(15)為せば成る
「セラフィーナ、元気にしていたか!」
自室に一人でいる時、無人だった室内に、少年に見える不可思議な存在がいきなり現れても、セーラは驚いたり怖がったりしなかった。むしろ、ほぼ半年ぶりの邂逅に、満面の笑みを浮かべながら駆け寄り、元気よく挨拶した。
「アレス様、いらっしゃいませ! 私は元気です!」
「そうか、それならよかった。……ところで、あのうるさくて不遜な暴力女はいないだろうな?」
僅かに警戒しながら狭い部屋の中を見回すアレスを見て、セーラは不思議そうに尋ねた。
「もしかして、王妃様のことですか? 王妃様は、ひと月に一回くらいしかいらっしゃいません。最後に会ったのは十日前くらいです」
「そうか……」
「でも、アレス様。王妃様は、すごく優しい方ですよ? 私のためにいっぱいお金をくださって、修道院をあちこち直してくれました。それから私に先生をつけてくれたので、先生たちからいろいろ教えてもらっています」
「確かに、お前を大事にしてはいるようだな」
真剣な面持ちで訴えてくるセーラを見て、アレスは不承不承頷いた。すると、セーラが勢い込んで話しかけてくる。
「それで、私、アレス様に話があるんです!」
「俺も、お前に話がある。お前に与えた加護だがな。少々調整に手間取ったが」
「私、他の人が考えていることを、聞こえないようにすることができました!」
セーラが自分の台詞を遮って伝えた内容を聞いて、アレスは呆気に取られた。
「え? いや、どうしてだ? 俺がそうしてやろうと――」
「王妃様に、教えてもらったんです。『心の中に壁を作って、側にいる人が見えても見えないようにする、聞こえても聞こえないようにする。それを頑張ってみろ』って。最初は全然できなかったんですけど、やっているうちに少しずつできるようになりました!」
「そうなのか……」
嬉しそうに報告するセーラの話を遮るわけにはいかず、アレスは微妙に強張った顔つきのまま、彼女の話に耳を傾けた。
「まだ人がたくさんいる場所だと駄目ですが、人が少ない場所なら大丈夫になりました。それを王妃様にお話ししたら、『それはよかったが、気のせいということもある。聞こえないようにするのと、聞こえるようにするのと、交互にできるか試してみろ』と言われたので、それもやってみました」
「そんなことまでしていたのか」
「最初は難しかったけど、なんとかできるようになったら、王妃様がものすごく褒めてくれました! それで、『あの神もどきが来たら褒めてくれるから、忘れずに報告しろ』と言われたので、アレス様が来てくれるのをずっと待っていたんです!」
満面の笑みで、全身から「褒めて褒めて!」と訴えかける空気を醸し出しているセーラに余計なことは言えず、アレスはなんとか笑顔を作りながら彼女を褒めた。
「そうか。それは頑張ったな。えらいぞ、セラフィーナ。自分だけでやり遂げてしまうとは、本当に大したものだ」
「ありがとうございます!」
そこでセーラが、何かに気づいたように壁際の棚に駆け寄った。
「あ、いけない! 王妃様から、アレス様に渡すように預かっていたものがあるんです」
「……あの女から?」
「はい」
途端にアレスは嫌そうな顔になったが、彼に背中を向けていたセーラはそれに気がつかなかった。セーラは棚の引き出しから封書を取り出すと、アレスの前に駆け戻り、それを恭しく差し出す。
「アレス様、どうぞ。王妃様からのお手紙です」
「何を書いたんだ、あの女」
ぼそっと呟いたアレスは、それを受け取ってから指を鳴らした。すると封筒がバラバラになって床に舞い落ち、アレスは中に入っていた便箋だけを手にして目を通し始める。
「…………」
無言で読み進めたアレスだったが、次第にその表情が険しくなり、便箋を持つ手が微かに震えてきた。しかし、セーラはそんな異変には気がつかないまま、無邪気に尋ねる。
「アレス様? 王妃様のお手紙に、なんて書いてあるんですか?」
するとアレスは憤慨しながら勢いよく便箋を握りつぶし、丸めて床に投げつけながら、憤怒の叫びを上げた。
「あっ、あの女ぁぁぁ――っ! どこまで俺を馬鹿にする気だぁぁ――っ!」
「え? アレス様?」
アレスがいきなり怒声を放ったため、セーラは困惑しながら視線を向けた。しかし、次の瞬間、彼の姿は綺麗に消え去っていた。
「神様って、やっぱり忙しいのね」
一人、そんなふうに納得したセーラは、床に転がった便箋を拾い上げた。そして、一体何が書いてあったのだろうと不思議に思いながら、少しの間、小さな手で便箋のしわを伸ばすのに専念したのだった。




