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ドアをそうっと開けて、フィズはレオーネの部屋を覗いた。レオーネは机に向かって、高速で手を動かしている。カリカリとペンを動かす音に、フィズは眉を下げた。
一応ノックはしたが、聞こえていないのだろうか。邪魔にならないうちに、退散したほうがいいか迷っていると、レオーネがこちらを向いた。
「わ、フィズ?」
驚いた顔をすると、レオーネはフィズの手元を見てへらりと笑った。
「ご飯? ありがと」
ほっとして、中に入る。机の上に持ってきたサンドイッチと紅茶を置くと、レオーネは手元に目を落とした。
「待ってね。もうちょっとで終わるから」
レオーネがまたペンを走らせる。
……本当は、直ぐに出て行こうと思っていたが、居ていいと言うなら、お言葉に甘えることにした。
ルークに体を返してもらったレオーネは、今受験勉強に追われている。
レオーネは、元々合格圏内に入っていたし、計画的に勉強もしていた。だけど、ルークは一ヶ月もレオーネを乗っ取っていたので、その帳尻を取るので大変なのである。
今まではリビングで勉強していたのに、部屋にこもるようになった。フィズも極力邪魔しないよう、声をかけないでいるので、あまり顔も会わせていない。
レオーネの横顔を見る。相変わらず、コニーからもらったという眼鏡をつけていた。
(プレゼント、眼鏡にすればよかったかな……)
下唇をとがらせると、レオーネの手元を見る。彼が使っているのは万年筆ではなく、シャーペンだった。
消しカスが散乱しているから、消すことができない万年筆は使えないだろう。仕方ない。仕方ないが、悔しさは消せない。
最近は、コニーに勉強を見てもらったりしているようだし、フェリオからのクマさんは、本棚の空いてる空間に飾ってあった。誠に遺憾である。
「……うん。終わった──フィズ?」
「え? あ、ああ、なあに?」
クマを睨んでいると、いつの間にかレオーネは手を止めて、こちらを向いていた。
レオーネは首を傾げたが、直ぐに笑うと、口をぱかっと開ける。
「ちょうだい」
「え」
動きを止めるフィズにレオーネはサンドイッチを指した。
まさか、口に運べと言っているのだろうか? 改めてレオーネを見ると、彼はフィズの袖口を引っ張った。
「……ぐ」
かわいい。高鳴る胸を押さえると、フィズはサンドイッチを手に取った。
こんなやり取り、チェルシーとはいつもやっているし、なんならリュウホとかにもやるのに、どうしてレオーネが相手だと、手が震えるのだろう。
「……はい」
「むぐっ」
少し乱暴に口に突っ込むと、レオーネは驚きながらもサンドイッチを一口食べた。手を離そうとしたが、その前にレオーネが口を離してしまった。
「うん、おいしい」
レオーネがへにゃっと笑う。眩しい笑顔に目を瞑る暇もなく、レオーネがまた口を開けた。
心臓が持ちそうにないのだが、もしかして、食べ終わるまでこのやりとりを続ける気だろうか。
戦くフィズの耳に、救世主の来訪を告げる音が──まあようするにチャイムの音が──入ってきた。
「あ、チャイム! 出てくるね!」
「えー」
目に見えて残念がるレオーネを置いて、フィズは確認もせずにドアを開ける。そこにいたのは、紙袋を持ったルークだった。
「うわ、早。ちゃんと確認してから出た?」
「退院したんだね」
「元々異常があったわけじゃないからね」
ルークは、魂が元に戻ったので目が覚めたが、検査の為に、もう二、三日入院していたのだ。
「今日はどうしたの?」
退院の報告だろうか? 首を傾げると、中に入ってきたルークは紙袋を渡してきた。
「えっとね、これをレオーネくんに渡そうと思って」
「レオくんに?」
「そー」
予想外で思わず声をあげると、ルークは気まずそうに頬をかいた。
「お詫びの品で許してもらおうとは思ってないけど、せめて誠意が伝わればなと……」
「なるほど……」
しっかりしたやつだ。中をちらっと見ると、クッキーの缶が入っていた。
レオーネに直接のほうがいいだろう。呼んでこようと視線を部屋にやると、ルークが声をあげた。
「フィズちゃん」
「どうしたの?」
なんだか、緊張した声だった。顔を向けると、彼はポケットから小さな袋を出した。
「あと、あの、これ。フィズちゃんに」
「……あたしに?」
受け取って、袋をしげしげと眺める。ルークは手をもじもじと動かした。
「散々男っぽいだ似合わないだなんだと言って、たくさんいじめて申し訳ない……謝ったり、贈り物で許してもらおうとは、思ってないんだけど……」
セロハンを剥がして、中を見てみる。そこに入っていたのは、星の飾りがついたヘアピンだった。
「み、見た時に、これきっと、君に似合うだろうなと思って、伝えたくなってさ」
「…………」
こんなこと言うんだな、というのが、初めに出た感想だ。真っ赤になっているルークを眺め、フィズは頬を緩めた。
「……もし気にしてたらごめんね。か、かわいいよ、フィズちゃん」
よほど恥ずかしいのか、声が裏返る。目線をそろりと上げた彼と目が合ったのに、ルークはまた下を向いてしまった。
「……これを君に言ってくれる人は、多いかもしれないけど……一応俺からも……」
「……ううん。嬉しい。ありがとう」
