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アラフォーおばさん転生令嬢  作者: 此花サギリ
学園編

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18/21

七年の停滞と女神の十五才〜留年ヒロインの執念と、永遠に卒業を許されぬ学園〜

王立学園の回廊に、激しい吹雪と共になびくドリル髪があった。


「なぜ……! なぜですのぉぉぉぉぉっ!!」


悲痛な絶叫が、静まり返った大理石の廊下にこだまする。

声を上げていたのは、マリアンヌ・フォン・ルチア。


本来ならば、彼女は七年も前にこの王立学園を卒業し、輝かしい「ヒロイン」として王太子と結ばれるか、あるいは聖女として歴史に名を刻んでいるはずであった。


現在、彼女は十七才。

いや、正式な学年で言えば、本来の卒業年次を遥かに超過し、「七年連続留年」という王立学園の開校以来前代未聞の記録を更新し続けている「永遠の在校生」であった。


「わたくしの治癒魔法は本物ですわ! 教会だって仮聖女として認めたはずですのよ!? それなのに、なぜ毎年毎年、単位が足りなくて卒業できませんのーっ!?」


マリアンヌが血涙を流しながら握りしめている成績表。そこには残酷な赤字でこう印字されていた。


『必修科目【魔導衛生学】:単位不認定(理由:手洗い・うがいおよびアルコール消毒の徹底が不十分であるため)』

『必修科目【発声呼吸法】:単位不認定(理由:喉飴を拒否し、金々声による騒音被害を引き起こしたため)』

『必修科目【聖母の食育】:単位不認定(理由:自家製葛湯およびハーブティーの効能に関する論文が未提出のため)』


そう——この学園の進級および卒業基準は、七年前から完全に「リナ基準」へと塗り替えられていたのだ。


「こんなの……こんなのおかしいですわ! あんな富豪の女の趣味みたいな科目がなんで必修なんですの!?」


マリアンヌが地摺りのドリル髪を振り乱して叫んでいると、背後から冷ややかな、しかし絶対的な威厳を纏った足音が近づいてきた。


「相変わらず、進歩のない見苦しい叫び声ですわね。マリアンヌ」


振り向いたマリアンヌの視線の先に立っていたのは、最高学年……ではなく、【聖バレンタイン教会・最高大司教】の称号を得て、学園の最高理事に就任したクラリス・フォン・ルチアであった。


洗練された美しい修道服風の高級ドレスを身に纏い、胸元にはリナの横顔が刻まれた純金製の聖徽を輝かせている。


「クラリスお姉様……! お姉様が仕組んだんですのね!? わたくしを卒業させず、こうして留年させ続けて学園の晒し者にするつもりなんですのね!?」


「ふん」

クラリスは扇子を優雅に閉じ、冷酷そのものの瞳で異端者マリアンヌを見下ろした。


「自惚れないでおしなさい、雑草。貴女を留年させているのは私ではありません。あのお方——【永遠の女神】リナ・ド・バレンタイン様の、無辺の慈悲によるものですわ」


「はぁ!? 慈悲!? 卒業させないことが慈悲なんですの!?」


「当然でしょう」

クラリスは胸の前で手を組み、うっとりと目を細めた。

「貴女のような危険な思想を持った未熟な魂をそのまま社会へ放てば、民が惑わされます。あのお方は、貴女が『正しい衛生概念』と『健康的な食生活』を身につけ、真の人間として改心するまで、この学園という聖域で手厚く保護してくださっているのですのよ。感謝して毎日葛湯を飲みなさいな」


「狂ってる……! 七年も留年させておいて保護だなんて、狂ってますわーっ!」


マリアンヌが悲鳴を上げたその時、回廊の奥から、さらなる異様な圧迫感を伴う気配が近づいてきた。



「——何をしている、クラリス。女神リナのお茶会の時間が近づいているぞ」


重々しく、しかし恐ろしいほどの執着を秘めた声。


現れたのは、すでに二十二才となった第一王子エドワード。

本来ならば数年前に即位して国王になっているはずの彼は、いまだ「王太子」のまま学園の「永久生徒会長」として君臨していた。


その隣には、二十一才となった第二王子アルフレッド。彼は「永久副会長」として、今や王国の軍事権力すら生徒会室から行使している。


さらに、公爵家を継ぎながら学園の「永久会計」に留まるルーカス、王立魔導院のトップでありながら「永久書記」を務めるシオン、異国の国王に即位したにもかかわらず「留学生」として学園に住み着いているガゼル。


攻略対象の男たちは、全員二十代を迎えていた。

王室も、国会も、軍も、彼らが「リナのいる学園」から出ることを固く拒み続けているため、学園の最高部に機能を移転せざるを得なかったのだ。


男たちの目は、七年前よりもさらに深く、重く、逃げ場のない狂愛に染まっていた。


「殿方……」マリアンヌは震え上がった。「なぜ……なぜ殿方がまだ学園にいらっしゃるのですか……? もうとっくに卒業して、結婚して、国を治めているはずの年齢ですのに……!」


