CodeⅥ:癒す者
病院施設で、過ごす事2日目。
まだ生きてる機械は存在しなかった。
最早ベッドと呼称することすらできないほどに、グズグズに溶けて見える何かの台。
その上に崩れ落ちるように乗っている変色した人骨。
建物は所々崩れていて熱にやられたのか黒く焦げていた。
絶景スモッグを発生させる爆弾が使用されたことを如実に語っていた。
一箇所だけ、一際頑丈に封鎖された扉があった。そこだけは絶劇スモッグには晒されず、守りきれたのだろう。
だがその抵抗も虚しく、人間にとっての城にはなれなかった。
綺麗な死体が2つ。
それに寄り添うように、とある医療用マッドが一人静かに眠っていた。
「……」
シリウスはこの現状をギーナに報告する事にした。
―――――――――――――――――――
「そうか。綺麗な死体と一体のマッド…ね。
そのマッドは可能な限り生かし続けたんだろうな。(或いは、自らの手で終わらせたか)
だが酸素という最大の敵に抗うことができなかったのだろう。
シリウス。そのマッドの所に案内してくれるか?」
シリウスは躊躇った。
ギーナならば躊躇なく起動するだろう。
だがそれはギーナにとっていいことなのか?
役には立つだろう。
だがそれだけだ。
それこそ、これをやった奴と同じになるのではないか?
「シリウス。君は私の今後を気にしているのだろうな。
わかるぞ。私はなぜか人間だからな」
「いいかシリウス?この戦いはもはや私たちだけの戦いではない。
この戦いは弔い合戦だ。
先ほどここの設備のデータを解析した。
私たちが今行こうとしてるのはここを破壊した機械生命体達の根城だ」
「だからこそそのマッドの場所に私は。
そこに行かなければならない」
ここの設備を直せたこととか、これをやったのが機械生命体だとか。
人間であることになぜかを付けたこととか。
そんなことよりも、
「お前は、機械生命体の陣地を拠点にっていってたけどよ。
それは設備を直す前だったじゃねぇか。
なのにその様子だ。気づいていながらここに来たのか?」
「…まぁ、予想はしていた。
ここに来る前に何体かの機械生命体のコアに2つ、データが入っていてな」
一つは“該当施設を破壊する”というデータ。
もう一つは“人間を必ず殺す”というデータ。
これらが搭載された機械が、手足を破壊されても、私を殺すと狙い続けていた機械生命体だった。
巡回ルート、絶劇スモッグに塗れた施設。
「着いてみれば転がってる人骨に、任意で行ったであろう建物が溶けるアンバー分解爆弾の使用痕。
満遍なく充満するよう爆風で分散させた形跡。機械生命体が通ったであろう通路や道路の焦げ跡。
これだけヒントがありながら気づかないやつは頭がお花畑だろうさ」
「…人間はお前みたいな奴ばかりなのか?」
マッドであるフェンリルには分からなかった。
シリウスという名を貰う前、フェンリルの主は非情な奴だった。
シリウスは知り得なかったことだが、ギーナがシリウスのコアに書き込んだプログラムは、ギーナへ頭に浮かんだ疑問を隠さないというものだった。
それ以外は埋め込まれてはいないため、その“個性に植え付けられた”言動にギーナはとても満足していた。
「素晴らしい。疑問をすぐに口にしてくれるのは助かる。
その質問の答えは“違う”。だな。
何故ならば、全ての人間が私みたいなやつならそもそも絶劇スモッグを絶対に放置しない。
危険を冒してでも解決に尽力するさ。
つまり世界に絶劇スモッグは存在していないはずだよ」
「そんなバカな…」
とも言えない。
何せその絶劇スモッグを今まさに無限の如きエネルギーに変換して様々な事を行っているのだから。
今やシリウスの燃料もその絶劇スモッグをアンバー粒子に再構成させて作っている。
「他の人間はやっぱり絶劇スモッグをそんな使い方はできないのか?」
「ああ。無理だ。
触れられないからな。
どんなに装甲や布があろうと、防護服だろうとじわじわと侵食を繰り返し、やがて皮膚に至る。
それに一息吸うだけで人間は死ぬ。
絶劇スモッグは人間にとって最悪だ。
私以外はな」
「例外中の例外、ってわけか。
何にせよ、言いたいことは分かった。
案内する」
「助かるよ。シリウス」
――――――――――――――――――――
「ここだ」
白骨が二つ並んでいて、そこから離れた位置にいたのは、自ら眠ったであろう体勢の医療用マッド。
このマッドは、癒す者・ナイチンゲールだ。
