(22)想定外の遭遇
「セラフィーナ、元気にしていたか?」
「なっ!?」
いつの間にか見知らぬ少年が自分たちの至近距離に立っていたことで、まったく近づく気配を感じなかったコンラートは、度肝を抜かれて反射的に立ち上がった。すると、警戒心が露わな彼とは対照的に、セーラは喜びのあまり勢いよく席を立ち、コンラートが制止する間もなくアレスに駆け寄る。
「まあ、アレス様! お久しぶりです。私に縁談が持ち上がったのをお伝えした時以来ですわね。あれから、もう半年近くになるでしょうか」
「そうだな。なかなか来られなくてすまなかった」
(アレスだと!? そうなるとこいつが、彼女に余計な加護を与えた挙げ句、散々王妃にいいように使われた、半端ものの神もどきか!)
セーラの発言で不審者の素性を知ったコンラートは、内心で動揺しながらも油断せずに二人の様子を窺った。その一方で、笑顔で出迎えたセーラに対して、アレスは機嫌よく尋ね返した。
「それで、もう結婚しているよな? 何か困ったり、不自由な思いをしていないか?」
「まったく問題ありませんわ。こちらの皆さんは良い人ばかりで、日々楽しく過ごしております」
「そうか。お前が人並みに幸せになったのなら、俺もようやくお役御免というわけだ。どうなることかと心配していたが、お前が真っ当に結婚できてよかった」
いかにも安心したように頷いてみせたアレスに、セーラは笑みを深めながら話を続けた。
「はい。しっかり政略結婚の務めを果たしておりますので、ご安心ください」
それを聞いたアレスが、怪訝な表情になる。
「……は? 政略結婚?」
「そうです。国境の守りを堅持できるよう、王家と辺境伯家との間で取り決められた諸々の一環ですから」
「おい、セラフィーナ。取り決めの一環って……」
聞き捨てならないことを耳にしたアレスは、途端に顔つきを険しくした。コンラートも思わず顔を強張らせていると、セーラが思い出したように申し出る。
「あ、そういえば、王妃様からお預かりした手紙があります。アレス様がいつおいでになるか分かりませんので、外出先で遭遇してもお渡しできるように、最近は肌身離さず持ち歩いていましたの」
「あの女から?」
「この前お目にかかった時、縁談の詳細が不明で私からお伝えできなかったので、その説明をしたためてあると王妃様が言っておられました。どうぞ、ご覧ください」
「……分かった」
セーラがいそいそとポケットから手紙を取り出した時点で、アレスの表情はかなり不穏なものに変化していた。そして、オリヴィエからの手紙を読み進めるうち、彼は徐々に物騒なオーラを醸し出し始める。至近距離でそれを目の当たりにしていたコンラートはもちろん、レオナルドたちもどうなることかと固唾を飲んで事態の推移を見守っていると、嬉しさのあまりそんな微妙な空気など感じていなかったセーラが、笑顔のまま事もなげにコンラートを紹介した。
「アレス様。こちらが私の名目上の夫である、コンラート様です。グレンバル辺境伯家の当主で、勇猛果敢な上に家臣からの人望も厚く、王家から半ば押しつけられた私に気を遣って、客間から本来の辺境伯夫人が使用する部屋に移動させてもよいと申し出てくれるほどの、人格者でいらっしゃいます」
セーラがそう説明すると、アレスは鋭い視線をコンラートに向けた。
「……押しつけられた? 客間だと?」
「はい。コンラート様は、亡きミリーナ様以外の妻を迎えるつもりはないと断言されたほどの、情の深い方なのです。王妃様も、私にはそういう相手のほうが良かろうと言っておられました」
「ほおぅ、それはそれは……」
セーラは相変わらず微笑みながら話を進めたが、ここでアレスが憤怒の形相で手紙を握りつぶした。その拳の中で手紙は燃え上がり、一瞬で灰になって地面に舞い落ちる。次の瞬間、アレスはコンラートを睨みつけながら怒声を放った。
「貴様! セラフィーナのどこが不満だ!? 容姿は十分整った顔立ちにしてやったし、腹立たしいことにあの女が十分な教養や知識をセラフィーナに身につけさせたはずだぞ!? 貴様の目は節穴か!?」
いきなりそんな罵倒をされたコンラートは、先ほどからセーラと噛み合わない会話を続けていた苛立ちもあり、得体の知れない相手であるのも半ば忘れて八つ当たり気味に怒鳴り返した。
「ふざけるな、諸悪の根源が!! 彼女の不遇とこの状況は、そもそも貴様のせいだろうが! 上から目線で偉そうに言うな!!」
「なんだと!? 大体、貴様はセラフィーナよりも随分年上だろうが! そんな老けた顔でセラフィーナと並んだら、引き立て役にもならんぞ!」
「年上の老け顔で悪かったな! 無能で粗忽で馬鹿で間抜けな神もどきの分際で、他人を貶せるとでも思っているのか!?」
「きっ、貴様ぁあぁぁっ! あの女の犬の分際で俺にそんな暴言を吐くとは、身の程知らずにも程があるぞ!」
「冗談じゃない! 誰が王妃の犬だ!」
「あ、あの、アレス様? コンラート様? お二人とも、どうしてそんなに怒っていらっしゃるのですか?」
突如勃発した罵り合いに、どうしてそうなったのか皆目見当がつかないセーラは狼狽しながら二人に声をかけたが、それは一向に収まる気配を見せなかった。
そしてセーラとは別の意味で、困惑しきっている者たちが存在していた。
「ええと……。あの子ども、一体どこから来たのかな? それに、さっき手紙が一瞬で燃え落ちたように見えたけど、見間違いかな?」
「私にも、あの子がいきなり現れたように見えたけど……。でもご領主様は、あの子のことをご存じなの? アニーは知っている?」
レオナルドとヘレナから不審そうに尋ねられたアニーは、二人から微妙に視線を逸らしながら、呻くように告げる。
「ええと……。私も、話でしか聞いたことがなかった方で……。それにしても間が悪い。どうしてこのタイミングで湧いて出るのよ。一気に面倒くさくなったじゃない……」
アニーは片手で額を押さえながら項垂れたが、ここで堪忍袋の緒が切れたらしいコンラートが暴挙に出た。




