(18)レオナルドの悩み
夕食時にいつも通り食堂の椅子に座ったレオナルドは、テーブルを囲んでいる父と継母の様子を眺めながら、密かに悩んでいた。
(今日はセーラ様が王都からついてきた侍女と一緒に会議室に出向いたそうだけど、大丈夫だったのかな? 見た感じでは、特に問題なさそうだけど)
居並ぶ家臣たちの中に女性二人だけで呼び出されるなど、それだけで心細い思いをしたのではないかと心配していたレオナルドは、平然としているセーラの姿に安堵しながら尋ねた。
「セーラ様。今日は侍女と一緒に会議室に呼ばれたそうですが、父上や家臣の皆さんと、どんなお話をしたのですか?」
食べ始めてからさり気なく話題を出すと、コンラートがピクリと片眉を上げたが、特に何も口にはしなかった。そして当事者のセーラは、その問いかけに、にこやかに応じた。
「大したお話はしておりませんよ? 改めて、主だった方々と顔合わせをしたようなものですから。コンラート様、そうですよね?」
「……そうだな」
「そうでしたか」
言葉少なに頷いた父を見て、レオナルドは一応納得したものの、新たな疑問が頭をもたげる。
(それにしては、父上がなんだか疲れているように見えるけど、どうしてだろう? どうも父上をはじめとして、皆さんがセーラ様に隔意があるようで、心配なんだよな。セーラ様は少しばかり天然、というか他の人とは違うところもあるけど、とてもいい人なのに)
そこまで考えたレオナルドは、他にも気になっていたことを口に出してみた。
「そういえば、セーラ様。まだ鍛錬場での訓練を続けるのですか?」
「もちろん、そのつもりです。それがどうかしましたか?」
「その、鞭の扱いが上手におなりになったので、そろそろ止めてもいいのではないかと思ったものですから……」
レオナルドは控えめに、人目もあるのでそろそろ止めてもらえないかと訴えてみたが、それを聞いたセーラは、なぜか嬉しそうに問い返してきた。
「レオが見ても、そう思いますか?」
「ええ。すっかり慣れたようにお見受けします」
「実は私も、そう思っていました。ここに来たばかりの時とは、城内の皆さんが私に向ける視線が、なんとなく変わってきていますよね? 辺境伯夫人らしい落ち着きとか品格が、徐々に身についてきた気がします」
(いえ、絶対に落ち着きとか品格が身についたわけではなく、皆から変な目で遠巻きにされているだけですから)
正直にそう言いたかったレオナルドだったが、セーラがいかにも嬉しそうに目を輝かせていたため、がっかりさせるようなことは言えずに口をつぐんだ。するとセーラは、自信に満ちた表情で力強く話を続ける。
「王妃様のように、立っているだけで威厳を醸し出すまでには至っておりませんが、これからも努力あるのみです! 王妃様が仰った通り『継続は力なり』ですわね!」
「そうですね……」
「…………」
(父上! 言いたいことは分かりますが、それならご自分でセーラ様に言ってください!)
否定できずに曖昧に頷いてみせたレオナルドだったが、相変わらず無言を貫いていた父から、咎めるような視線を向けられて閉口した。それで気合いを入れ直したレオナルドは、慎重に話を続ける。
「あの、セーラ様は威厳とか貫禄とかを十分備えておられると思いますので、無理に鍛錬をしなくともいいと思います。それに、辺境伯夫人自ら鍛錬をするのであれば、セーラ様を警護する騎士たちの立場がありません」
「それはそうですが、私はレオの継母でもありますから」
「セーラ様が僕の継母であることと、鍛錬に何か関連がありますか?」
「王妃様が『国境守備の任に就く辺境伯が出撃する場合、お前が城と継子を守ることになる。常に常在戦場の気持ちを忘れるな』と仰いました。王妃様が仰る通りです。私は辺境伯夫人として、あなたの継母として、鞭使いを極めてみせると心に誓ったのです」
(セーラ様がそういう考えなら、少し言い方を変えてみようかな?)
言っていること自体は間違ってはいないだけに、どうして変な方向に流れてしまうのかと、レオナルドは残念に思いながら素早く考えを巡らせた。
「セーラ様。それは確かに、グレンバル辺境伯家の人間としての心構えとしては間違っていないと思います。思いますが、僕の立場も考えていただけませんか?」
「え? レオの立場、ですか?」
「はい。確かに僕はセーラ様と比べるとまだまだ子どもですが、グレンバル辺境伯家の男として、父上の後継者として、有事の時にはセーラ様を守って戦う覚悟はできています。ですから、まだまだ頼りなく見えるでしょうが、セーラ様を危険にさらすような真似はいたしませんので、安心してください」
真摯に訴えたレオナルドを見て、セーラは心底驚いたように目を見開いた。そのまま数秒沈黙が続いてから、彼女はかすれ気味の声で彼に呼びかける。
「……レオナルド」
「はい、どうかしましたか?」
「なんて立派なのでしょう! 私、とてつもなく感動いたしました!」
「あの、セーラ様?」
両目にうっすらと涙を浮かべながら、セーラは感極まった様子で告げた。そして戸惑うレオナルドに構わず、嬉々としてコンラートに同意を求める。
「子どもとはいえども、なんて立派な心意気! さすがはグレンバル辺境伯家の後継者ですわ! コンラート様もこんなに頼もしい跡取りがいて、安心ですわね!」
「そうだな……」
「亡くなられたミリーナ様が今のレオの姿を見たら、きっと感涙にむせぶに違いありませんわ。ええ。絶対にそうですとも……」
そこでセーラは、堪えきれなくなったようにボロボロと涙を流し、ハンカチを取り出して溢れる涙を押さえた。さすがに予想外の展開になってしまったことで、レオナルドは動揺しながらも彼女を宥めようとする。
「ええと、その、セーラ様? それほど泣くようなことではありませんから。落ち着いていただけませんか?」
(父上。「何をやっている」と言わんばかりの目を向けていないで、セーラ様を宥めてくれませんか!?)
再び父から呆れ気味の視線を向けられたレオナルドは、密かにキレかけた。すると泣き止んで顔からハンカチを離したセーラが、語気強く宣言する。
「決めました! 私、亡きミリーナ様に代わって、レオが立派に成長して辺境伯の家督を継ぐまで、しっかりと見届けます! そして、そんなレオの汚点にならないよう辺境伯夫人として、継母として、清く正しく美しく日々を過ごし、鞭使いを極めてみせますわ!」
「いえ、ですから! 鞭は使わなくてもいいですから!」
(駄目だ。話が通じていそうで、微妙に通じていない。父上、さっきから黙っていないで、なんとか言ってください!)
必死に翻意を促したレオナルドだったが、セーラの斜め上の思考回路には到底ついていけず、終始無言で夕食を食べている父親に、恨みがましい視線を向けた。しかしコンラートは、そんな息子から視線を逸らしたまま夕食を食べ終え、彼らより一足早く食堂を後にしたのだった。




