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アラフォーおばさん転生令嬢  作者: 此花サギリ
学園編

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12/14

王家主催の地獄のお茶会と、おばさんの『お茶菓子外交』

王立学園の大演武会から数週間。

マリアンヌが自室での「ショックによる引きこもり生活」からようやく復帰しつつあった頃、バレンタイン男爵家に一通の極めて重々しい招待状が届いた。


羊皮紙に押された紫と金の蝋封。我が国クレール王室の直筆紋章である。


「り、リナぁぁぁぁ!! 大変だぁぁぁ!!」


お父様が泡を吹いて倒れそうな勢いで私の部屋に転がり込んできた。


「王都の離宮にて、国王陛下直々の催し……【第一・第二王子 婚約者候補選定お茶会】の招待状が届いたんだよ!! しかも、参加者リストの最筆頭に『リナ・ド・バレンタイン』の名が……!!」


「まあ」


私はドレッサーの前で、自家製のハチミツ保湿リップを塗りながらパチパチと瞬きをした。


(婚約者候補選定お茶会……ねぇ)


前世の私から言わせてもらえば、要するに「大規模なお見合いパーティー」である。

第一王子エドワード様(十歳)と、まだお目にかかったことのない第二王子アルフレッド様(八歳)のお妃候補を選ぶため、王国内の有力貴族の令嬢たちが一堂に会するのだという。


「お父様、ご安心なさってくださいな。私なんて、成り上がり男爵家の八歳のちんちくりんですもの。第一王子のエドワード様も、第二王子様も、もっと身分の高い公爵家や伯爵家の素敵な令嬢をお選びになりますわ」


「し、しかしリナ! エドワード殿下は前々からお前をご指名で……!」


「あらあら、殿下はお優しい方ですから、お世辞でおっしゃっているだけですわよ。私は当日、会場の端っこで美味しいケーキでもいただいて、静かに壁のモブに徹してまいります」


私は前世の「夫の会社の慰労会に付き添いで参加した妻」のような、完璧に割り切った笑顔を浮かべた。


(そうよ。お茶会なんて、美味しいお菓子がタダで食べられる素晴らしいイベントじゃない。私はただの八歳のお子様なんだから、大人しく美味しい紅茶を飲んで帰ってくればいいのよ)


私は完全に油断していた。

この「王家のお茶会」が、全国から集まった腹黒い貴族婦人たちと、プライドの高い令嬢たちがドロドロのマウント合戦を繰り広げる【女たちのリアル修羅場】であることを。



お茶会当日。王都離宮の大庭園。


咲き誇るバラと豪華絢爛な東屋(東屋)を囲むように、最高級のレースと宝石で身を包んだ貴族婦人・令嬢たちが一丸となって集まっていた。

その空気感たるや、前世の「高級住宅街のPTAマウントバトル」の百倍は殺伐としている。


「あら、バレンタイン男爵家の……『飛び級』でお噂の令嬢ですのね? ずいぶんと質素なお召し物ですこと」


会場に入るやいなや、私に突き刺さる何十もの冷ややかな視線。

高位貴族の婦人たちが、扇子の後ろで「男爵家ごときが王子の婚約者だなんておこがましい」「まあ、お化粧もされていませんわ(※素肌が綺麗すぎてノーメイクに見える)」とヒソヒソ噂話をしている。


だが、私(五十三歳)にとって、そんなものはただの「近所のアラサー奥様方のランチ会でのマウント」と同レベルだ。痛くも痒くもない。


「皆様、ご機嫌よう。本日はお招きいただき、大変光栄に存じますわ」


完璧なカーテシーを一発決めて、私は会場の隅にある「お菓子バイキングコーナー」へと素早く退避した。


(わぁ……! 流石は王家のお茶会ねぇ! 色とりどりのマカロンに、タルトに、焼き菓子! 紅茶の香りも素晴らしいわぁ)


