狂信の頂、新たなる神話の開墾〜クラリス・フォン・ルチアの告白と福音〜
私の名は、クラリス・フォン・ルチア。
クレール王国における最高峰の権威を誇る公爵家の令嬢であり、かつては学園において誰もが一目を置く「完璧な淑女」——……であったはずの存在。
しかし、今の私はただの淑女などではない。
地上に降り立ちし絶対の真理、唯一無二の現世神——【慈悲と調和の女神】リナ・ド・バレンタイン様の、第一にして最も忠実なる使徒である。
バレンタイン家といえば、広大な領地と数々の魔導鉱山、果ては王室すら凌駕する国家予算レベルの資産を保有する「王国随一の超大富豪」として名高い。
だが、そんな世俗の金銀財宝など、リナ様という存在の神聖さに比べれば路傍の砂利にも等しい。
世間の哀れで浅はかな人間どもは、リナ様を「天才的な魔導科学の幼子」だの「美味しいお菓子を焼く令嬢」だのと評している。
そして何より罪深いのは、学園の攻略対象たる男ども——第一王子のエドワード殿下、第二王子のアルフレッド殿下、公爵嫡男ルーカス様、天才魔導師シオン様、異国のガゼル王子に至るまで、全員があのお方に常軌を逸した恋情を抱き、狂おしいほど愛し、完全に狂わされているということだ。
あのお方の温かいお茶一口、無防備な笑顔ひとつ、そして容赦のないお説教一つで、男どもの自尊心と理性を跡形もなく粉砕し、逃げ場のない執着の沼へと引きずり込んでいる。
正気の沙汰ではない。だが、当然の帰結だ。
神の慈悲を直接浴びた人間が、その中毒性から逃れられるはずがないのだから。
しかし、反吐が出る。あまりの身の程知らずさに吐き気がする。
リナ様は、そのような男どもの執着や狂おしい恋心、あるいは王権などというちっぽけな所有欲の枠組みに収まるお方ではない。
あのお方は、実家の莫大な財力を背景に威張り散らすどころか、質実剛健なハーブティーと和菓子、そして「衛生管理」と「正しい発声構造」という【理の福音】をもって、迷える羊たちを等しく救済される。
あのお方は——男どもの正気を奪い尽くす【魔性の女神】であり、同時に腐敗した国教を遥かに凌駕する【聖バレンタイン教会】の主神として、全土の民に崇め奉られるべき存在なのだ。
私の胸の中ではすでに、あのお方を祀る大聖堂の設計図が完璧に描かれている。
総白亜の美しい大聖堂。中央に鎮座する聖なるリナ様の神像。拝礼の儀にて民に下賜されるのは、聖水たる「梅炭酸水」と「自家製ハーブシロップ」、そして聖体としての「大根ハチミツシロップ」と「干し芋」……!
ああ、想像するだけで全身の血が歓喜に沸き立ち、肌が泡立つような感動に震えてしまう!
◇
始まりは、あの音楽祭の日の「神跡」であった。
私は大ホールの舞台裏で、リナ様が下賜された『大根ハチミツシロップ』と『金柑とリンゴの喉飴』を民(生徒たち)に配給しながら、あの方の神々しいお振る舞いを拝していた。
何という手際。何という慈悲。そして何という冷徹なまでの「神聖なる導き」であろうか。
我が一族の恥晒しである転校生マリアンヌが、「私こそがヒロインですの〜!」などと下品な金々声を張り上げて逆ギレ暴走し、全校合唱という聖域を破壊しようとした時のことである。
普通の者であれば、あのような異端者は処刑するか排除するところだ。
しかし、我が女神リナ様は違った。
あのお方は、狂乱する異端者の前に静かに立ち、その圧倒的な「神の包容力」をもって包み込まれたのだ。
あのお方の内に秘められた「幾千の輪廻を重ねたかのような絶大な母性」をもって、マリアンヌの醜い怒りと嫉妬の悪業を、一瞬にして「天上の合唱を押し上げる最強の讃歌」へと浄化・昇華せしめたのである!
