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フィズの言ノ葉魔法論  作者: 七篠空木
プレゼント
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89/90

89



 ドアをそうっと開けて、フィズはレオーネの部屋を覗いた。レオーネは机に向かって、高速で手を動かしている。カリカリとペンを動かす音に、フィズは眉を下げた。

 一応ノックはしたが、聞こえていないのだろうか。邪魔にならないうちに、退散したほうがいいか迷っていると、レオーネがこちらを向いた。


「わ、フィズ?」


 驚いた顔をすると、レオーネはフィズの手元を見てへらりと笑った。


「ご飯? ありがと」


 ほっとして、中に入る。机の上に持ってきたサンドイッチと紅茶を置くと、レオーネは手元に目を落とした。


「待ってね。もうちょっとで終わるから」


 レオーネがまたペンを走らせる。

 ……本当は、直ぐに出て行こうと思っていたが、居ていいと言うなら、お言葉に甘えることにした。

 ルークに体を返してもらったレオーネは、今受験勉強に追われている。

 レオーネは、元々合格圏内に入っていたし、計画的に勉強もしていた。だけど、ルークは一ヶ月もレオーネを乗っ取っていたので、その帳尻を取るので大変なのである。

 今まではリビングで勉強していたのに、部屋にこもるようになった。フィズも極力邪魔しないよう、声をかけないでいるので、あまり顔も会わせていない。

 レオーネの横顔を見る。相変わらず、コニーからもらったという眼鏡をつけていた。


(プレゼント、眼鏡にすればよかったかな……)


