(16)追加の加護と王妃の策謀
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「その時に、王妃様が手紙に書いた内容なのですが。……あの、コンラート様? どうかなさいました? 体調が優れないのであれば、お医者様を呼びましょうか?」
目を閉じて当時の光景を脳裏に思い浮かべながら語って聞かせていたセーラだったが、ふと目を開けると、正面の席のコンラートが机に突っ伏しているのに気がついた。それで思わず話を中断し、真剣な面持ちで具合を尋ねる。するとコンラートは、相変わらず顔を上げないまま、懇願するような口調で告げた。
「いや。これは多少疲れが出ただけから、気にしないでくれ。悪いが、少しだけこのままでいさせてくれないか? すぐに回復するから」
「そうですか。私は構いませんが、やはり領主の仕事は激務なのですね。お疲れ様です」
「……ああ」
いかにも心配そうに、労いの言葉をかけられたコンラートは、心底疲れたように短く応じた。そんな主君の姿を目の当たりにした家臣たちも、密かにあちこちで囁き合う。
「ご領主様。気持ちは分かりますが……」
「俺だって、できることなら突っ伏したい気分だぞ」
「奥様の嘘とか冗談じゃないんだよな?」
「この流れで、奥様がそんなことを口にして、何の徳があるんだよ」
「しかし、神を名乗る存在を椅子で殴って、ダメージを与えられるのか?」
「そのアレスって奴が実体化していたから、人間と同じようにダメージを受けたってことじゃないのか?」
「問題はそこじゃない。そんないかにも怪しげな存在に対して、まったく躊躇せずに物理攻撃を行う王妃って、怖すぎるだろうが」
「しかも、相手が神と名乗ろうが一切お構いなしに罵って、精神攻撃までするとはな。あり得ないだろう」
「でも奥様は、そんな王妃を崇拝しているんだよな……」
「…………」
家臣たちが何とも言えない表情で、コンラートとセーラを交互に見やる。そのうちに、なんとか気を取り直したコンラートが上半身を起こし、セーラに声をかけた。
「中断してすまなかった。話を続けてくれ。王妃が、アレスとやらにどんな手紙を残したか、という話だったな?」
それを聞いたセーラは、真顔で頷いた。
「はい、そうです。最初はアレス様を非難する言葉から始まり、次に私が何とか自力で能力を制御できるようになったという報告が誇らしげに書いてありました」
「文面が目に見えるようだな……」
「その次に、『迷惑をかけたセラフィーナに申し訳ないという気持ちがあるのなら、慰謝料を払え』と書いてありました」
「慰謝料?」
「正確には、『慰謝料代わりにお前の責任でなんとかしろ』と書いてあったのですが」
「王妃は、一体何を要求したのだ?」
確かに、その加護のせいでセーラの人生が狂ったと言えなくもないが、何を要求したのか、コンラートにはまったく見当がつかなかった。それにセーラが冷静に答える。
「『一生、修道院暮らしをさせるのは忍びないが、他の者より恵まれた容姿の世間知らずの娘を、いきなり人波に放り込んだらどんな危険に巻き込まれるか分からない。住居以外の場所では極力人目につかないような加護を与えろ』という、命令口調のお願いでした」
それを聞いたコンラートは、本格的に頭痛を覚えた。
「それはどう考えても命令だと思うがな。あの王妃は、怖いもの知らずにもほどがあるぞ」
「それで『人目につかないといっても、道端の石程度の認識で突き飛ばされたり、馬車に轢かれたりしたら困る。存在は認識できても、取るに足らない、そばにいても全く違和感を抱かせない感じに調整すれば問題ないだろう。だが中途半端な加護しか与えられない貴様が、そんな高等な加護を与えられるとは到底思えない。他の神の力を借りなければならないだろうから、後日でも構わん。気長に待ってやる』という感じで、文章が進められていました」
「本当になんなんだ。あの王妃は……」
ここまで話を聞いたコンラートは、オリヴィエの傍若無人さに呆れ返った。しかし、セーラは冷静に話を続けた。
「それからアレス様にはしばらくお目にかからなかったのですが、半年くらいしたらお見えになって、王妃様が指示した通りの加護を新たに授けてくださいました」
「本当か?」
コンラートは、本気で驚きながら問い返した。それにセーラが微笑みながら告げた。
「ええ。それで私は修道院の敷地から一歩外に出ると、周囲の方々にそれほど意識されず、違和感を抱かせることなく行動できるようになったのです。それからは王妃様に呼ばれて、時々お城に出向くようになりました」
「どうして城に? 礼儀作法や社交に関する勉強の一環か?」
先ほど、修道院に教師を派遣した云々の話を聞いていたコンラートは、そのために王妃がセーラを呼び寄せていたのかと思った。しかしこの話の流れで、唐突に関係のない内容を持ち出してきたように感じたため、怪訝に思いながら尋ねる。するとセーラは苦笑しながら首を振った。
「もちろん、学習の進捗状況を確認されることもありましたが、ほとんどは別の用件でした」
「別の用件とは?」
「王妃様とお客様の面談の場に侍女の姿で控えて、会話の一部始終に耳を傾けるのです」
「何だそれは?」
「王妃様がいろいろとお尋ねになりますので、その際、面談相手が考えていた内容を読み取って、終了後に王妃様にお伝えしていました。大抵の方が、口にした内容と異なることを考えておられて、王妃様がとても喜んでくださいました」
「……なるほど、そういうことか」
(これでは王妃の前で隠し事など不可能だろうし、王妃も知りたいと思っていることを相手が考えるように、言葉巧みに質問して誘導したのだろうな。自称神様に無茶ぶりをする上、どこまでも抜け目がない王妃だ)
少し前から思慮深い賢妃と名高い王妃の、知られざる実態と秘密を知ったコンラートは、その手腕と容赦のなさに若干寒気を覚えた。しかし、コンラートの動揺はさらに続いた。




