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楽しそうに笑ったルークが、ぺたっと背中に張りついた。肩に乗った顎に、フィズは顔を顰める。
「ちょっと、ルーク。重たい。集中できないよ」
箒を操作しながら、フィズは目をこすった。
箒に乗る練習は授業でやったが、二人乗りはまだやったことがない。慣れない運転で、フィズは目が疲れた。
高さも保っていられない。がくん、と落ちた箒に、ルークはわざとらしく息を吐いた。
「しかたないなぁ。ちょっと助けてあげる」
ルークが箒を触ると、箒はまた高い位置を飛ぶ。
できるなら、自分で乗ればいいのに。恨めしげな目を向けると、ルークはけらけら笑った。
「練習練習。それに、俺、魔力は残しておかなくちゃだしぃ」
「まあそうだけど……」
今二人は、体をレオーネに返す為、ルークが眠っている病院に向かっている。その途中で魔力がなくなったら元も子もない為、フィズが彼を送っているのだ。
二人の体重を支えないといけない為、フィズは大変だが、ルークはとても楽しそうだ。背中に頭を押しつけてくるのを押し返していると、掠れた声が耳に入ってきた。
「……フィズちゃんはさあ、やり返したいとか思わないの?」
「思うよー」
間髪を入れずに頷く。ルークが困惑したのが気配で分かって、フィズはふっと息を抜いた。
「でもやらない」
「……なんで?」
「あたしは力が強いから、怪我させちゃったら大変じゃん?」
フィズが少し力を入れるだけで、カミラは痛そうにしていた。だから、相手の為もある。
でも、一番は違う。
「それに、そんなことしたらさ、一緒になっちゃうでしょ? あたしはその方が腹立つの」
「一緒?」
「そう。嫌なやつと思考回路が一緒なの。めちゃくちゃ嫌じゃない?」
ルークからは見えてないだろうけど、イーッと歯を見せて、見えない敵に威嚇した。
「あたしの方がね、平和で、みんなから賞賛される方法で報復するし、そんな嫌なやつのことは忘れて、ぐうたらと楽しく暮らしてやりますよ」
嫌な人のことは、一秒だって考えていたくない。
「……フィズちゃんって、結構負けず嫌いだよね」
若干強がっているのがバレたのか、それとも引いたのか、ルークは僅かに身を引いた。
「まあね。こう見えて殺意増し増しだよ」
「それを口に出して言っちゃうのがフィズちゃんがフィズちゃんたる由縁だよね」
「なんだと?」
腹に回った手をつねる。ルークは悲鳴をあげて手を離した。
もう病院が見えたので、注意はせずにそのまま降りる。ルークをチラ見すると、彼は目線をズラした。
「……まあでも、これはあたしの考えだしね」
だから別に、出来なくてもいいし、同じように思う必要はない。
「……あんなにされた友達のことは絶対に忘れないし、悲しくて当たり前だよ。でも、あたしはきっと、ずっとは覚えておけないし、それだけじゃ生きていけない」
彼の手を取る。ルークは肩を揺らすと、酷く驚いたような顔をした。
「だからあたし、ルークのことすごいなと思ったよ。そんなに大切な友達がいてさ」
魔力を流す。冷えた手が温かくなって、フィズははにかんだ。
「……どうやったらそんな考えになって、人を助けることができるようになるの?」
苦笑したルークの手が、伸びてくる。耳を撫でて、それから同じように魔力を流された。
「あんたのほうが、よっぽどすごいよ」
暖かいものが流れて、冷えた体がぽかぽかしてきた。
「あたしだけの言葉じゃないよ」
ゆるりと首を振ると、フィズは順に挙げていった。
「最初に言葉を大切にって教えてくれたのはレオくんだし、レオくんと喧嘩した時に、『フィズちゃんは悪くない』って言ってくれたのは、リュウホとクレアだし……だからきっとあたし、『あなたは悪くない』って誰かに言えるの」
「…………」
「お兄ちゃんがコニーを引っ張って連れて行ったおかげで、コニーが協力してくれて、あなたが楽になる手伝いができたし……そうやってなにかを諦めたくないなと思ったのは、チェルシーのおかげ。ロイがあたしの言ったことに『ありがとう』って言ってくれたから、もう少しあなたの話も聞こうって思えた」
「……そっか」
