(19)上がる評価、下がる評価
侍女を介してコンラートから執務室に呼び出されたセーラは、彼の机に歩み寄り、優雅に一礼してから声をかけた。
「コンラート様。お呼びと伺いましたが、どうかしましたか?」
そこで顔を上げたコンラートは、真顔で話を切り出す。
「ああ。お前に任せたいことがある。ここでの生活にも慣れたようだし、そろそろ辺境伯夫人としての仕事をしてもらおうかと思ってな」
それを聞いた途端、セーラは戸惑うどころか嬉しそうに尋ね返した。
「私は何をすればよろしいのでしょうか?」
「とりあえずは届いた書簡の整理と陳情者の対応、レオナルドの誕生日に合わせた茶会の準備と運営だな。それから、商人たちとの面談だ。その時は、いろいろと探って欲しいことがあるのだが。できるか?」
「もちろんです! そちらの方でも、しっかり役目を果たしてみせますわ! 王妃様から『しっかり辺境伯夫人としての務めを果たせ』と言われておりますので、何でもお任せください!」
気合いに満ちたその声に、コンラートは僅かに気圧されながら頷く。
「よろしく頼む。それでは城内の業務については、侍従長のエーリクと侍女長のカリナに話をしてあるので、彼らと相談しながら進めてくれ。不明な点や判断に迷うことがあれば、彼らか私に尋ねるように。もう下がっていいぞ」
「畏まりました。それでは失礼します」
端から見ても喜びに胸を膨らませながら、早速エーリクとカリナを探しに行ったと分かるセーラを見送ってから、ダレンはコンラートに些か不安そうに尋ねた。
「奥様にお任せして、大丈夫でしょうか?」
しかしコンラートは、再び手元の書類に目をやりながら素っ気なく告げた。
「何か問題があったら、周りが言ってくるだろう。あれを暇にさせていると、何かろくでもないことをしでかしそうな気がするのでな」
「ご領主様。それは奥様に対して、あんまりなお言葉だと思うのですが……」
果たしてどうなることかとダレンは懸念したが、その不安は良い意味で裏切られることとなった。
※※※
「お前たちを呼んだのは他でもない。最近、あの女はどうだ?」
仕事の合間に部下を呼び出したコンラートは、端的に目の前の二人に尋ねた。しかし、それにエーリクとカリナは、不満そうに応じる。
「コンラート様。『あの女』と仰るのは、奥様のことでございますか?」
「セラフィーナ様を『あの女』呼ばわりするなど、ご領主様のご器量を疑うことになりますが」
明らかに非難する眼差しを向けてくる二人に、コンラートは形勢不利を悟りながら話を続けた。
「……ひと月やそこらで、あれに随分と入れ込んでいるようだな。それでは問題が起きたり、お前たちの手を焼くようなこともないのか?」
再度コンラートが問いかけると、二人は真顔で首を振って語り出した。
「手を焼くどころか、大変助かっております。各種書簡の仕分けや精査を済ませ、コンラート様にお渡しする他は、場合によっては奥様が返書をしたためておいでです。最終確認を頼まれておりますが、麗しい文字に整った文面。内容に文句のつけようがございません」
「茶会の準備も、招待状の発送から茶器や家具、装飾に至るまで、事細かく指示していただいています。惜しむらくは、奥様が当初要求された水準が高すぎましたが、王妃様から城で直々に指導されたそうなので、仕方がありません。それで控えめに指摘したところ『教えてくれてありがとう。これからもよろしくお願いしますね』と笑顔で頭を下げられて、かえって恐縮いたしました」
「奥様は、驕り高ぶることがない謙虚なお人柄な上、誠実で心根の優しいお方です」
「かといって卑屈すぎるわけでもなく、きちんと自分の意志をお持ちでいらっしゃいます。非の打ち所がございません」
「そうか。お前たちとしては、不平不満などまったく存在しないということか」
満足げに語る二人に、コンラートが皮肉っぽく問いを重ねた。すると二人は、若干言いにくそうに付け加える。
「その、決して問題と言うほどのことではないのですが、奥様は、私どものような平々凡々な者には、時々予測のつかない言動をされるのが少しばかり難といえば難ですが……」
「常識があるように見えて、微妙に世間一般のそれとは異なっておられる場合がありまして、それにどう対処すれば良いのか少々困ることがありますが……」
「お前たちの意見は良く分かった。もう下がっていいぞ。引き続き、よろしく頼む」
二人が言いたいことを十分理解していたコンラートは、そこで話を終わらせて彼らを下がらせた。そして執務室内にコンラートと政務に携わる側近だけになったところで、ダレンが神妙に意見を述べる。
「コンラート様。差し出がましいようですが、セラフィーナ様はお育ちと年齢に似合わず、本当によくできた奥様ですよ?」
それを聞いたコンラートは、皮肉っぽく彼を見返した。
「意外だな。お前まで手放しで褒めるとは。最初はあれほど胡散臭い目で見ていたのに」
「弁解させていただきますが、コンラート様ほどではありません。確かに得体の知れない能力の持ち主ではありますが、セラフィーナ様は密命を受けて送り込まれた方ではないでしょう。密偵にしては善良すぎます」
「確かに見た目はそうだがな」
あっさりと斬り捨てた主に対し、ダレンは辛抱強く話を続けた。
「この間、私を含めた数名で慎重に観察してみましたが、セラフィーナ様は修道院育ちとは思えないほど知識や教養を身につけており、下々の者にも親しく声をかけるような穏やかで親しみやすいご気性です。レオナルド様もすっかり懐いておられますし、肝心のコンラート様がこうも頑なだと周りも困るのですが」
「何が困るというんだ」
「奥様のお部屋です。いつまで客間に押し込めているおつもりですか。しかも、あの侍女と並べてそのままとか、どう考えてもあり得ません」
「…………」
コンラートも、この頃には、初対面の時にかなり居丈高に言い放ったのは問題だったと自覚していたが、いまだにそのままであることに対して苦言を呈され、無言のままダレンから視線を逸らした。するとダレンは、更に顔つきを険しくしながら話を続ける。
「この事態を王妃様に知られて激怒される可能性を考え、こちらからさり気なく奥様に部屋替えを申し出てみたのですが、『アニーと隣り合った快適な客間を用意されて喜んでいると書き送ったら、王妃様から「それは何より。いつまでもその客間を使わせてもらえ」と返事がきました』と微笑まれてしまいました」
「……それなら別に問題ないだろう」
既に王妃に報告済みなのかと、コンラートはなげやりに応じた。しかしここで引き下がるわけにはいかないダレンは、辛抱強く主君に言い聞かせる。
「そうも言っていられません。ご領主様の部屋に隣接している、代々の辺境伯夫人が使用する部屋はどうするのですか?」
「今まで通り、空けておけば良いだろう」
「城に迎え入れた時の対応が間違いだったと、理解してはいらっしゃいますよね? きちんと自らの過ちを認めて、奥様と歩み寄ってはどうですか?」
「うるさいぞ。さっさと仕事をしろ」
「分かりました」
少々変わってはいるが、文句のつけようがない若い妻を迎えたのに、一体何をしているのかと暗に告げられたコンラートは、面白くなさそうにダレンの話を終わらせ、自分の前から追い払った。