「“ナイチンゲール”とはね。ここの施設は相当充実していたようだ。
このマッドは作るのが難しいらしいぞ?」
しゃがみ込んでナイチンゲールの顔を覗く。
傷一つなく、その体もそれなりの時間放置されていた割には、かなり綺麗だった。
「まずは起こす。自分を壊さず、スリープしていたのは、することもないがそれでも電力を消費するわけにいかなかったからなのだと思う。
このナイチンゲールは自壊を許されていなかったのだろう。
残酷なことに、その結果一人で生きなければいけなかった。
そして恐怖からか、ここを出ることもできなかった。
とはいえ、私は聞かなければならないんだ」
寝ているナイチンゲールの首に手を当てプログラムを開く。
映し出されたプログラムにはやはり自身で設定したであろう、自らスリープモードをオンにしていた痕跡があった。
恐怖と、諦観、そして、絶望。
感情プログラムがネガティブ寄りだった。
「悪いな。寝ていたのに、起こして」
一部プログラムを書き換えして起動プログラムを実行する。
そして起きる準備をしてる途中で電力が足りなくなって、プログラムが停止してしまった。
「まさかな…」
電力をアンバー粒子によって補充し、ナイチンゲールを再び起こそうとした、のだが。
「それは、どうなってんだ?」
映っているプログラムを覗き込んで不可解な部分について聞いてきたシリウス。
「分からないな。
これは恐らくスリープモードをオンにするときに仕込んだものだ。
誰かが起こさない限り自然に起きてしまわないように。
誰かが起こそうとしても簡単には起こせないように。自分で。
このナイチンゲールはかなり“心”が弱いな…。
このナイチンゲールにとって、この状況は嘸かし辛かっただろう。
もう二度と起きたくないと言うほどには」
共感を感じるのは難しいだろうに、シリウスは目を瞑って考えていた。
シリウスにとっては戦う力を持っている。
ここに閉じこもっているよりも壊れてもいいから戦う事を選ぶはずだ。
何せそれでゴミ置き場の所でバラバラにされていたのだろうから。
この世界は私が書き込んだものだが、既にそれは現実のものとなり、私が書いたものと大きく異なっている。
それでも未来に影響を与えるであろう部分では変化がない。
例えばこのナイチンゲールは重要な情報を持っているだろうこと。
他のマッドは全て壊されていた。
データも残っていないぐらいに。
なのにこのナイチンゲールだけはここに一緒に入ったであろうこと。それから自壊を許さないプログラム。
私が書き物として書いていたものと同じだ。
このマッドがリリィという名前であれば、確定だ。
このマッドしか持っていないであろう技術、それを持っているのはこのナイチンゲールだけだ。
もしリリィならば、私はこのナイチンゲールというマッドを起こさねばならない。
もしもこのマッドがリリィならば、未来がほとんど確定していることと同義なのだから。
そしてこの2人の“白骨死体を殺したのがリリィである可能性”が非常に高いことも。
「プログラムを、書き込む。
それが許せないなら、聞こえていないふりは止めろ。
今からもう一度起動プログラムを実行する。その時に邪魔をするならば、お前のプログラムを書き換え、新たに書き込む。
チャンスは一度だけだ。いいな?」
無駄かもしれないがそう言って私はプログラムを実行した。
今度は問題なく起動されたナイチンゲール。目をゆっくりと開き、感情のない目で告げる。
「何故、わかったのですか?」
「やはり聞こえていたか。
プログラムが、周囲の音を拾うよう設定してあった。
不思議だったんだ。
お前は寝ていたのに、新たなプログラムが書き込まれたのが」
「対抗プログラムだよな?」
シリウスの答え合わせに頷いてからナイチンゲールの方に目を向けて一番聞きたかったことだけを伝える。
「ナイチンゲール。お前の名前を聞いてもいいか?」
「……リリィ、と申します。貴方は?」
「ギーナと名乗っている。そしてこっちは」
「シリウスだ。よろしくな」
やはりリリィだった。
ということは私の予想は的中したということ。
ならば、彼女に“搭載された情報”は絶対に必要だ。
“いつかの備え”として。
「ではリリィ。君に聞こう。
君は、君達全てを壊した者共に復讐をしたいか?」
リリィだけではなく、シリウスまで私に驚いた表情を向けていた。
「上手くいっていたのだろう?
