(21)空回り
「父上……。自分がいまだにセーラ様に『様』付けされているのが不満だとか、自分の知らないところで家臣たちと仲良くしているのが気に入らないとか、正直に言えないんですか?」
背後から聞こえるその呟きに、アニーがセーラたちに視線を向けたまま、冷静に突っ込みを入れる。
「言えないから、あの体たらくなんじゃないですか?」
「だからアニー、少しは手加減して」
「それならヘレナは、あのご領主様を庇うわけ?」
「自業自得だから庇いはしないけど」
「あなたも相当辛辣なことを口にしているわよ」
思わず口を挟んだヘレナだったが、アニーにあっさり切り返され、再び口を噤んだ。
侍女たちに好き勝手言われているなど夢にも思っていないコンラートは、表面上はいつもの表情で会話を続けていた。
「使用人のことは、勿論、あなたに任せたほうが良いだろうな。それとは別に、改めたいことがあるのだが」
「なんでございましょう?」
セーラは素直に問い返した。するとコンラートが、慎重に話を切り出す。
「その……。あなたの部屋のことだ。今でも侍女と隣り合わせで、客間を使っているだろう?」
「はい。とても快適に過ごしております。お心遣い、ありがとうございます」
即座に満面の笑みで返されてしまった彼は、顔が引きつりそうになるのを何とか堪えた。
「……嫌味ではないだろうな?」
「どうして嫌味なのですか?」
まったく分かっていない様子で、セーラが不思議そうに小首を傾げた。それを目撃したレオナルドたちが、思わず正直な感想を述べる。
「父上、ここで挫けたら駄目です」
「これで挫けるようなら、どうしようもないわね」
「それに関しては、まったく同感だわ」
そんな外野の反応など知る由もないコンラートは、傍目には冷静に話を進めた。
「辺境伯夫人の仕事をきちんとこなしているようだし、それに相応しい扱いをするべきだろう。それで、あなたの部屋を移そうと考えている」
それを聞いたセーラは僅かに驚いた表情になったが、すぐに穏やかに微笑みながら告げた。
「あら、お気遣いなく。私は今のままで十分ですから」
「そうは言っても、対外的に色々と差し障りがあるので、歴代の辺境伯夫人が使用していた部屋を使って欲しいのだ」
「それに関しては、私が歴代の辺境伯夫人の部屋を使っていると、他の方たちに周知徹底すれば良いだけの話です」
「だから、そういうことではなく」
「まさか本当に部屋に踏み込んでまで確認しようとする方はいないでしょうし、まったく問題ありませんわ」
「確かに、そんな確認をするような者はいないと思うがな」
「もちろん、王妃様に言われた通り、私も余計なことは口にいたしませんからご安心ください」
「……王妃に何を言われたんだ?」
ここで嫌そうな顔になりながら、コンラートが尋ねた。それにセーラが笑みを深めながら答える。
「『この結婚は政略結婚だ。だからこそ対外的には普通の婚姻関係ではないのを悟らせてはならない』と仰いました。私はそれを納得した上で、こちらに参りましたので」
「それは確かにそうなのだが」
「『最初に、妻役も母親役もする必要はない、くらいのことは言われるだろうが、別に気にすることはない。辺境伯からしたら、押し付けられたお飾りの妻など、迷惑この上ないだろうしな』とも言っておられました」
「いや、それは確かに最初はそうだったが」
「『寝室を離すくらい、辺境伯の心境としては当然のことだ。しかし、夫婦間が不仲だと推察するような行為は慎むべきだろう。誰かに何か言われたら、徹底して笑顔でしらを切れ』と言われております。ご安心ください」
「だから、周囲の者がどう思うとかは、この際関係なくてだな」
「王妃様が『辺境伯は色々難しい気性ではあるが、基本的に誠実な人柄で家臣たちにも慕われているようだ。共に過ごせば少しは絆されて、形だけでもお前を辺境伯夫人として扱わなければいけないと生真面目に考えるかもしれん』とも仰いました。やはり王妃様は賢明な方です。あの方の仰ることに間違いはありませんわ」
なんとか反論しようとするコンラートの台詞を絶妙に遮りながら、セーラは嬉々としてオリヴィエへの賛辞を垂れ流し始めた。そんな彼女の様子をこっそり眺めながら、レオナルドが独り言のようにぼそりと問いかける。
「その……。ああいう様子を表現する言葉って、何かなかったかな?」
それに、すかさずアニーが答える。
「強いて言えば、刷り込みでしょうか? 雛が孵化した直後に目撃した生き物を親と認識してしまって、まったく疑問に思わずになんでも追従するような。ちょっと違うかもしれませんが」
「なんとなく、私もそんな感じがしていたのよ。本当にセーラ様って、王妃様を盲信しているわよね」
アニーの意見にヘレナが同意したところで、コンラートが半ば強引にセーラのオリヴィエへの賛辞を遮った。
「王妃からの指示は分かった! 確かに我々は政略結婚したのだが、この際、考え方を改めようと思ったのだ!」
「考え方を改める? もしかして、それが私の部屋を変えることにつながるのですか? 無理をされなくてもよいのですが」
「どうして私が無理をしていると言うんだ?」
「王妃様が『辺境伯に最初に打診した時、亡き妻以外の女性を妻にするつもりはないし、他の誰にも代々の辺境伯夫人の部屋を使わせるつもりはないと拒絶されてな。その後、色々な条件をつけてお前との結婚を了承させた』と仰いましたが、違いますか?」
「……いや、違わない」
セーラから真顔で問われたコンラートは、居心地悪そうに視線を逸らしながら短く答えた。すると彼女は、我が意を得たりという感じで、深く頷いてから話を続ける。
「そうですよね。その時、続けて王妃様が『この件に関して、さすがに私も辺境伯に無理強いした負い目がある。亡き妻を一途に想う心は、それだけで尊いものだ。だからお前には、今後、辺境伯が対外的なものやお前への引け目から代々の夫人の部屋を使うよう促しても、笑顔で固辞してくれ。お前には少しばかり肩身の狭い思いをさせるだろうが、それが私から辺境伯への誠意を示す行為と思ってほしいのだ』と仰って、私に頭を下げられたのです。本当に、もったいないお言葉でしたわ。私には、コンラート様が亡きミリーナ様を思慕するお気持ちを踏みにじるような行為をするつもりなど、微塵もありませんでしたのに」
「……っ」
しみじみとした口調で語り、どうあっても主張を曲げる気配が皆無のセーラを見て、コンラートは顔を強張らせた。そんな二人の様子を眺めていたレオナルドが、どこか遠い目をしながらアニーに意見を求める。
「アニー。なんだか遠く離れた王都にいる王妃様に、父上が遊ばれている気がするんだけど。僕の気のせいかな?」
「いえ、確実に遊ばれていますね。セーラ様のご気性と、結婚後にどうなるかを予測した上で、色々と吹き込んでおられたようです」
「本当に、王妃様って容赦ないわね」
アニーが淡々と推測を述べ、ヘレナが戦慄していると、ここで事態が急変した。