私は目を輝かせ、小さな皿に一口サイズのスコーンと、バラのジャムを載せた。


そこへ、ドタドタと足音が近づいてくる。


「リナ様ーーーっ!!」


現れたのは、鮮やかなドレスに身を包んだ公爵令嬢クラリスちゃんだった。相変わらず私を見つけると尾を振る犬のように目を輝かせる。


「リナ様! こんな隅っこにいらっしゃったのですか! あちらの第一貴族席へご案内いたしますわ! 私のお隣の特等席をご用意させておりますの!」


「あら、クラリス様。お気遣いありがとう。でも私はここで、美味しいお菓子をいただくのが楽しみですのよ。クラリス様も、少し肩の力を抜いて召し上がらない?」


「リ、リナ様……! こんな殺伐とした婚約者選定の場で、お菓子を楽しまれるだなんて……なんて底知れぬ胆力……!」


(いや、ただの腹ペコなだけだけどね!?)


その時、会場の奥からファンファーレが鳴り響いた。


「第一王子エドワード殿下、ならびに第二王子アルフレッド殿下、ご入場!」


会場の令嬢たちが一斉に姿勢を正し、色めき立つ。


現れたのは、黄金の髪を眩しく輝かせたエドワード王子(十歳)。

そして、その隣に立つのは——漆黒の髪に深い青色の目を持ち、冷徹で生意気そうな表情を浮かべた少年、第二王子アルフレッド(八歳)だった。


アルフレッド王子は、兄のエドワード王子とは対照的に、周囲の令嬢たちを「ゴミでも見るような目」で見下ろしている。噂によれば、極度の人間不信で、偏食家、そして「自分より頭の悪い人間が大嫌い」という、典型的な捻くれツンデレ王子らしい。


「皆様、本日はよく集まってくれた」

エドワード王子が挨拶を述べる。だが、その碧眼は会場全体をスルーして、一直線に会場の隅にいる私をとらえていた。


(げっ……見つかった)


エドワード王子が私に向かって歩き出そうとした、その時。


「——エドワード様ぁ〜〜〜ん!!」


人混みを掻き分けて躍り出たのは、本日も気合の入った(そして露骨に胸元を開けた)改造ドレスを身に纏うマリアンヌ・フォン・ルチアだった!


「エドワード様! 私、エドワード様のために、王立魔導院の秘伝のレシピを参考にして『愛の特製光輝マカロン』を作ってまいりましたのぉ!」


マリアンヌが差し出したのは、怪しい金色の粉末がドッサリと振りかけられた、ド派手なマカロンだった。前回の演武会で散々な目に遭ったにもかかわらず、彼女の「ヒロインとしての執念」は衰えていなかったらしい。


「ルチア男爵令嬢……下がれと言ったはずだ」エドワード王子が顔を顰める。


しかし、ここで動いたのは第二王子のアルフレッドだった。


「ふん。騒々しい女だな」


アルフレッド王子は冷酷な笑みを浮かべ、マリアンヌのマカロンをチラリと見た。


「見栄えだけは派手だが、砂糖と油脂の塊だな。それに、その振りかけられた『光輝粉』……魔力を無理やり活性化させる安物の添加物だろう? 僕を薬物で毒殺する気か? 浅はかな女だ」


「なっ……!? ど、毒殺だなんて……! 私、ただ光の魔法の力で華やかに……!」


「黙れ。愚かな女の作った料理など、口に入れるのも反吐が出る」


バッサリ!!


アルフレッド王子の毒舌が一閃し、マリアンヌは「キーーーッ!!」と涙目になって後退した。

周囲の貴族婦人たちも、アルフレッド王子のあまりの毒舌ぶりにヒエッと息を呑む。


「……ハッ、くだらんお茶会だ。どいつもこいつも、僕の地位と権力に群がる豚ばかりだな」


アルフレッド王子は不機嫌そうに吐き捨て、腕を組んで佇んだ。会場は完全に凍りついている。


(うわぁ……あの子、相当捻くれてるわねぇ……)


