(31)敵対心
レオナルドの誕生日を祝う茶会は、大きな窓から庭園が一望できる広い部屋で開催された。まずは主役のレオナルドと主催者のセーラが並んで立ち、参加者に笑顔で挨拶した。
「皆様。本日は、レオナルドの誕生祝いの茶会にご参加いただき、ありがとうございます」
「また皆様にお会いできて、嬉しく思います。今日は、楽しんでいただけたら幸いです」
席に着いていた参加者から拍手が起きると、当主の妹であるレイチェルが、暗黙の了解のもと最初に立ち上がり、挨拶に訪れた。
「レオナルド、九歳おめでとう。あんなに小さかったあなたがこんなに大きくなるなんて、時が経つのは早いものね。すっかり頼もしくなって、私も安心したわ」
「お久しぶりです。レイチェル叔母様。それから、ご出産おめでとうございます。後で、ジークの顔を見せてくださいね?」
「ええ。乳母に預けてあるけど、茶会が終わったらゆっくり顔を見てちょうだい」
「はい、そうさせてもらいます」
甥と笑顔で言葉を交わしたレイチェルは、年下の義姉に深々と頭を下げた。
「セラフィーナ様。挙式と披露宴に参加できなかったうえ、これまでご挨拶が遅れて申し訳ありませんでした。改めて、兄とレオナルドをよろしくお願いします」
「お子様が生まれたばかりで、いろいろと大変だったでしょう。お気遣いなく。こちらこそ、よろしくお願いします。いろいろ至らないところがありますので、ご指導くださいませ」
「セラフィーナ様は確かにお若いですが、もう十分辺境伯夫人としての風格を漂わせておられますわ」
「まぁ、お世辞でも嬉しいです」
セーラがレイチェルとの友好的なやり取りを終えると、次に並んでいたのは、前妻であるミリーナの姉であるマイラだった。彼女はレオナルドの前に立つと、しみじみとした口調で語りかけた。
「レオナルド、誕生日おめでとう。あなたがこんなに立派に育ったのを見たら、ミリーナもさぞかし喜んだでしょうに。本当に、幼い息子を残して逝くことになって、どれほど心残りだったでしょうね」
「…………」
そもそも祝いの席では湿っぽい話は控えるべきであり、それ以前に後妻の前で前妻の話を持ち出すなど普通ではあり得ない行為に、他の参加者たちからマイラへ冷ややかな視線が向けられた。レオナルドもさすがに焦り、慌てて話を変えようとした。
「マイラ伯母様。あの、そうかもしれませんが」
「マイラ様も、そう思われますのね! 本当にレオナルドは、利発で賢くて気配りができる優しい子ですよね!」
「え?」
「は?」
そこで唐突に話に割って入ったセーラに、レオナルドとマイラは揃って呆気にとられた。しかし、セーラは二人の困惑など気にも留めないまま、嬉々としてマイラに語りかける。
「まだ九歳なのに、この落ち着きと風格! グレンバル家を背負って立つのに相応しいですわ! あと五年もすれば、王都の社交界でご令嬢たちの視線を集めまくるに違いありませんもの! もう想像するだけで、楽しみで楽しみで仕方ありませんわ!」
「あの……」
まくし立てられてマイラが唖然としていると、レオナルドは動揺しながらその場をまとめにかかった。
「セーラ様。マイラ伯母様への挨拶は、そのくらいで。他の方々をお待たせするわけにもいきませんから。マイラ伯母様、申し訳ありません。お席にどうぞ」
「……そうですね。失礼します。また後ほど」
主役のレオナルドに促されたマイラは、おとなしく一礼して元の席に戻った。そして、招待客たちの挨拶を受けているセーラを睨み付ける。
(今のは何だったの? レオナルドを持ち上げて、「私はレオナルドの良い母親だ」というアピールなの? 小娘のくせに小賢しいわね。そっちがその気なら、今日は化けの皮を剥がしてやるわ!)