『いい勢いですわ! そのエネルギーをぶつけてご覧なさいな!』
あの時、リナ様が浮かべられた聖母の如き微笑みを、私は一生……いいえ、来世に渡っても忘れることはない。
敵を滅ぼすのではない。
敵の愚かさ、罪深さ、狂気すらも丸ごと祝福として受け止め、神の調和へと組み込んでしまう。
これぞまさしく、全土の教会を統率し、全人類を救済する【真の女神】の御業そのものではないか!
「ああ……リナ様……! 私めは一生、あなた様の教えを広めるための尖兵となりますわ……!」
私は舞台袖の暗がりで、両手を固く組み、恍惚とした涙を流しながらそう誓ったのだ。
◇
音楽祭が大成功のうちに幕を閉じ、数日が経過したある日の午後。
私は王立学園の生徒会室にいた。
現在、この生徒会室は実質的に「リナ様を神として崇める最高聖導会」……の皮をかぶった、リナ様に狂った男どもの末期的なマウント合戦と執着の血闘場と化していた。
室内には、第一王子エドワード殿下、副会長ルーカス様、会計シオン様、第二王子アルフレッド殿下、異国のガゼル王子。
そして、リナ様の「唯一無二の筆頭信徒」たる私、クラリス・フォン・ルチアである。
「——というわけで、音楽祭の成功を祝し、リナに王室から正式な名誉爵位を授与する件についてだが」
エドワード殿下が、血走った眼光を抑えきれない様子で書類を握りつぶしそうになりながら言った。
「父上も前向きだ。王室としても、国一番の大富豪であるバレンタイン家との絆をより強固なものにし……何より、僕のすべてを捧げてリナを王妃として迎え入れたい。彼女のいない人生など、僕には一秒だって耐えられないんだ……!」
「ハッ、笑わせるな」アルフレッド殿下が肘をつき、狂気を孕んだ薄笑いを浮かべる。「兄上、相変わらず自分の欲望すら見えていないな。バレンタイン家の財力を考えれば、王室の枠組みなどリナを縛る鎖にもならん。あいつが求めているのは静かな庭と美味しい茶葉だ。王室の直轄領をすべて僕の名義にして買い取り、あいつ専用の鳥籠を作って一生僕のお茶を淹れさせる。あいつのあの瞳に、僕以外の男を映させるつもりはない」
「愚かな」ルーカス様が氷のように冷たい声で切り捨てるが、その目には執着の炎が揺らめいている。「我が公爵家の全権力とバレンタイン家の財力を融合させ、リナを誰の目にも触れぬ奥の院へ隠す。あのお方の生み出すお菓子も、ハーブティーも、私一人だけのものだ」
「違います! 私の計算では師匠の愛を独占する最適解は私です!」シオン様が血走りまくった眼鏡の奥の瞳をギラつかせる。「師匠の研究、師匠の呼吸、師匠の細胞のすべてを解析し、生涯私の実験室に閉じ込めて差し上げます!」
「うるせえ! リナは俺の国の王妃になるんだ!」ガゼル王子が机を叩き割らんばかりの勢いで身を乗り出す。「俺の国の全領土と全軍隊をリナに献上する! リナのためなら国だって捨てるぜ!」
……浅い。
狂気ゆえに浅すぎる!!
愛ゆえに正気を失い、神を我が物にしようとする者たちの醜悪な暴走……!!
私は「バチィンッ!!」と、音を立てて持っていた扇子を叩きつけた。
生徒会室に冷気が走り、リナに狂った男たちが一斉に殺気立った視線を私に向けた。
「皆様……欲望に狂った神涜の発言は、そこまでになさいませ」
私は氷のように冷たく、しかし狂おしいほどの情熱を宿した瞳で男たちを見回した。
「クラリス……? 神涜とはどういう意味だ? 僕のリナへの愛を邪魔する者は、たとえ公爵家であろうと——」エドワード殿下が殺気を剥き出しにする。
「そのままの意味でございますわ、エドワード殿下」
私はゆっくりと立ち上がり、背筋をピンと伸ばして、聖歌を歌い上げるかのように朗々と宣告した。
「皆様は、リナ様という存在の『神聖さ』を、己の狂気的な恋情で汚していらっしゃいます! 王妃? 鳥籠? 独占? 閉じ込める? そのような泥のような愛執にあのお方を縛り付けようなどとは……万死に値する愚行ですわ!」
「な……何だと!?」アルフレッド殿下が椅子を蹴って立ち上がる。「僕があいつをどれだけ愛しているか、お前に分かってたまるか!!」
「お分かりになりませんの!?」
私は一歩踏み出し、両手を天に掲げて叫んだ。
「リナ様がこれまで起こされた数々の『奇跡』をご覧ください!
