(23)無意識の精神攻撃
(そういえば、こいつが初めてセラフィーナの前に現れた時、王妃の攻撃を何度かまともに受けたという話だったな。それなら!)
セーラから聞いた話を思い返したコンラートは、普段であれば冷静沈着な彼らしくなく、後先考えずに素早く腰につけていた短剣を鞘から抜き、勢いよくアレスの顔をめがけて放った。
「消え失せろ! この、神もどきが!?」
「きゃあぁぁっ! アレス様!」
「生意気な! 俺を侮るな!」
その暴挙を目の当たりにしたセーラが悲鳴を上げる中、短剣がアレスの顔に刺さる寸前で、彼の怒声とともに木っ端微塵に吹き飛んだ。それを目にしたコンラートは恐れ入るどころか、闘志を掻き立てられたように叫ぶ。
「はっ! 神もどきでも、一応、神らしいことはできるらしいな!」
「あの女といい、お前といい、セラフィーナの周りにはろくでもない人間が揃っているらしいな!」
「それもこれも貴様のせいだがな!」
「何だと!? どこまでも減らず口を!」
「二人とも、お止めください!!」
男二人の怒声にも勝る勢いで、セーラが声を張り上げた。彼らが思わず口を閉ざして彼女に視線を向けると、セーラはアレスに視線を合わせて謝罪の言葉を口にした。
「アレス様。いくら強いと言えども、コンラート様は一介の人間にすぎません。神であるアレス様が、いちいちそのお力を行使して罰を与える必要はございません。お腹立ちはごもっともですが、コンラート様には私からよく言って聞かせますので、ご容赦ください。わざわざここまでお出でいただきましたのに、大変失礼いたしました」
セーラがそう口にして、アレスに向かって深々と頭を下げた。それを見たアレスが怒気を削がれた表情になったが、それとは逆にコンラートが憤然としながら訴える。
「確かに、こんな奴をまともに相手にするのも馬鹿馬鹿しいがな……」
「何だと!? セラフィーナ! お前が、そんなものに謝罪をする必要などないだろう!?」
その声に、セーラはコンラートに向き直り、怒りの形相で怒鳴り返した。
「何を仰るのですか! そもそもコンラート様がアレス様に対して失礼な言動をしたばかりか、危害を加えようとしたからではありませんか! なぜ理由もなく、そんな暴挙に及んだのですか! 信じられません!」
「理由がないだと! 先に暴言を吐いたのは、そちらの方だぞ!」
「たとえそうであっても、相手は神であるアレス様です! アレス様は、私がこの世の中で、王妃様の次に尊敬しているお方です! それなのに目の前で罵倒されて、危害を加えられようとしているのを黙って見ているつもりはありません!」
「少なくとも神だと自称するのなら、単なる人間の私の攻撃など、物ともしないと思うがな!」
コンラートを盛大に非難したセーラの背後で、容赦のなさ過ぎる彼女の台詞を聞いたアレスは、ショックを受けたようによろめいた。
「あの女の次……」
「え? アレス様。今、何か仰いました?」
ボソッと呟かれた声に、セーラは反射的に振り向いた。しかし、そこにいるはずのアレスの姿がなかったことに、動揺する。
「え? アレス様、まさかもうお帰りになったのですか? そんな……。本当に久しぶりにお目にかかったから、いろいろ積もる話がありましたのに……」
「……その、セラフィーナ?」
がっくりと肩を落として立ち尽くしているセーラに、コンラートは控えめに声をかけてみた。すると次の瞬間、セーラが勢いよく向き直りながら、涙声で怒声を放った。
「酷いです、コンラート様! あんまりですわぁぁ――――っ!!」
「あ、おい、セラフィーナ!?」
そこでセーラは泣き叫びながら猛然と駆け出し、庭園から出て回廊に走り込んで姿が見えなくなった。そんな彼女を、コンラートが呆然としながら見送る。その一部始終を目撃してしまったアニーは、本来ならばすぐさまセーラの後を追わなければいけない立場だったが、混沌となった事態に本気で頭を抱えて現実逃避をしてしまった。
「うわぁ、なんて惨状に……」
とりあえず、茶器を片づけてからセーラの様子を見にいこう、などと算段を立てていると、背後から恐縮気味の声がかけられた。
「アニー。聞いてもいいかな?」
「……なんでしょうか?」
さすがに無視もできず、彼女はレオナルドに尋ね返した。すると彼は、困惑しきりの表情で尋ねてくる。
「いきなり姿が現れたり消えたりしたこともそうだけど、父上が『神もどき』がどうとか言ってたことから考えると、もしかしてセーラ様に『アレス様』って呼ばれていたのは、本当に神様なのかな?」
その問いかけに、アニーはうんざりしながらも慎重に答えた。
「私が聞かされていた限りでは、人とは違う、超越した存在であるのは確かなようですね」
「それから、セーラ様は、父上のせいでアレス様が帰ってしまったと思っているようだけど、それって違うんじゃないのかな? ここから見ていた限りでは、セーラ様の『王妃様の次にアレス様を尊敬している』という台詞に衝撃を受けて、帰ってしまったように思うんだけど……」
「申し訳ありません。頭痛がしてきましたので、コメントを控えさせてください」
セーラにまったく悪気がないのは理解していたが、本気で(あれはないわよね)とアニーはアレスに同情した。すると今度は、不安に満ちた表情でヘレナが尋ねてくる。
「アニー。セーラ様って、本当に何者なの? 私みたいな平々凡々な侍女が仕えていても、本当に大丈夫なの?」
「それはまあ、確かにいろいろあるけど、セーラ様は普通の人間だから大丈夫よ。間違っても、心配無用だとは言えないけど」
「一体どっちなのよ!」
女二人がそんな言い合いをしているうちに、コンラートは重い足取りで庭園を後にしていた。