私は隅っこでスコーンをかじりながら、アルフレッド王子を観察した。


前世の私には、あのような「生意気で偏食で、反抗期真っ盛りの八歳児」の扱いなど、何百回と経験してきたお手の物だ。


(あの子、目の下にクマがあるわね。甘いものの匂いに露骨に反応してるのに『油脂の塊』って突っぱねて……。要するに、胃腸が弱くてお腹が減ってるのに、素直になれないだけじゃない)


私は小さく溜息をつくと、お皿の上に自分が取ってきた『自家製・リンゴと生姜の焼きタルト』と『温かいほうじ茶風ハーブティー』を載せ、トコトコと両王子の元へと歩み寄った。


「リナ!?」エドワード王子が目を見開く。


私はアルフレッド王子の前に立つと、完璧な角度でお辞儀をした。


「第二王子アルフレッド殿下。初めまして、バレンタイン男爵が娘、リナと申します」


「……なんだ、そのちんちくりんは。僕に擦り寄ってこようとしても無駄だぞ。僕は——」


「アルフレッド殿下。お腹が空いていらっしゃるのに、我慢なさるのは体に毒ですわよ?」


「……は!?」


アルフレッド王子が絶句した。


私は前世の「偏食でワガママな孫を宥めるおばあちゃん」の優しい笑顔で、お皿を差し出した。


「こちらのタルトは、砂糖を控えめにし、リンゴの自然な甘みと、胃腸を温める生姜ジンジャーを隠し味に使っておりますの。バターも重たくないよう発酵バターを極少量しか使っておりませんから、胃にも優しいですわ。そちらの温かいお茶と一緒に召し上がってみてくださいな」


「な……何を言っているんだ! 僕がそんな……女の手作り菓子など……!」


アルフレッド王子は顔を真っ赤にして反発しようとした。


だが、タルトから漂う香ばしく、どこか心をホッとさせる甘い香りと、温かいハーブティーの湯気に、彼の胃袋が「グゥ〜〜〜」と盛大な音を立てて鳴いてしまったのだ。


静まり返る会場。


「……ッッッ!?!?」


アルフレッド王子の顔が、頭のてっぺんまで真っ赤に染まった。


「あらあら、元気な音ですこと。育ち盛りですもの、恥ずかしがることはありませんわ」


私はニコリと微笑み、フォークに小さく切ったタルトを載せて、そっと差し出した。


「はい、どうぞ。お口に合わなければ、残していただいても構いませんからね」


「くっ……! べ、別にお前のために食べるんじゃない! 胃が減って動けないから、仕方なく一口だけ……!」


プライドをズタズタにされたアルフレッド王子は、ヤケクソのようにフォークを奪い取り、タルトを口に放り込んだ。


モグッ。


次の瞬間。


アルフレッド王子の青い瞳が、落雷を受けたように大きく見開かれた。


「……っ!?」


優しいリンゴの甘みと、甘酸っぱい香り。後から追ってくる生姜のほのかな温かさが、緊張でキュッと縮こまっていた彼の胃袋を、優しく解きほぐしていく。

そして、差し出された温かいハーブティーを口に含むと、全身の力が抜け、心がじんわりと解けていく感覚に包まれた。


「う……美味い……。なんだこれ……甘すぎない……胃が……胃が重くない……!」


アルフレッド王子は、夢中でタルトを平らげ、お茶を飲み干した。


「ふぅ……」


彼が吐き出した溜息には、先ほどまでの毒刺のような険しさは一切なくなっていた。


「あら、きれいに召し上がっていただけて嬉しいわ。お代わりはいかが?」


私が優しく微笑むと、アルフレッド王子は耳まで真っ赤にして俯き、消え入るような小声で呟いた。


「……貰う。……あと、その……お茶も……」


「ええ、喜んで」


(勝った。前世で『野菜嫌いの孫にリンゴタルトを食べさせた経験』の勝利ね)


私は内心でガッツポーズを決めた。


しかし。


この光景を見ていた会場の空気は、前代未聞のパニックに陥っていた。


あの「人間不信で誰の差し出し物も口にしない毒舌第二王子」が、八歳の男爵令嬢の手作りタルトを夢中で食べ、耳を赤くして懐いているのだ!