ヘアピンを抱きしめると、ルークは眉を上げ、目を輝かせた。
「そ、そっか。よかった」
「待ってね、今レオくん呼んでくる」
しかし、直ぐに目は死んだ。
「……ここで呼ぶか……」
「?」
呼んじゃダメだろうか? きっとレオーネにも直接謝りたいだろうと思ったのだが。
「なんでもない。今はいいよ。忙しいでしょ。また今度来るから」
きょとんとするフィズに手を振ると、ルークはふっと遠い目をする。
「受験があったのに、丸々一ヶ月も体を借りてたからね……」
「ほんとだよ。元々合格圏に入ってたとはいえ、レオくん今追い込みで大変なんだからね」
あまり寝ていないだろうし、フィズにもあまり構ってくれない。……その分、構ってくれる時はだいぶ過剰に構ってくれるのだが。
腰に手を当てて怒りをアピールすると、ルークは意地悪に笑った。
「ふーん。じゃあ、大していちゃいちゃしてないんだ?」
「い……っ」
してるかしてないかで言えば、まあ、しているが。
「……してないよ」
でも、それをルークに言うのは恥ずかしい。目線を落とすと、声を絞り出した。
「ふーん?」
ルークが一歩近付いてくる。
フィズのいるところのほうが高い場所だが、背が高いルークは、顔が同じくらいの位置になる。
「……近くない?」
急に近くなった距離に、眉を寄せる。ルークは笑って、フィズの手からヘアピンが入った袋を取った。
「そう?」
それからヘアピンを出すと、フィズの髪につける。目を細めて薄い笑みを浮かべたルークに、ふと違和感を感じた。
「うん。似合う」
「……そう? ありがとう」
なんだろう。なにか、気づけそうな気がするのだが。考え込むフィズに、ルークはため息を吐いた。
「……フィズちゃんって本当に隙が多いよね」
「え、そう? ……おかしいな、鈍ったのかな」
確かに実践はしていないから、兄がいた頃のようにはいかないだろうが、これでも勘は鋭いほうなのだが。
「いや、戦闘の勘じゃなくって」
「?」
「……いや、なんか……うーん……」
困ったように笑うと、ルークは、じっとフィズを見つめた。
「一つ質問なんだけど」
「うん」
「俺、昔から結構モテるんだけど、どう?」
「どうって……」
予想外の質問に目を瞬かせる。だが、真剣な感じだ。フィズも真面目に考えてみる。
確かに顔はいいし、昔は勇者をやっていたのだ。モテただろう。だけど今は、勇者ではない。
「顔の話?」
「……若干違うけど、まあそれでいいや。うん。俺の顔どう?」
「かっこいいと思うよ」
初めて見た時、きらきらしていて綺麗だなと思った。クラスメートもイケメンだと声を揃えていたし、世間的に見てもそうだろう。
フィズの言葉に、ルークは小さくガッツポーズをした。
「……でも」
その仕草を見て、なんとなく付け加えた。
「お兄ちゃんとか、たぶんあたしが男装した時のほうがかっこいいと思う」
「……本人に負けたか……」
がっくりと肩を落とす。……この、さっきから感じるものはなんなのだろう。
首を傾げると、復活したルークがめげずに聞いてきた。
「じゃあさ。魔法の師匠は?」
「ん?」
「レオーネくんより色々知ってると思うけど、俺に教わる気はない?」
ずいっと、もう一度顔を寄せてくる。瞳を瞬かせると、後ろから強い力で引き寄せられた。
「だめ」
耳元で声が聞こえて、顔が熱くなった。顔をそろりと上げると、レオーネがルークをじっとりと睨んでいる。
ルークがこめかみに青筋を浮かべて、わざとらしい笑顔を浮かべた。
「あれーレオーネくん、今は追い込みじゃないの?」
「長いから気になったんだよ。人の家で女の子口説かないでくれる?」
(口説く……?)
違和感の正体が、今の一言で掴めた。ぽんと手を叩く。
なるほど、口説く。……ということは、フィズは今、ルークに口説かれていたのか?
ルークを見ると、彼は拗ねていた。
「……師匠ぐらい別にいいじゃん」
「その時口説く気じゃん」
「……。うん」
「少しくらい隠しなよ」
レオーネがこんなに怒っているのも、珍しい気がする。いや、焦っているのだろうか。
「いーじゃん。自分だってそん時に口説いたくせに」
レオーネの喉が引き攣った音を出す。
「ま……っ真面目に教えてたよっ」
「……って言ってるけど?」
フィズは迷って、顔を背けた。
「……ノーコメントで」
「ええっ」
いつから好きでいてくれたのかは分からないが、彼の言動は、思い出すだけで恥ずかしい。例え口説いていなくても口説かれた。
味方がいなくなって拗ねたのか、レオーネはむっとした顔をして、ルークを威嚇した。
「もー早く帰ってっ集中出来ないだろ」
「はいは……あ」
大人しく帰ろうとしたルークだが、ドアを開けたところで振り返った。
「ごめん、あと一つ。フィズちゃん、フェリオくんと連絡が取りたいんだけど」
「どうしたの?」
なにか面識があっただろうか? 聞き返すと、ルークは頬をかいた。
「魔物は、魔力の多い場所でできるだろ? その場所をどうにかする手伝いがしたいなって思って」
それはいいアイデアだ。彼がいたら百人力だろう。魔物がいなくなる日も近いかもしれない。
フェリオに連絡先を交換したい旨を伝えると約束し、彼を見送った。
ドアが閉まると、フィズはレオーネにもたれる。
「へへ。よかったね、レオく……ん?」
腹に回っていた手が上がって、フィズの頬を撫でた。