怪我をした人間を。
手足に被害を受けたマッドやドットを。
病気になった人を。
コアにダメージを受けたマッドやドットを。その他大勢を救えたここは人類の、あぶれたマッドとドットの楽園だったはずだ。
そこをぶち壊された。
リリィ。お前はマッドだ。
今まで助けていた人間に、心無い目を向けられたのではないか?
笑顔を向けてくれた人間に、恐怖に歪んだその表情を向けられることは、お前にとって最大の苦痛だったのではないか?」
表情は変化しなかったが、明らかに動揺していた。
リリィの手がギシギシと機械音がなる程に握られていたから。
「もう一度聞こう。
お前は復讐をしたくはないか?」
「………どうやって?」
「うむ。充分な返答だ。
その言葉だけで大丈夫だ。
戦場は奴らの根城。
私とシリウスはそこが欲しい。
ここを使って武器や装甲、予備バッテリーを使って奴らを根絶やしにするつもりだったんだ。私とシリウスだけでは間違いなく苦戦する。だからこそ聞く。
君は、戦う気はあるか?」
「勝てるのですか?」「勝つ。勝てるではなく、勝つ。
負けは私の死だ。
そしてそれは少なくとも今じゃない。
まだ私は死ぬわけにはいかない。
何せ私が死ねば、この世界が壊れて終わってしまうからな」
リリィの問いかけに、食い気味で応える。
まぁ世界を救う気なんてサラサラないが。
「………私にどうしろと?
武器を持って戦うのは無理ですよ?
私はナイチンゲール。かの偉人は医者です。私が戦うことはできません」
「お前はナイチンゲールを知らないんだな」
一拍置いてから、壁に向けてマッドのコアの構造を映し出す。
「いいか?“ナイチンゲールのリリィ”。
ナイチンゲールとは戦場の医者だ。
戦場に赴いた偉大な人間。偉人だ。
ナイチンゲールの戦いとは、一対一の怪我との戦いだ。
お前の本来の力を発揮できる場所は戦場に他ならない。
どうやらそこに寝ているお前の主だったやつはお前の真価に気づいていなかったようだが、これを見てもお前はまだ“武器を持って戦う”ことが“ナイチンゲールの戦い”だと思うか?」
「…私に何をしろと?」
「リリィ。君は素晴らしいな。
疑問を直ぐに口にするのはとてもいいことだ。
リリィ。君がやるべきことは戦場にて私を守ることだ。
そして“シリウスのバッテリー”になるんだ。
シリウスがいれば絶対に勝てる。
その為にはシリウスは動き続けなければならない。
だがそれは難しい。
よって!君の力が必要だ。君の為に君の為だけの武装を用意しよう!」
ここまで言ったんだ。
その気になってもらわねば困る。
ナイチンゲールは私に跪いて、告げる。
「……当機、癒す者・ナイチンゲール。
個体名リリィは、貴方様を主とし、わたくしめができ得る全てを持って、貴方様に尽くしましょう」
マスター認証か。
ならば返す言葉は一つだけだ。
「これからよろしく頼む。リリィ」




