CodeⅪ:叡智
「あのクソ人間共が毎晩、発情しデディケイトに情欲をぶつけていた理由が何となくわかったよ。
人間の業は余りにも抗いがたく、食料が乏しく、娯楽の少ないこの世界ではそんな事でしか気を紛らわすことができないのだろうな。
時にリリィよ。
怪我人の女にそれを教えた、もとい(自主規制)した感想を教えてくれ」
確かに私は言った。
好きにしていいと。
私の想像していた“好きにしていい”とは、かなり違っていたが…。
「……ちょっと後悔しています」
その場にシリウスがいなかったのをいいことに、私を滅茶苦茶にしたリリィは機械生命体ながら後悔していると。実に面白いな。
「何の話しだ?」
「シリウス。君は永遠に知らなくていい。
リリィの元の主はなんというか…、欲望丸出しだな。
隠しデータを使ったあの技術。
驚愕、いや。ドン引きという言葉が相応しいだろう」
無骨な技術的施設を歩いている合間にする会話としてはかなり不適切だが、面白いのだから仕方ない。
相手に触られるという行為は生理的嫌悪レベルだったが、リリィに受けた恥辱は意外にも嬉しいという感情が湧いたと言えた。
つまり、私はリリィに心を許したということだろう。
「私は私の感情を面白いと思っている。
人生とは娯楽の塊。
その手のことも楽しめなければ、私は私ではないということだ。
お。見ろ!
アンバー粒子の研究書類だな。
ふむふむ。中々にお粗末だが悪くない。
マッドが作った書類のようだ。
あのマッドを修復するつもりはないが、データは役に立つかもしれんな」
「今後、仲間を増やす可能性はあるか?」
「今のところは考えてはいない。
あのクソ人間共の地下シェルターにある食料を全て回収しに戻りたいところだが、あそこには、はっきり言って戻りたくない。
いいマッドが他にもいれば加えるかもしれない、だな」
「そうか」
「シリウス。私に遠慮はするなよ。
私はお前と対等でありたいと考えている。
リリィも従者というていになってはいるが、気にする必要はないぞ?」
これは定期的に言って、学習してもらう。
私はマッドだからと、道具とは思いたくない。
なんせ彼女らは感情を持っている。
人間と何の違いがあるというのか?
答えは、違いはない。だと思うのだ。
だから、主従なんていう関係ではなく、対等の関係を築きたいと思う。
「…主様にとっては、私が主と呼ぶのも嫌ですか?」
「ふむ。いい質問だと思う。
結論から言えば『好きにすればいい』だな。
それこそ、私に求めることじゃない。
あの機械共には、リリィとシリウスの主として振る舞ったつもりだが、それはただの体裁だ。
そもそも、今のリリィの質問も、シリウスが数々の質問を私にぶつけるのも、本来の主従という関係ならば、不適切と言わざるを得ない。
だから気にする必要はないぞ?
寧ろ質問してくれることが、私は嬉しいのだから」
ふむ。この資料も使えないな。
機械生命体とはなんなのか。
まぁ、ただの趣味の領域だな。
気にした所でそれは結局答えが出ない意味のない思考だからな。
あれだ。先ほどから口にしている人間とAIの違いと同じだな。
答えは出ているのだ。
生命体の時点で、生きていることに代わりはないという、答えではない答えが出ているのだ。
「ふむ。理解した。
ここに私の役に立つ資料は存在しない。
今度は地下に行ってみよう。
何があるのか気になる」
「了解」「畏まりました」
ーーーーーーー
「なぁ、これはなんなんだ?」
「…私には分かりかねます」
「簡単なことじゃないか。
“人類の叡智”だよ。
まさか無限の資源が、ただの鉱石のリサイクルだとは思わなかったが、これは嬉しい誤算というやつだぞ?
あの機械共は使い方を理解できなかったからか、同じ鉱石しか作れなかったみたいだが、私は天才だからな。
同じ天才が作ったものなら、使い方が分かるというわけだ。
まさか、私と同じくアンバー粒子を扱えるとはね」
鉱石を鉱石へ、作り変える。
リサイクルなども行える、アンバー粒子を使った機械。
通りであの機械共にとっては無限にある
“無駄な資源”だ。
カシャン。カシャン。と一定周期で動き、鉱脈から、無限にそれを生み出し、変換。
「どうだ?アンバー粒子は非常識だろう?
こんなもの、思いつかなかったな。
底しれない敗北感に、只々、腹立たしさを覚えるね。
奥に行ってみようか。
何かあるかもしれない」
ーーーーー
「……驚きしか出てこねぇ」
「全くだ」
驚愕に値する光景を、私達は目の当たりにした。
リリィは涙を流していた。
そこは緑に包まれた幻想的で、美しい光景だが、酷く歪であり、悲しいという言葉がよく似合う「最悪な場所」だった。
緑といえば絶撃スモッグだが、ここは違う。
草が生い茂っており、白い花が一面に咲いて、中央に1本の剣と、カプセルに入った一体のマッド。
花の上に寝かせられた白骨死体と、椅子に座って項垂れた姿勢の白骨死体。
机の上に置いてある紙を手に取り、私は読み上げた。
「もう疲れた。
私に世界を浄化することはできない。
妻は眠り、娘は自殺した。
私も、もうすぐ終わるだろう。
ここに人が来ることはないだろうし、もうこの世界は終わりだ。
この子を、〈娘〉を起動することも永遠にないだろう。
日記を書くのもこれで最後。
最後に一つ、世界に言わせてもらう。
意味はないかもしれないが書かずにはいられない。
この世界は滅びるべきだ」
娘と呼称されたマッドが入ったカプセル。
その周辺には、草臥れた紙が乱雑に落ちていた。
私はその全てを拾い上げて速読した。
X日目。
世界を根底から救うマッド。
円卓の騎士の一人、ガラハッドと名付けることにする。
その剣には、絶劇スモッグを祓い、敵を薙ぎ倒せるほどの力を持たせる。
世界を壊した物を壊す者。救いの手として。
何度やっても完成しない。
Y日目。
妻が死んだ。
そして、娘は毒を飲んで死んだ。
絶劇スモッグで溶かされたくない、と。
妻の夢、地上へもう一度。
その夢は、絶たれた。
生きている意味も。もうない。
Z日目。
私は最低だ。
結局あの散々私を馬鹿にしてきた人間共と変わらなかった。
娘の体を使って、ガラハッドが完成した。
当初の設計とは大幅に変わってしまった。
絶劇スモッグを利用し、アンバー粒子に変換して、力に変えるなど、やってはならなかったのだ。
これは起動してはならない。
人間だけでなく、この世界をも、壊してしまうだろう。
もう 死のう
これ以上
罪を重ねたくない
「……ギーナ。起動、するのか?」
「まだしない。
はぁ…。この技術者は、馬鹿だな。
世界を壊す?戯けめ。
たった一機のマッドが、そんな力を持ってるわけがないだろう。
世界を壊すのは、とても難しい。
こんな所で、作っておいて、使わないなど。そのほうが最低だ。
貴様は技術者として、失格もいいところだ。がっかりだよ。
私が思いつかなかったものを作っておきながら、作れておきながら、技術者として、一番やってはいけない行為。
子供を捨てるとはね。
ふざけるのも大概にしとけよ」
シリウスと、リリィに戻るぞ、と手で合図し、片時も振り向かず、鉱石回機と名付けた機械へと、戻る。




