(28)本領発揮
ギルバンの内偵に向かう前、セーラはアニーと共にコンラートの執務室を訪れた。通りを歩いても目立たないよう、ドレスではなく平民が普段着として着るような簡素な服を着込み、頑丈そうな大きめの布袋をたすき掛けにしたセーラは、傍目にもすこぶる機嫌が良かった。
対するコンラートは、そんな服を王都から持参したのかとか、どう見ても隠密行動に慣れているようにしか見えないとか、色々と言いたいことを飲み込みながら、机を挟んで二人に向かい合った。
「それでは、行って参ります。長引くようならお昼は外で適当に済ませますが、夕食までには戻りますので」
「分かった。くれぐれも気をつけるように」
「はい。アニーが付いて来てくれますから、大丈夫です」
侍女に万全の信頼を寄せているらしく、セーラは満面の笑顔で告げた。それを見たコンラートは、微妙な顔つきになりながら、静かにアニーに声をかける。
「……面倒をかけるが、よろしく頼む」
「お任せください。それでは失礼します」
挨拶を済ませた彼女たちが執務室を出て行くと、朝から執務室に来ていたマグヌスに向かって、コンラートが幾分険しい表情で確認を入れた。
「きちんと護衛はつけているのだろうな?」
それに、マグヌスが即座に真顔で頷く。
「ご命令どおり、万全の体制を整えてあります。ご安心ください。何かあれば、その都度こちらに伝令を寄越す手筈になっております」
「わかった。それではひとまず下がっていいぞ」
「失礼します」
マグヌスが一礼して退出すると、ダレンが不安を隠しきれない様子でコンラートに声をかけた。
「本当に大丈夫でしょうか?」
その時には平常心になっていたコンラートは、冷静にダレンに言い聞かせた。
「予め、マグヌスたちに準備させたから、それほど心配する必要はないだろう。とりあえず、あの二人がどれだけやれるのか、高みの見物をさせてもらおうではないか」
「何事もなく終わると良いのですがね……」
どうにも嫌な予感を抑えきれなかったダレンは、溜息を吐いて自分の机に向かった。コンラートも中断していた仕事に再び取りかかったが、十分もしないうちに、先ほど退出したばかりのマグヌスが、ドアを勢いよく開けて執務室に駆け込んできた。
「失礼します!」
「どうした、騒々しいぞ」
「奥様の姿を見失いました!」
マグヌスが血相を変えて報告すると、コンラートは椅子から立ち上がり、怒鳴り返した。
「ちょっと待て、早すぎるだろうが! 先ほど出て行ったばかりだぞ!?」
叱責されて逆に冷静さを取り戻したのか、ここでマグヌスは落ち着いた口調で報告を始めた。
「誠に申し訳ありません。城門の警備担当者の話では、城門を出るまでは奥様と侍女の姿がきちんと認識できていたのに、お二人が城門を抜けた途端、奥様の姿だけが見えなくなったそうです」
「……本当に、セラフィーナの姿だけ見えなくなったのか?」
「その……もっと正確に言うなら、付近にいらっしゃるような気がしても、周囲の人々と見分けがつかなくなってしまったと、担当者が申しておりました」
コンラートから疑わしげに問われたマグヌスは、いかにも面目なさそうに報告を続けた。それを聞いたコンラートは、溜め息を吐いてから確認を入れる。
「予想どおりと言えば、予想どおりなのだがな……。だが侍女のほうは、今のところはしっかりと認識できているのだろう?」
「はい、そうです。それで、侍女を見失わないよう、部下たちに尾行を命じております」
そこでコンラートは、深く頷いてみせた。
「そうするしかあるまいな。ところで、セラフィーナの能力については、今回護衛につく者たちには説明しているのか?」
「機密保持の観点から、あまり不特定多数の者に知らせるのはどうかと思いましたので、隊長クラスの者にだけ簡単に説明済みです。あっさりと見失ったと動揺著しい者は、その者たちがそれを伏せた上で、宥めて落ち着かせるように指示しております」
「そうだな。彼女の能力を知る者は、今後も必要最小限にとどめておいたほうがよさそうだ」
「団長! ご領主様! 大変です!」
そこで騎士が一人、執務室に駆け込んできたので、コンラートは顔つきを険しくしながら尋ねた。
「今度は何だ?」
「奥様の侍女を見失いました!」
それを聞いた瞬間、マグヌスが勢いよく振り返り、部下を叱責した。
「なんだと!? あの二人には十分な人数を貼りつけていただろうが!」
「そのはずなのですが、いきなり侍女までかき消すように見えなくなったと、たった今、報告が!」
「揃いも揃って何をやっている!」
「誠に申し訳ありません! とりあえず不自然にならない程度に街中の巡回を増やし、ギルバンの店舗や関係各所には抜かりなく監視要員を配置しておりますので、奥様と侍女が見つかったら、警護や保護を行うよう周知徹底しております!」
「当たり前だ、馬鹿者どもが! 俺も出るぞ! コンラート様、失礼します!」
「……ああ」
怒声を上げながらマグヌスが部下を引き連れて廊下に出て行き、執務室内には不気味な沈黙が漂った。
「やはり、こうなりましたか……」
「本当に、何をやっているんだ」
沈鬱な表情でダレンとコンラートは項垂れ、結局、その日の夕刻まで、セーラたちの居所は杳として知れなかった。