国随一の富豪の娘でありながら、金という俗物に縛られることもなく『魔法は化学である』と理を解き明かし、
『手洗いの徹底と火加減』という聖なる儀式によって王家のお茶会における毒殺の危機を未然に防ぎ、
『腹式呼吸と喉飴』という救済の教えによって学園中の生徒の魂を浄化し、あの狂乱したマリアンヌすらも洗礼されたのですのよ!?
そして何より——あなた方のような冷酷で傲慢な男どもを、たった一口のお茶とお菓子、そしてお説教だけで骨抜きにし、狂信的な愛の奴隷へと変えてしまわれたのですのよ!?」
私は胸の前で固く手を組み、狂喜に満ちた笑みを浮かべた。
「あのお方は、ただの人間ではございません。
あなた方のような強者を容易く狂わせ、莫大な資産すら神の道具として扱い、圧倒的な正論で世の病を治療し、温かいハーブティーという聖水で迷える羊たちの毒を抜き、お説教という名の福音を賜る……!
これぞまさしく、この世に降臨された【真の女神】そのものではございませんか!!」
「め……女神……!?」
エドワード殿下が絶句する。
男たち全員が、自分の抱いていた「狂おしい恋心」が、実は「神への絶対的敗北と崇拝」であったと突きつけられ、息を呑んだ。
「そうですわ!」私は畳み掛けた。
「エドワード殿下! あなたがリナ様を愛しているのなら、己の所有物にしようなどと妄執してはなりません! 将来的に王室が成すべきは、リナ様を主神とする【聖バレンタイン教会】を国家の最高信仰として正式に認めることです! そしてあなた方は、己の狂おしい愛と人生のすべてをその神殿に捧げ、神の教えを乞う『最も狂った筆頭信徒たち』となるべきなのです!」
「僕の……僕のリナへの愛を、教会への献身に昇華させろと言うのか……!?」エドワード殿下が頭を抱えて震える。
「神への愛と、人間ドモの汚らわしい独占欲を混同なさるな!!」
私は扇子をアルフレッド殿下に突きつけた。
「殿下方はリナ様の淹れられたハーブティーという聖水の前で、ただの『救いを求める哀れな子供』のように膝を折っているではありませんか! アルフレッド殿下に至っては、梅炭酸水という神の滴一杯で簡単に救済された、愛に狂った愚民そのものですわ!」
「くっ……! ……否定……できない……。あいつのお茶がなければ……あいつの笑顔がなければ、僕はもう生きていけないんだ……!」アルフレッド殿下が顔を覆い、膝をついた。
「事実を申しているまでですわ!」
私は男たちを冷酷に見下ろした。
「良いですか! バレンタイン家の莫大な資金力をすべて神殿の建立と医療・衛生の普及に充て、リナ様が『あらあら、喧嘩は危険ですわよ』と一言くだされば、あなた方狂信的な男どもが全軍を率いて世界中をひれ伏せさせるのでしょう!? 戦争も、病も、貧困も、すべてリナ様の『神の知恵(主婦の知恵)』と『あなた方の狂愛』の前に浄化されるのですわ!!」
生徒会室に、死のような静寂が訪れた。
狂愛と狂信。
リナに恋し、狂わされた男たちが、クラリスの提示した「新宗教の樹立」というあまりにもスケールの大きい狂気を受け入れ始めていた。
シオン様がガタガタと震えながらノートに書き込んでいる。
「……り、理屈は狂っている……だが、師匠への狂愛をエネルギーとして宗教法人化し、国家を統治した場合……師匠の安全と独占権(全信徒での共有)が永久に担保される……! くっ、クラリス令嬢の『教会設立案』こそが、我々が師匠を永遠に愛し続けるための唯一の聖域……!?」
