(26)八つ当たり
城内で、領主夫妻が盛大に揉めたと噂になってから数日後。訪問者と面談する応接室の一つで、コンラートとセーラが顔を合わせていた。
「その、セラフィーナ。この前は、本当に悪かった」
コンラートが硬い表情で改めて頭を下げると、セーラは真顔で答えた。
「誠意ある謝罪文をいただきましたし、それについてはもう良いです。私も、ちょっとした行き違いでずっと腹を立てるほど、子どもではございませんのでお気遣いなく。ですが、この次にアレス様がいらした時には、きちんと謝罪してください」
「……もちろんだ」
殊勝に頭を下げたコンラートだったが、何日かぶりに顔を合わせたセーラの反応が冷めたものだったことで、余計にアレスに対しての怒りが込み上げてきた。
(セラフィーナに知られないように、あのアレスとやらに一矢報いる方法はないだろうか……。どうにも、腹の虫が収まらないのだが)
するとセーラが、これから顔を合わせる人物について、最終確認をしてくる。
「ところで、今日お城に来られるのはギルバン様でしたね? 披露宴の時に、領内で塩を扱っておられると伺いましたが」
それでコンラートも意識を切り替え、ひとまず余計なことは考えないことにした。
「そうだ。滞りない供給と価格の安定の他、他地域から様々な影響を受けたり暴利を貪らないよう限定した商会に販売認可を与えているが、どうも最近、その商会の評判が悪い。というか、商品の質が落ちたと言ったほうがいいか」
「コンラート様が直々に調べるというのであれば、それだけではありませんよね?」
セーラが慎重に問いを重ねると、コンラートは重々しく頷いた。
「もちろんだ。先代が事業に参入した折には、しっかり身元や背後関係に怪しいところがないか調査して許可を与えたが、代替わりしてしばらくしてから、黒い噂が伝わるようになった。しかし、表向きには真っ当な取引をしているし、多少品質が悪い程度だ。その分、他よりも売値を下げているしな。だが不良品を混ぜているにしても、その出所が不明瞭で怪しい」
「今回は、その辺を探りたいのですね?」
「そういうことだ。よろしく頼む」
コンラートが軽く頭を下げると、セーラが満面の笑みで引き受ける。
「お任せください。辺境伯夫人としての役目を、きちんと果たしてみせますわ。それから、制御は完璧にできておりますので、隣に座っていてもコンラート様の考えを読んだりはしませんので、その辺は信用してください。余計なことを考えていても、私に読まれたかと慌てなくても大丈夫ですから」
「勿論、信用している。…………むしろ、読んでもらってもいいのだがな」
ボソッと独り言のようにコンラートは付け加えたが、それを聞き逃したセーラは不思議そうに問い返した。
「コンラート様? 何かおっしゃいましたか?」
「いや、何でもない」
不機嫌そうに彼が応じたところで、応接室に執事が報告にやって来た。
「失礼します。ギルバン殿がお見えになりました」
「通せ」
ソファーに座ったままコンラートが応じると、執事と入れ替わるように四十がらみの恰幅の良い男が現れた。
「失礼いたします。ご領主様、披露宴以来でございますね」
入室するなり愛嬌を振りまいたギルバンに、コンラートは内心で苛ついたものの、その苛立ちを顔には出さず、手振りで向かいの席を勧めながら話しかけた。
「そうだな。披露宴では簡単な挨拶しかできなかったから、順に商人たちを呼んで、懇談の場を設けているのだ。今後のこともあるし、セラフィーナに色々と覚えてもらう必要があるからな。城に呼びつけてしまって悪いな」
「いえいえ、滅相もございません。大変美しい奥様にお目にかかれて、眼福でございます。セラフィーナ様、今日はよろしくお願いします」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
「…………」
自分に続けて、ギルバンがセラフィーナに満面の笑みで挨拶したのを見て、コンラートの苛立ちは否応なく募った。そんな中、セーラが話を切り出す。
「披露宴で挨拶された時、ギルバン様は塩を取り扱っていると伺いました。領民が生活を営む上で重要な物ですね。本当にご苦労様です」
「いえいえ、奥様からそれをそんなふうに労っていただく必要はございません。ここの領民のために商売に邁進するのは、この地の民であれば当然のことでございます」
「ギルバン様は誠実な方ですのね。コンラート様は、そう思われませんか?」
「……そうだな」
(わざとにこやかに、こいつと会話しているわけではあるまいな? 私がこれだけ苛立っているのも、全く察していないというわけか。ますます腹が立ってきたぞ)
先ほどまで自分には向けなかった笑顔を見せているセーラに、コンラートは次第に腹が立ってきたが、その矛先は容赦なくギルバンへと向けられた。
「ところで、この機会に尋ねたいことがあるのだが」
「なんでございましょう?」
「最近、お前の商会の商品が、妙に品質が落ちていると噂になっている。そのため、若干値を下げて売っていると聞いたが、それは本当なのか?」
コンラートが話の口火を切ると、ギルバンは神妙な面持ちでそれに応じた。
「その通りでございます。お恥ずかしながら最近買い付けが思うようにいかず、上質な物の在庫が少ない状態です。それで品質の悪い物をブレンドしたり、そのまま安く売っております」
「そうか。それに関してだが、仕入先を変えたのではないかという噂も聞こえている。それだけならまだ良いのだが、その買い付け先というのが国外で、しかも購入代金の代わりに何か他の物を渡しているという話にもなっているようだが?」
さり気なくコンラートが核心に触れると、さすがにギルバンは顔色を変えながら訴えた。
「滅相もございません! 私どもは先代から誠実に商売をして参りました。謂れのない誹謗中傷でございます!」
それを聞いたコンラートは薄笑いを浮かべ、いかにも気にしていないという様子で言葉を返した。
「そんなところだろう。同業者同士の足の引っ張り合いは、いつの時代も、どこにでもあるものだ。根も葉もない噂に踊らされて、いちいち商人を疑って取り調べなどしていたら、領内の商売など成り立たなくなる。たまたま今日顔を合わせる機会があったので、このような噂が流れていることを、お前に知らせておこうと思っただけだ」
「そうでしたか。ご領主様のお心遣い、ありがとうございます」
「確かに、そこまで手の込んだ取引や企みをするのであれば、私に呼びつけられたくらいで、あっさり吐いたりはしないだろうが」
「……そうかもしれませんな」
笑顔で告げられて安堵した表情になったものの、続けてコンラートが皮肉っぽく付け加えたことで、ギルバンは僅かに顔を強張らせた。しかし、コンラートは容赦なかった。
「そんな奴らだったら、万が一、店舗や保管庫などに踏み込まれてもボロが出ないように、作ってある裏帳簿の一つや二つ、滅多に見つからないような場所に隠しているだろう。だから、笑い話の一つとして聞いてくれ」
「さようでございますか……」
ギルバンは微妙な顔つきになったが、ここでさり気なくセーラが話題を変えてきた。
「ところでギルバン様。買い付け先はどちらに行かれますの? 私はこちらに来るまで王都から出たことがなかったので、この領内についてもそうですが他の土地での珍しい話などがあれば、聞かせていただきたいのですが」
それを聞いたギルバンは救われたような表情になり、嬉々としてセーラに向き直った。
「そうでございますか。それでは最近、店の者が持ち帰った面白い話をお聞かせしましょう」
「まぁ、どんなお話かしら?」
(面白くない……)
それからコンラートは二人が楽しげに語り合う合間に、時折皮肉を交えながらギルバンに探りを入れ、不愉快な時間を過ごした。