「な……なんですのあの令嬢は……!?」

「第二王子殿下の固く閉ざされたお心を、たった一口のお菓子で解かしてしまうなんて……!」

「まさに……まさに【胃袋と心を掴む大魔導士】ですわ……!」


貴族婦人たちが扇子を落とすほどの衝撃を受けている。


さらに、隣にいた第一王子エドワード様が、猛烈な対抗心を燃やして身を乗り出してきた。


「アルフレッド! ズルいぞ、僕の分のアプローチはどうしたんだ!? リナ! 僕にもそのタルトをあーんしてくれ!」


「兄上、見苦しいですよ! リナは僕にこのお茶を入れてくれたんです! 手を出すな!」


「なんだと!? 僕が先に出会ったんだぞ!」


なんと、第一王子と第二王子が、私の手作りタルトとお茶を巡って取っ組み合いの兄弟喧嘩を始めてしまったのだ!


「ちょっとお二人とも!!」


私は思わず、前世の「兄弟喧嘩を叱るお母さん」の大声を出した。


「食べ物を巡って喧嘩をするなんて、王族としての品格が疑われますわよ! タルトも紅茶も、お二人の分、ちゃんとお皿に用意してありますから! 二人とも仲良く座りなさい!」


「「……はい、すみませんでした」」


十歳の第一王子と、八歳の第二王子が、同時にしょんぼりと肩を落として大人しく並んで座った。


会場全体が、完全にフリーズした。


王族の二人を同時に一喝し、一瞬で正座させた八歳の幼女。

その圧倒的な「おふくろの威厳」と「支配力」に、集まった貴族婦人たちはひれ伏すしかなかった。


「す……凄すぎる……。我が国の王室は、すでにあの八歳の令嬢の手の中に握られているのではないかしら……!?」



お茶会が終わる頃には。


私は「婚約者候補の一人」などという生易しい存在ではなく、【王室の胃袋と道徳を支配する影の支配者(聖母)】として、全貴族婦人たちの間で伝説となっていた。


離宮の入り口で、両王子が見送りに来てくれた。


「リナ……今日のタルト、本当に美味しかった。今度は王宮の厨房に君を招きたい」

エドワード王子が情熱的な目で見つめてくる。


「……ふん。お前が毎週お茶とお菓子を作って持ってくるなら、僕が将来、お前の男爵家を公爵位に格上げしてやってもいいぞ」

アルフレッド王子が、ツンデレ全開で私のドレスの裾を引っ張ってくる。


(二人とも、好感度上がりすぎて重いのよ……!)


私は冷や汗を流しながら、前世のおばさんスマイルでかわした。


「お二人とも、美味しいと言っていただけて光栄ですわ。でも、お菓子ばかり食べてご飯を残してはダメですからね? しっかり野菜も召し上がるのですよ」


「「はい!」」


素直に返事をする二人の王子。


馬車に乗り込み、王都離宮を後にしながら、私は深く深くため息をついた。


「はぁ〜〜〜〜……。今日も疲れたわねぇ。お見合いパーティーのつもりが、結局『反抗期の男の子二人を宥めるお食事会』になっちゃったわ」


「リナ様……!」

同乗していたマリアが、感涙にむせびながら私の手を握りしめた。


「凄すぎますわ! 第一王子殿下のみならず、あの難攻不落の第二王子殿下までをも一瞬で骨抜きにされてしまうなんて! これでリナ様が将来、我が国の『王妃様』になられることは決定的ですわね!」


「やめてマリア。私、老後は日当たりのいい縁側でお茶を飲みたいだけなのよ……」


私の悲痛な叫びは、馬車の車輪の音にかき消されていった。


モブとして静かに生きるはずだった五十三歳転生令嬢リナ・ド・バレンタイン。

彼女の無自覚な「主婦の知恵」と「お母さん力」は、ついに王室の兄弟関係までをも変革し、彼女を更なる波乱の渦へと巻き込んでいくのだった。

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