グレンバル家の後継者であるレオナルドの母方の伯母として、家臣たちの夫人の間でも一定の影響力を持つマイラは、辺境伯夫人としてセーラが乗り込んできたことに危機感を覚えていた。そして、表面上は礼儀を保ちつつも、どうにかして恥をかかせてやりたいと密かに目論んでいた。
茶会が始まると、席は大人と子どもに分かれ、それぞれが席を自由に行き来しながら交流を楽しんだ。
お菓子のほか、昼時には軽食が出されたが、参加者がテーブルを移動するたび、食器やカトラリーを交換してテーブルを速やかに整える侍女たちは、多忙を極めていた。しかし、焦った様子など微塵も見せずに仕事をこなす彼女たちに、セーラは感心した目を向けながら決意を新たにしていた。
(さすがは辺境伯家の使用人だわ。私も女主人として、しっかり自分の役割を果たさないといけないわね)
セーラのテーブルには、家格を考慮してレイチェルとマイラが席を占め、他の席には夫人たちが入れ替わり立ち替わり着席して、セーラとの会話を楽しんでいた。
当初はセーラの出自や噂を聞いて及び腰だった夫人たちも、彼女と言葉を交わすうちに気立てがよく、十分な教養を身につけた女性であるのを認識し、次第に打ち解けていった。しかし、マイラだけは、なんとかセーラの欠点をあげつらえないかと、その機会を窺っていた。
「セーラ様のドレスは、こちらではあまり見ないデザインですね。どちらで作られたのですか?」
(修道院育ちの小娘が、金に飽かせて変なところで作って持ち込んだのでしょうね。辺境伯家の体面にも関わるわ)
見慣れない襟ぐりや袖のデザインに関して、マイラがさりげなく尋ねてみた。するとセーラは、にこやかに笑いながら告げる。
「私は流行には詳しくないので、王妃様が贈ってくださいました。アルギモーヴという店で作らせたものだそうです。とても素敵で、気に入ってしまいました」
さらりとセーラが口にした瞬間、周囲の夫人たちが色めき立った。
「アルギモーヴですって! 王妃様御用達として名高い店ですよね!」
「そこから流行が生まれると、もっぱらの評判ではないですか!」
「王妃様の注文が最優先で、他の者が仕立てを依頼しても一年以上待たされるはずですよ?」
「素敵です! 一目見た時から、何か違うと思っていました!」
(王妃の後ろ盾を笠に着て、調子に乗るんじゃないわよ!)
他の女性たちがこぞってセーラに羨望の眼差しを向けるのを見て、自分が話題を振ったにもかかわらず、マイラは心の中で悪態をついた。そして、明らかに悪意のこもった質問をした。
「そういえば、セラフィーナ様は、社交界デビューもされていないと噂で聞いたのですが。本当でしょうか?」
「マイラ様。そのようなお話を、この場で持ち出さなくてもよろしいでしょう?」
さすがにセーラの出自に言及するのはやり過ぎだと、レイチェルがマイラに険しい目を向けた。しかし、当のセーラは事もなげに頷いて答える。
「はい、その通りです。子どもの頃から修道院で生活しておりましたので」
「まぁあ、それではきちんとした教育を受ける機会はなかったのでしょうね。本当にお気の毒ですわ」
「マイラ様。いい加減にしてください」
マイラは大袈裟にセーラを哀れんでみせた。それにレイチェルはいら立った表情を浮かべたが、セーラは微笑んだまま話を続けた。
「いいえ。王妃様の後見を受けてから、必要な教師を派遣していただきましたので。教師の皆様には、深く感謝しております。特に今日の準備に関しては、カラード夫人の教えが大変役に立ちましたわ。近日中に、これまでの感謝の気持ちを込めて、お手紙を書こうと考えております」
そこで、聞き覚えのある名前を聞いたマイラは、思わず尋ね返した。
「え? 誰ですって?」
「カラード夫人です。マイラ様は、シュザンナ様をご存知でしょうか?」
不思議そうに問い返したセーラに、レイチェルが信じられないといった様子で口を挟んだ。
「あの、セラフィーナ様に礼儀作法一般を指導されたのは、シュザンナ・カラード様なのですか? 幅広い人脈をお持ちで、この方から指導を受けて見込みなしと判断されたら、社交界でまともに相手にしてもらえなくなるという」
それを聞いたセーラは、小首を傾げながら正直に告げた。
「どんな噂があるのかは存じませんが、王妃様に紹介していただきました。『私も教わったが、彼女の指導に間違いはない。失礼のないように励め』とだけ指示されました」
「そうでしたか……」
「実は私、今回少し失敗しました。夫人から教わったことを思い出しながら今日の準備を進めたのですが、カリナに『辺境伯家の家格を考えると、少々華美すぎます。もう少し控えめになさってください』と指摘されましたので。初めてのことでしたので、少し気合が入りすぎました。今後は、周囲と相談しながら進めることにしますわ」
「それがいいですね……」
苦笑交じりにセーラが説明すると、レイチェルは僅かに顔を強張らせながら言葉を返して侍女長のカリナに視線を向けた。セーラの話を聞いていたカリナは、無言のままレイチェルから視線を逸らす。その様子から、レイチェルを始めとする夫人たちは、それが事実だと悟った。
(王都でも有名な教師に指導してもらったと、自慢しているわけ! ふざけるんじゃないわよ!)
そして、自分から振った話題であるにも関わらず、マイラはますますいら立ちを募らせた。