エドワード殿下が、血走った眼光でマリアンヌを冷ややかに一瞥した。


「卒業? ハッ……下らん」

エドワード殿下は自嘲気味に鼻で笑った。

「僕たちがこの学園を卒業して、リナのいない城へ戻れと言うのか? そんな真似をするくらいなら、この国を滅ぼした方がマシだ。僕たちの人生も、王権も、すべてはリナの足元に捧げられている。学園こそが僕たちの聖域であり、リナと共に居られる唯一の楽園なのだ」


「そうだ」アルフレッド殿下が、冷酷な笑みを浮かべながら梅炭酸水の瓶を愛おしそうに撫でる。「リナが十五才になり、ますますその神聖さと可憐さを増している今、僕たちがここを離れるわけがないだろう。あいつの淹れるお茶、あいつの焼くお菓子、あいつの『これ以上わがままを言うと、お説教ですわよ』というあのお言葉……! それなしで生きていける人間がこの世にいると思うか?」


「私の計算でも」シオン様が目まぐるしく数式をノートに書き込みながら言った。「師匠リナのそばを離れた場合の私の生存率はゼロ%に収束します。師匠の十五才の身体成長データ、ハーブティーの調合比率の進化……すべてをこの目で記録し続けることこそが、私の存在理由です」


「リナを外界の汚い大人どもに触れさせるわけにはいかない」ルーカス様が静かに剣の柄に手を置く。「我が公爵家の財力と軍隊は、すべてこの学園を護衛するために配置されている。リナが卒業を望まない限り、この学園は永遠に続つのだ」


「俺の国も学園のすぐ裏に首都を引っ越したぜ!」ガゼル王子が豪快に笑う。「リナ女神様のお側が、俺の国の中心だからな!」


「ひえっ……ひええええええっ……!!」


マリアンヌは恐怖のあまり、その場に倒れ込んだ。

学園全体が、国家が、世界が——たった一人の少女への狂愛と狂信によって歪められ、時を止めていたのだ。


男たちの目的は一つ。

リナ・ド・バレンタイン(十五才)を、永遠にこの学園という「鳥籠(聖域)」の中に閉じ込め、自分たちの愛と崇拝を捧げ続けること。


「さあ」クラリスが扇子を掲げた。「女神リナ様が、十五才の生誕を祝う特別なお茶会を開かれますわ。参りましょう、聖徒たちよ!」


「「「おおおおおっ!!」」」


二十代の男たちと、狂信的な生徒たちが、聖歌のような歓声を上げて庭園へと向かって行った。



一方、その頃。


中庭の最も日当たりの良い場所——今や『絶対聖域』として厳重に防魔結界が張られた大木の下。


当のリナ・ド・バレンタイン(十五才/中身:六十歳のベテラン主婦)はというと。


「ふぁ〜あ……。今日もいいお天気ねぇ……」


美しいシルクのドレスを身に纏いながらも、その上に『バレンタイン家特注のモコモコはんてん』を羽織り、特大の魔導こたつの中でぬくぬくと丸くなっていた。


十五才となったリナは、幼少期の可憐さをそのままに、どこか一層浮世離れした「完璧な美少女」へと成長していた。

艶やかな髪、透き通るような肌、そして何より、幾千の人生(主婦経験)を生き抜いてきたかのような、すべてを悟りきった圧倒的な「母性のオーラ」。


だが、その中身は相変わらず、ただのベテラン主婦であった。


(やだわぁ……もう私も十五才になってしまったのねぇ。前世で言えば、ちょうど孫が高校に入学するくらいの年齢かしら……)


リナは急須から温かいハーブティーを茶碗に注ぎ、ズズズと啜った。


(それにしても、この学園の生徒さんたちは皆さん本当に勉強熱心ねぇ。エドワード様もアルフレッド様も、もう二十歳を過ぎているのに『まだまだリナ様から学ぶことが山ほどあります!』なんて言って、毎日生徒会室でお勉強なさって……。留年しているマリアンヌさんも、七年も頑張って勉強を続けているなんて感心だわぁ)


リナは、攻略対象の男たちが自分への狂愛ゆえに国家機能を学園に引き込み、留年を装って居座り続けていることなど、微塵も気づいていなかった。


ただの「熱心な留学生と、勉強熱心な上級生たち」だと思っていたのだ。


(まあ、実家はお金がたくさんありますし、お父様も『リナが学園にいたいなら、あと五十年でも学園の予算を全額出すぞ!』って仰ってくださっているから、私も急いで卒業しなくてもいいかしらねぇ。ここで日向ぼっこをしながら、みんなの健康管理をするのが一番老後に……じゃなくて、体によろしいわ)