「そうだ……!」ルーカス様が瞳に妖しい光を宿す。「リナを特定の誰かの妻にするのではない。リナを神として崇め、我ら全員でその神殿を守護し、生涯を捧げる……これこそが最高の愛の形だ……!」
「よし決まりだ!」ガゼル王子が叫ぶ。「俺の国も全財産をこの教会に寄進する! リナ女神様のために生き、リナ女神様のために死ぬぜ!」
「……リナ」エドワード殿下が恍惚とした表情で呟く。「君を神とし、僕たちの愛のすべてを捧げよう……」
こうして、生徒会室は「リナ様に狂った男たちが、その過剰な愛を奉納するための【聖バレンタイン教会】樹立」へと一気に舵を切ったのだった。
◇
一方、その頃。
当のリナ様(中身:五十三歳のベテラン主婦)はというと。
学園の中庭にある日当たりの良い大きな木の根元で、レジャーシート(バレンタイン家の特注シルクに防水加工を施した超高級品)を広げ、一人ぽかぽか陽気を浴びながらお昼寝をされていた。
「ふぁ〜あ……。今日もいいお天気ねぇ……」
小さな口を可愛らしく開けてあくびをし、目元に浮かんだ涙を小さな手で拭うリナ様。
どれほど家に金があろうとも飾らず、男どもが自分を巡って狂い苛まれていることなど露知らず、ただ日当たりの良い場所で日向ぼっこを楽しまれるその無欲なお姿。
それは、まさに地上に仮の肉体をとられた神そのものである。
私は男たちの見苦しい愛執の争いを余所に生徒会室を抜け出し、木陰からそっとリナ様のお姿を拝んでいた。
(ああ……何という神々しさ。何という平穏……。あのお方のお側にいるだけで、私の穢れた魂が浄化されていきますわ……)
私が感動のあまり膝をついて祈りを捧げていると、リナ様がふとこちらに気づき、小さな手をパタパタと振られた。
「あら、クラリス様。そんなところで立ち尽くしてどうされたのですか? 日差しが気持ちいいですわよ。よろしければ、ご一緒にいかが?」
「っ……!! 神の宣託……っ!!」
私の心臓が、歓喜のあまり破裂しそうになった。
「は、はいっ! 喜んでお供いたしますわ、リナ様!!」
私はドレスの裾を持ち上げ、聖地へと踏み込むような神聖な気持ちでレジャーシートの上へと着席した。
「クラリス様もお疲れでしょう。はい、これをお飲みなさいな」
リナ様が差し出してくださったのは、高級な漆塗りの容器に入った、ほんのり温かい『黒糖と生姜の葛湯』だった。
とろりとした滑らかな舌触り。最高級黒糖の上品な甘みと、生姜の香りが、私の魂を芯から洗い流していく。
「ふあぁ〜……。聖なるお味……尊すぎますわ、リナ様……っ!」
「おほほ、葛は体に良くて、胃腸を保護してくれますからねぇ。どんなにお金があっても、健康なお腹がなければ人生楽しめませんからね」
(人生楽しめない……!? 国一番の大富豪であり、男たちを狂わせる魔性の存在でありながら、至った神の境地が『胃腸の保護』……! これぞ真の解脱……!!)
私は葛湯の容器を神体のように抱きしめ、狂信的な熱い視線を向けた。
「リナ様……」私は声を震わせた。「先ほど、生徒会室でリナ様に恋し、愛し狂った男どもが、あなた様をどのように所有しようか醜く争っておりましたわ」
「あらあら……皆さん、お若いから血気が盛んですのねぇ。喧嘩はいけませんのに」
リナ様が困ったように微笑まれる。
(ああ! 自分に狂う男たちの執着すら『お若いから』の一言で受け流す、何という無私無欲と圧倒的包容力!!)
