(24)アニーの困惑
「セーラ様、大丈夫ですか?」
庭園の後片付けを済ませてから、アニーはセーラの部屋に出向いた。慎重に声をかけてみると、部屋の主は、あれから少し時間が経過していたにも関わらず、まだベッドに突っ伏しながらシクシクと泣き崩れていた。
「アニー。アレス様が、怒って帰ってしまわれたわ。もう私のところに来ていただけないかもしれない……」
(これはきちんと宥めておかないと駄目だわ。後で王妃様に知られたら、叱責を受けるだけではすまないわよね)
本格的に落ち込んでいる様子のセーラを見て、これは何とかしないといけないと判断したアニーは、密かに気合いを入れた。
「確かに、アレス様は気分を害されたかもしれませんが、セーラ様に怒ったわけではありません。私はあの方を目にしたのは初めてですが、セーラ様のことを随分心配しておられましたし、また必ず様子を見に来られますよ。元々滅多にお出でにならない方なのですよね? 次の予定が押していて、やむを得ず挨拶もそこそこにお帰りになっただけではないでしょうか」
「……そうかしら?」
若干疑わしげに問い返されたものの、とりあえず顔を上げてくれたセーラに向かって、アニーは力強く畳みかけた。
「そうですよ。それに本当に怒ったのなら、ご領主様に神罰の一つも与えてからお帰りになりますから。そもそも、直前の会話が良くなかったと思います」
「直前の会話?」
「セーラ様は、現在客間を与えられているという話をしましたよね? それでセーラ様が理不尽な扱いを受けていると誤解したアレス様が、ご領主様を叱責したのが、揉め事の発端ですから。詳細な事情を説明できていれば、回避できたのではないかと思います」
その時点で涙が止まっていたセーラは、真剣な面持ちで考え込んだ。
「言われてみれば……。私としては、きちんと納得した上での政略結婚で、現状に満足していると伝えたつもりだったけど、言葉足らずだったかもしれないわ。でもアレス様は、王妃様からの手紙をお読みになったはずだけど……」
そこで思い返したセーラが、怪訝な顔になった。思わず舌打ちを堪えたアニーは、何とか考えを巡らせながらそれらしい事を口にしてみる。
「王妃様がどのような手紙を書かれたのかは分かりませんが、最初にセーラ様を嫁がせることに関しての懸念や心配事などを書き連ねておられたのではないでしょうか。その後に説明する文章が書かれていて、アレス様はそこまで読み終えておられなかったとか。そうでなければ説明がつきません」
(絶対に王妃様は、アレス様を馬鹿にして罵る言葉を書き連ねていたと思うけどね)
かなり苦しまぎれのアニーの弁明だったが、それを聞いたセーラは納得したような表情になった。
「確かにそうかもしれないわ。今にして思えば、手紙を読んでおられたアレス様の表情が、なんとなく険しかった気がするもの」
「そうでしょうとも。アレス様も、結婚して安心できたからお役御免だとか、最初に仰っていましたよね? だから、あんな状態で帰ったのなら、きっとセーラ様のことが心配で、また様子を見てきてくださいますよ。その時に、きちんとアレス様の誤解を解きましょう」
そこでアニーが笑顔で言い聞かせると、セーラも表情を緩めながら素直に頷いてみせた。
「そうね。今回の騒動は、私の説明が至らなかったことが原因だわ。ありがとう、アニー。冷静に指摘してくれて。これからも頼りにしているわ」
「とんでもございません。これも侍女の勤めのうちですので」
(本当は違うけど、これで何とか事態を収束できたかしら? これから改めてレオナルド様とヘレナにアレス様のことを説明しないといけないし、今日はお給金を割増で貰いたい気分だわ)
明るい笑顔を振り撒きながら、アニーは内心で愚痴を零した。するとここで、セーラが再び表情を曇らせながら、不満げに言い出す。
「それはそれとして、やっぱり納得できないわ」
「何についてですか?」
「コンラート様の、アレス様に対する態度よ」
それを聞いたアニーは、真顔で提案した。
「それはそうでしょうね……。それでは、こうしたらどうですか?」
「何かいい考えでもあるの?」
期待するように問われたアニーは、まったく躊躇わずに自分の考えを述べた。それに全面的に賛同したセーラに必要な物を持たせて部屋から送り出してから、アニーはレオナルドとヘレナにアレスについての説明をするため、同様に部屋を後にした。