 下唇をとがらせると、レオーネの手元を見る。彼が使っているのは万年筆ではなく、シャーペンだった。

 消しカスが散乱しているから、消すことができない万年筆は使えないだろう。仕方ない。仕方ないが、悔しさは消せない。

 最近は、コニーに勉強を見てもらったりしているようだし、フェリオからのクマさんは、本棚の空いてる空間に飾ってあった。誠に遺憾である。


「……うん。終わった──フィズ?」


「え? あ、ああ、なあに?」


 クマを睨んでいると、いつの間にかレオーネは手を止めて、こちらを向いていた。

 レオーネは首を傾げたが、直ぐに笑うと、口をぱかっと開ける。


「ちょうだい」


「え」


 動きを止めるフィズにレオーネはサンドイッチを指した。

 まさか、口に運べと言っているのだろうか? 改めてレオーネを見ると、彼はフィズの袖口を引っ張った。


「……ぐ」


 かわいい。高鳴る胸を押さえると、フィズはサンドイッチを手に取った。

 こんなやり取り、チェルシーとはいつもやっているし、なんならリュウホとかにもやるのに、どうしてレオーネが相手だと、手が震えるのだろう。


「……はい」


「むぐっ」


 少し乱暴に口に突っ込むと、レオーネは驚きながらもサンドイッチを一口食べた。手を離そうとしたが、その前にレオーネが口を離してしまった。


「うん、おいしい」


 レオーネがへにゃっと笑う。眩しい笑顔に目を瞑る暇もなく、レオーネがまた口を開けた。

 心臓が持ちそうにないのだが、もしかして、食べ終わるまでこのやりとりを続ける気だろうか。

 戦くフィズの耳に、救世主の来訪を告げる音が──まあようするにチャイムの音が──入ってきた。


「あ、チャイム! 出てくるね!」


「えー」


 目に見えて残念がるレオーネを置いて、フィズは確認もせずにドアを開ける。そこにいたのは、紙袋を持ったルークだった。


「うわ、早。ちゃんと確認してから出た?」


「退院したんだね」


「元々異常があったわけじゃないからね」


 ルークは、魂が元に戻ったので目が覚めたが、検査の為に、もう二、三日入院していたのだ。


「今日はどうしたの?」


 退院の報告だろうか? 首を傾げると、中に入ってきたルークは紙袋を渡してきた。


「えっとね、これをレオーネくんに渡そうと思って」


「レオくんに?」


「そー」


 予想外で思わず声をあげると、ルークは気まずそうに頬をかいた。


「お詫びの品で許してもらおうとは思ってないけど、せめて誠意が伝わればなと……」


「なるほど……」


 しっかりしたやつだ。中をちらっと見ると、クッキーの缶が入っていた。

 レオーネに直接のほうがいいだろう。呼んでこようと視線を部屋にやると、ルークが声をあげた。


「フィズちゃん」


「どうしたの?」


 なんだか、緊張した声だった。顔を向けると、彼はポケットから小さな袋を出した。


「あと、あの、これ。フィズちゃんに」


「……あたしに?」


 受け取って、袋をしげしげと眺める。ルークは手をもじもじと動かした。


「散々男っぽいだ似合わないだなんだと言って、たくさんいじめて申し訳ない……謝ったり、贈り物で許してもらおうとは、思ってないんだけど……」


 セロハンを剥がして、中を見てみる。そこに入っていたのは、星の飾りがついたヘアピンだった。


「み、見た時に、これきっと、君に似合うだろうなと思って、伝えたくなってさ」


「…………」


 こんなこと言うんだな、というのが、初めに出た感想だ。真っ赤になっているルークを眺め、フィズは頬を緩めた。


「……もし気にしてたらごめんね。か、かわいいよ、フィズちゃん」


 よほど恥ずかしいのか、声が裏返る。目線をそろりと上げた彼と目が合ったのに、ルークはまた下を向いてしまった。


「……これを君に言ってくれる人は、多いかもしれないけど……一応俺からも……」


「……ううん。嬉しい。ありがとう」


 ヘアピンを抱きしめると、ルークは眉を上げ、目を輝かせた。


「そ、そっか。よかった」


「待ってね、今レオくん呼んでくる」


 しかし、直ぐに目は死んだ。


「……ここで呼ぶか……」


「?」


 呼んじゃダメだろうか? きっとレオーネにも直接謝りたいだろうと思ったのだが。


「なんでもない。今はいいよ。忙しいでしょ。また今度来るから」


 きょとんとするフィズに手を振ると、ルークはふっと遠い目をする。


「受験があったのに、丸々一ヶ月も体を借りてたからね……」


「ほんとだよ。元々合格圏に入ってたとはいえ、レオくん今追い込みで大変なんだからね」


 あまり寝ていないだろうし、フィズにもあまり構ってくれない。……その分、構ってくれる時はだいぶ過剰に構ってくれるのだが。

 腰に手を当てて怒りをアピールすると、ルークは意地悪に笑った。


「ふーん。じゃあ、大していちゃいちゃしてないんだ?」


「い……っ」


 してるかしてないかで言えば、まあ、しているが。


「……してないよ」


 でも、それをルークに言うのは恥ずかしい。目線を落とすと、声を絞り出した。


「ふーん?」


 ルークが一歩近付いてくる。

 フィズのいるところのほうが高い場所だが、背が高いルークは、顔が同じくらいの位置になる。


「……近くない?」


 急に近くなった距離に、眉を寄せる。ルークは笑って、フィズの手からヘアピンが入った袋を取った。


「そう?」


 それからヘアピンを出すと、フィズの髪につける。目を細めて薄い笑みを浮かべたルークに、ふと違和感を感じた。


「うん。似合う」


「……そう? ありがとう」


 なんだろう。なにか、気づけそうな気がするのだが。考え込むフィズに、ルークはため息を吐いた。


「……フィズちゃんって本当に隙が多いよね」


「え、そう? ……おかしいな、鈍ったのかな」


 確かに実践はしていないから、兄がいた頃のようにはいかないだろうが、これでも勘は鋭いほうなのだが。


「いや、戦闘の勘じゃなくって」


「?」


「……いや、なんか……うーん……」


 困ったように笑うと、ルークは、じっとフィズを見つめた。


「一つ質問なんだけど」


「うん」


「俺、昔から結構モテるんだけど、どう?」


「どうって……」


 予想外の質問に目を瞬かせる。だが、真剣な感じだ。フィズも真面目に考えてみる。

 確かに顔はいいし、昔は勇者をやっていたのだ。モテただろう。だけど今は、勇者ではない。


「顔の話?」


「……若干違うけど、まあそれでいいや。うん。俺の顔どう?」


「かっこいいと思うよ」


 初めて見た時、きらきらしていて綺麗だなと思った。クラスメートもイケメンだと声を揃えていたし、世間的に見てもそうだろう。

 フィズの言葉に、ルークは小さくガッツポーズをした。


「……でも」


 その仕草を見て、なんとなく付け加えた。


「お兄ちゃんとか、たぶんあたしが男装した時のほうがかっこいいと思う」


「……本人に負けたか……」


 がっくりと肩を落とす。……この、さっきから感じるものはなんなのだろう。

 首を傾げると、復活したルークがめげずに聞いてきた。


「じゃあさ。魔法の師匠は?」


「ん?」


「レオーネくんより色々知ってると思うけど、俺に教わる気はない?」


 ずいっと、もう一度顔を寄せてくる。瞳を瞬かせると、後ろから強い力で引き寄せられた。


「だめ」


 耳元で声が聞こえて、顔が熱くなった。顔をそろりと上げると、レオーネがルークをじっとりと睨んでいる。

 ルークがこめかみに青筋を浮かべて、わざとらしい笑顔を浮かべた。


「あれーレオーネくん、今は追い込みじゃないの?」


「長いから気になったんだよ。人の家で女の子口説かないでくれる?」


(口説く……?)


 違和感の正体が、今の一言で掴めた。ぽんと手を叩く。

 なるほど、口説く。……ということは、フィズは今、ルークに口説かれていたのか?

 ルークを見ると、彼は拗ねていた。


「……師匠ぐらい別にいいじゃん」


「その時口説く気じゃん」


「……。うん」


「少しくらい隠しなよ」


 レオーネがこんなに怒っているのも、珍しい気がする。いや、焦っているのだろうか。


「いーじゃん。自分だってそん時に口説いたくせに」


 レオーネの喉が引き攣った音を出す。


「ま……っ真面目に教えてたよっ」


「……って言ってるけど?」


 フィズは迷って、顔を背けた。


「……ノーコメントで」


「ええっ」


 いつから好きでいてくれたのかは分からないが、彼の言動は、思い出すだけで恥ずかしい。例え口説いていなくても口説かれた。

 味方がいなくなって拗ねたのか、レオーネはむっとした顔をして、ルークを威嚇した。


「もー早く帰ってっ集中出来ないだろ」


「はいは……あ」


 大人しく帰ろうとしたルークだが、ドアを開けたところで振り返った。


「ごめん、あと一つ。フィズちゃん、フェリオくんと連絡が取りたいんだけど」


「どうしたの?」


 なにか面識があっただろうか? 聞き返すと、ルークは頬をかいた。


「魔物は、魔力の多い場所でできるだろ? その場所をどうにかする手伝いがしたいなって思って」


 それはいいアイデアだ。彼がいたら百人力だろう。魔物がいなくなる日も近いかもしれない。

 フェリオに連絡先を交換したい旨を伝えると約束し、彼を見送った。

 ドアが閉まると、フィズはレオーネにもたれる。


「へへ。よかったね、レオく……ん?」


 腹に回っていた手が上がって、フィズの頬を撫でた。


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