リナがほくほくの『自家製かぼちゃきんつば』を口に運んだ、その時である。


「リナ様ぁぁぁぁぁぁっ!!」


結界が解除され、狂信者クラリスを先頭に、リナに狂った男たちの群れが雪崩れ込んできた。


「あらあら、皆さん。そんなに慌ててどうされたのですか?」

リナはきんつばをモグモグと噛み締めながら、優しく微笑んだ。


「きんつばなら、まだたくさん焼いてありますわよ。ほら、エドワード様も、アルフレッド様も、お座りなさいな」


「っ……!!」


その微笑み。

十五才となり、ますます神聖さを増したリナの聖母の如き笑みと、甘いきんつばの香り。


それを受けた瞬間、二十代となった猛者たちが、まるで愛に飢えた幼子のように一斉に膝を折った。


「リナ……っ!」

エドワード殿下が、震える手でリナの羽織っている「はんてん」の裾に顔を埋めた。

「十五歳の誕生日おめでとう、僕の女神……! 今日も君は美しい……君の淹れるお茶の香りが、僕の汚れた魂を浄化していく……! 一生……一生君の足元で、こうしてお茶を淹れさせてくれ……!」


「リナ……」アルフレッド殿下が狂おしい瞳でリナの手を握ろうとするが、恐れ多くて指先しか触れられない。「きんつば……美味い……。君が焼いたものなら、毒が入っていても喜んで喰う……。僕を捨てないでくれ……僕をここ(学園)から追い出さないでくれ……!」


「師匠の十五才の生誕を記念し、我が魔導院の全予算を投じて『リナ様永久防衛結界』を拡張いたしました!」シオン様が熱狂的に叫ぶ。「これで外界の誰も、師匠に触れることはできません!」


「リナ、君が望むなら、この国を『リナ・ド・バレンタイン王国』と改名しよう」ルーカス様が恍惚と膝をつく。「我らは皆、君の教会の忠実な騎士だ」


「俺も国中の金銀財宝を献上するぜ、リナ!」ガゼル王子が叫ぶ。


二十代の男たちが、十五才の少女の周りにひれ伏し、愛と崇拝を叫び合っている。

狂気と執着が渦巻く、常軌を逸した光景。


しかし、当のリナは——


「あらあら……皆さん、相変わらず甘えん坊さんですのねぇ」


リナは困ったように微笑むと、エドワード殿下の頭を「よしよし」と優しく撫でてあげた。


「エドワード様、いくらお勉強が大変だからって、男の子がそんなに泣くものではありませんわよ。アルフレッド様も、毒だなんて物騒なことを言わないの。手作りのお菓子は、愛情と衛生管理が一番大切なのですから」


「ああ……っ! 頭を撫でられた……! リナに……リナに撫でられた……っ!」

エドワード殿下が歓喜のあまり白目を剥きそうになりながら涙を流す。


「僕も……僕も撫でてくれ、リナ……っ!」

アルフレッド殿下がなりふり構わずリナの膝元へしがみつく。


その光景を見ていたクラリスは、胸の前で強く両手を組み、ボロボロと聖なる涙を流しながら大声で宣言した。


「ご覧なさい……!」

クラリスは後ろに控える信徒(生徒)たちに向かって、高らかに叫んだ。


「この国の最高権力者たちが、十五才になられたあのお方の前に膝を折り、ただの『甘えん坊な子供』へと変貌せしめられた!

これぞまさに、現世に降臨された【永遠の女神】リナ・ド・バレンタイン様の、神聖なる包容力の証!

我が【聖バレンタイン教会】は、永遠にあのお方をこの学園(聖域)にお戴きし、世界を救済し続けるのですのよ!!」


「「「リナ女神様万歳! 聖バレンタイン教会万歳!! 十五才のご生誕おめでとうございます!!」」」


地響きのような大歓声が学園中に響き渡り、空からは祝福の魔導花火が打ち上げられた。


遠くの校舎の陰で、七年連続留年中の仮聖女マリアンヌが「なんなのよこの狂った学校はぁぁぁぁぁ! わたくしを卒業させなさいよぉぉぉぉ!」と叫んでいたが、その声は信徒たちの讃美歌によってあっけなくかき消された。



「ふぅ……。今日も賑やかで、楽しいお誕生日になりましたわねぇ」


リナは、男たちが差し出してきた億単位の宝石や領地の譲渡書(※リナはただのバースデーカードだと思っている)をこたつの脇に片付けると、温かい生姜湯を一口啜った。


「お金ならお父様がたくさん持っていますし、私にはこの温かいこたつと、美味しいお茶があれば十分ですのに」


リナは小さな口でふあぁとあくびをし、目元に浮かんだ涙を小さな手で拭った。


(卒業して大人になるのもいいけれど、こうして皆さんと一緒に、美味しいものを食べて、健康に過ごせるなら、ずっと学園にいるのも悪くありませんわねぇ)


ベテラン主婦の精神を持つ十五才の女神は、自分が男たちの狂愛によって「永遠の鳥籠」の中に閉じ込められていることなど露知らず、今日も平和な日向ぼっこを楽しんでいた。


リナの「実家の資産で一生遊んで暮らし、静かにモブとして老後を過ごしたい」というささやかな願いは、彼女を愛し狂った男どもと、狂信的な筆頭大司教クラリスによる【永遠の学園聖域化計画】によって、二度と叶わぬ神話の彼方へと押し流されていくのであった。

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