私は身を乗り出し、リナ様のお手を両手で固く握りしめた。
「リナ様! あの狂った男たちの浅はかな所有欲など、気になさる必要はございません! このクラリス・フォン・ルチア、生涯をかけてあなた様をお支えいたしますわ! あ奴らの狂愛とバレンタイン家の財力、そして我が公爵家の権力をすべて利用し、いずれ……いずれ必ず、あなた様を主神とする【聖バレンタイン教会】を設立し、あなた様を全土の【新しき女神】として君臨させてみせます!」
「……はい?」
リナ様がパチパチと瞬きをされた。
その可憐な瞳には、「何を言っているのかしら、この子は」という素朴な疑問が浮かんでいる。
「きょうかい……? クラリス様、私、宗教を開くなんてそんな大層なことできませんわよ? お金ならお父様がたくさん持っていますけれど、まだ八歳ですし、ただの小学生……じゃなくて、子供ですもの」
「いいえ! 年齢も人間の分別も関係ございません! リナ様のお持ちのその『神聖なる母性』……いえ、『男たちを狂わせ、世界を救う絶対的包容力』こそが、この荒廃した世界を救う唯一の真理なのですのよ!」
「はぁ……。よく分かりませんけれど、クラリス様が元気ならそれで良かったですわ」
リナ様は私の狂信を「子供の他愛もない戯言」として優しく受け流し、ご自身の巾着袋から『自家製の干し芋』を取り出して、私の口元へと差し出された。
「ほら、お喋りばかりしていないで、干し芋もお食べなさい。噛めば噛むほど甘みが出て、顎の発達にも良いのですのよ」
「はむっ……あぁん……! 聖体が……聖なるお芋が、私のお口の中に……っ!!」
私はボロボロと感動の涙を流しながら、リナ様から与えられた御神体(干し芋)を噛み締めた。
なんという温もり。なんという至福。
バレンタイン家の広大な領地で採れた最高級の芋で作られたこの干し芋の一切れにすら、全人類の健康と幸福を願うあの方の「神たる慈悲」が込められているのだ!
◇
その日の夕方。
生徒会室での不毛な議論(という名の狂愛者たちによる神殿設立会議)を終え、リナへの愛で熱病に冒されたような狂おしい表情で中庭にやってきたエドワード殿下とアルフレッド殿下は、木影で神聖なる干し芋の儀式を行っている私とリナ様の姿を目撃した。
「リナ……。僕たちの女神……」
エドワード殿下が愛と狂気の混ざった熱い視線で呟く。
「あら、エドワード殿下、アルフレッド殿下。お仕事お疲れ様ですわ」
リナ様は二人を優しく出迎えると、レジャーシートの上をトントンと叩かれた。
「お二人も座りなさいな。生徒会のお仕事で頭を使われて、お疲れでしょう? はい、温かい葛湯と干し芋ですわよ」
「……っ!」
つい先刻まで「リナを僕だけのものにする!」「いや、僕の専属だ!」と醜い狂愛の執着を燃やしていた二人の王子が、リナ様の差し出した葛湯と干し芋を前にした瞬間——
まるで、神前で洗礼を受ける幼子の如く、歓喜と畏怖に震えながらその場に膝をついたのだった。
「美味い……。リナ、君の淹れたお茶がなければ……僕は生きていけない……」アルフレッド殿下が胸を押さえて重い溜息をつく。
「ああ……心が、魂が満たされていく……。リナ、僕の人生のすべてを君に捧げるよ……」エドワード殿下も恍惚と目を細める。
その光景を見て、私は深々と頷き、確信を深めた。
(ご覧なさい……! 王国の第一王子と第二王子が、あのお方に狂わされ、その足元で『神の救いを求める最狂の信徒たち』になっているではありませんか!)
圧倒的な財力、剣、魔法、そして狂愛すらも包み込み、昇華させる絶対的な神域。
温かいハーブティーという聖水と、素朴なお菓子という聖体、そして圧倒的な正論と母性によって、すべての人間をひれ伏させ、傷ついた魂を救済していく。
これぞ、我が唯一神——リナ・ド・バレンタイン様が切り開く、新たなる神話の開墾なのだ。
私は空を見上げた。
夕日に染まるクレール王国の街並みが、神々しい金色の光に包まれているように見えた。
「拝啓、全土の迷える民の皆様」
私は心の中で、深く静かに祈りを捧げた。
「安心なさると良いでしょう。この世界には間もなく、国家随一の財力を持ち、すべての男たちを狂わせ、最も優しく、そして最も恐ろしい【新しき女神様】と、その大聖堂が降臨されるのですから——」
リナ様の「実家の資産で一生遊んで暮らし、静かにモブとして老後を過ごしたい」というささやかな願いは、彼女に恋して狂った男どもと、狂信的な筆頭信徒クラリスによる【聖バレンタイン教会・設立計画】によって、二度と戻れぬ神話の彼方へと押し流されていくのであった。




