラしながら二人の会話に耳を傾けていた夫人たちは揃って固まった。
「……はい? 今、なんと仰いました?」
「聖典ですわ。正確に言えば、カルスト・ヴェインの福音書です。これは悩み多き人生を見つめ直し、切り拓いていく精神を育むのに最適なものですから。以前、これを読んで深い感銘を受けましたので、ぜひレオナルドにも読んでもらいたいのです」
笑みを深めながらセーラが告げると、ここでマイラは周囲を気にすることなく爆笑した。
「ぶふっ、あ、あははははっ! 勇猛果敢で知られる辺境伯家の後継者に、よりにもよって聖典ですって!? さすがは修道院育ちね! 世間知らずにもほどがあるわよ! 本当に笑っちゃうわ!」
「マイラ様! 失礼でしょう!」
あまりの暴挙に、レイチェルが怒りを顕にしながらマイラを怒鳴りつけた。そこで、室内に鋭い声が響き渡る。
「お二人とも、お静かに!」
「レオナルド?」
子どもたちが集まっているテーブルで、勢いよく席を立ったレオナルドに、セーラは驚きながら視線を向けた。そんな彼女と視線を合わせながら、レオナルドは笑顔で礼を述べた。
「セーラ様。聖典をありがとうございます。後でじっくり、読み込ませてもらいます。感想など聞いてもらえますか?」
「ええ。もちろんです。楽しみにしています」
二人で微笑み合ってから、レオナルドは表情を一変させた。そして険しい顔つきでマイラに向き直る。
「マイラ様。セーラ様は、このグレンバル辺境伯家の女主人で、あなたは一家臣の妻に過ぎません。これ以上の非礼な振る舞いは、私が許しません。そのつもりでいてください」
いつもなら「伯母様」と呼びかける甥が、明らかに自分を他の夫人たちと同列にみなしているのを理解したマイラは、狼狽しながら弁解しようとした。
「いえ、あの……私は、ただ、あなたの身内として」
「身内だというのなら、私にこれ以上恥をかかせないでください。まだお分かりにならないと仰るなら、教育が足りないのはセーラ様ではなく、あなたのほうですね」
「…………」
冷徹に発言を遮ってきた甥から、年齢には似合わない侮蔑的な眼差しを向けられたマイラは、さすがにこれ以上は事を荒立てられないと観念し、セーラに向き直って頭を下げた。
「セラフィーナ様。先ほどは、大変失礼いたしました」
「いいえ。確かに誕生日の贈り物としては、変わったものだと思いますので。気にならないでください」
セーラは変わらず微笑んで場を取りなしたが、一度崩れた空気を立て直すまでには至らなかった。それきり口を閉ざしたマイラを横目で見ながら、微妙な笑顔で当たり障りのない会話を交わす夫人たちの様子を眺めたレオナルドは、困惑しながら考え込んだ。
(とりあえず、伯母様をおとなしくさせることはできたけど、すっかり空気が悪くなってしまったな。このまま続けるのは難しいし、どうしようか……)
そこで、ふと思いついたレオナルドは、セーラに声をかけた。
「セーラ様。聖典もありがたいのですが、正直に言うと他の贈り物のほうがよかったです」
「あら、そうだったの? ごめんなさい。やはり事前に何がいいか聞けばよかったわね」
レオナルドが笑顔で言い出した台詞を聞いたセーラは、申し訳なさそうに言葉を返した。そこでレイチェルが、焦ったように話に割り込んだ。
「ちょっとレオナルド。あなた、何を言い出すの。さっきお礼を言ったばかりでしょう?」
「それはそうですけど、これはセーラ様じゃないと無理なことだし。言うだけ言ってみようかなと思って」
「セーラ様でないと準備できないもの?」
「何かしら? 遠慮なく言ってみて?」
どうして話を蒸し返すのかとレイチェルは訝しんだが、セーラは特に疑問を感じずに話の先を促した。それでレオナルドは、考えた内容を彼女に告げた。
「僕に弟か妹をくれませんか? ずっと一人っ子だったので、兄弟に憧れていたんです」
「……え?」
ここでレオナルドは、にっこりと年相応の笑顔を心がけて笑ってみせた。それを目にした夫人たちは、自然に表情を緩めて言葉を交わし始めた。
「まあ、レオナルド様。なんてお可愛らしい」
「しっかりしているようでも、やはり子どもらしいところがおありなのね」
「そうよね。セラフィーナ様はお若いし、すぐにお子様も生まれるわよ」
「あんなおねだりをするなんて、レオナルド様は本当にセラフィーナ様に懐いておられるのね」
「なさぬ仲のお二人を案じていたけど、余計な心配だったわ」
(よかった。これでかなり空気が和んだから、これからは皆に普通に会話してもらえるだろう)
一気に空気が和らいだのを感じたレオナルドは、密かに胸を撫で下ろした。するとここで、セーラが予想外にもほどがあることを言い出す。
「そうだったのですね。それならそうと、早く言ってくれれば良かったのに。分かりました。それでは早急に、コンラート様に紹介する愛人を探しましょう。レオナルド、少し待っていてくださいね」
「……え?」
そこでレオナルドの思考が停止し、室内の空気が完全に凍りついた。