呆けていたルークが、眩しそうに目を細める。
「あんたの周りは、すごい人がいっぱい居るんだな」
元気に首肯すると、フィズはルークを指す。
「ルークも含めてね」
「俺も?」
「ルークが助けてくれたから、クレアも、……たぶんケヴィンも助かったんだよ。ルークだって、本当、すごい人だよ」
「…………」
「……過ぎたことを変えることはできないけど……今あなたの周りにいるのは、お姉さんや失礼な兵士達じゃないからさ」
もう片方の手も添えて、両手で包む。
「たぶん、もう大丈夫。ね?」
「……。これさ」
ルークが繋いだ手を持ち上げる。意図が掴めずにいるフィズにはにかんだ。
「初めに発見したの、インと姉さんなんだ。魔力は感情で温度が変わるってやつ」
「えっ。すごいね」
「でしょ」
ルークが誇らしそうに、でも少し寂しそうに笑う。
「忘れないことにする。インのことも、姉さんのことも」
お姉さんも? 思わず眉を寄せたフィズにデコピンをすると、ルークは病院の中に入って行った。
「それでね」
後を追いかけると、ルークは弾んだ声で語り始めた。
「姉さんが俺にくれた優しい言葉だけを覚えておいて、もし次に会ったりしたら、『全然意味ないことしたな』って絶望できるようにする」
「なにそれ」
思わず笑って、ここが病院だってことを思い出した。慌てて口を押さえる。
フィズの仕草に目尻を下げると、ルークは受付に向かった。
受付の人から面会カードを貰って、フィズとルークは、彼の体が眠っている病室に向かう。小さくノックをしてから入ると、椅子に座っていた女性が振り返った。
ルークの面影がある。きっと母親なのだろう。
「――あ。レオーネさん」
「ご無沙汰しています」
ルークが頭を下げるのに合わせて、フィズも頭を下げた。女性は同じようにして、それからフィズに目を向ける。
「今日はお連れ様も一緒?」
フィズはどぎまぎしたが、隣のルークがさらりと答える。
「ええ。魔法を教えているんですが、彼女と話していたら、ルークくんとお友達だと判明しまして」
「まあ。そうなの」
「とても心配しているようでしたから、連れてきました」
(つ……)
思わず蹌踉めいた。
(面の皮が厚ーい!)
いや、ルークの言ったことは、その通りなことで、間違ってはいないのだが。だが、よくそんなにぺらぺらと話せるな。それに、会話から察するに、何度も来ているのだろう。凄すぎる。
「……フィズです」
再び目を向けられたので、精一杯の愛想笑いを浮かべた。
なにも知らない女性は、人好きのする笑顔を浮かべると名乗ってくれる。
「ルークの母です。ありがとうね」
「いえ……」
「……やっぱりまだ目が覚めませんか?」
自分のせいだろ。
ベッドの上で眠る自分にアンニュイな顔をするルークに、フィズはジト目を向けた。
「そうねぇ……まだみたい」
「そうですか」
ベッドに近付くと、ルークは自分の額をさらりと撫でた。レオーネの体が傾く。
咄嗟に支える。隣でルークの母親が眉を下げた。
「大丈夫?」
大丈夫だと頷いたのに、彼女はゆっくりと目を見開くと、みるみるうちに涙を溜めていく。
慌てるフィズを呼ぶ声が聞こえた。顔を向けると、黄色の双眼と目が合う。それから、横を見た。
「邪魔だろうから、退いてようか」
目線を追うと、ベッドで寝ていたルークが起き上がっていた。母親が抱きついて、ルークが照れくさそうに笑う。
「かあさ、けほっ」
喋ろうとしたが、喉が痛いのか、声が出ないようだった。
「……あ、喉渇いたわね……! 買って来るから待っててね。お医者さんも呼んで、ええと」
「ナースコールを鳴らしましょう」
慌てる母親に、レオーネがそっと助言した。それから、鞄から新品の水を出して、ルークに渡す。
「今日は帰ります。ルーク、またね」
手を振ると、二人で病室を後にした。
「……すごいねぇ」
思わず呟いた言葉に、レオーネが頷いた。同じことを思っていたらしい。
「まあ、ほんとに反省してるっぽかったから、これからは、心配かけないようにするんじゃないかな」
「そうじゃなきゃ、さすがに殴るよ」
「直接言っときなよ。フィズのパンチ痛いから」
前のやつ、レオーネにも痛みがあったのか。ごめんと謝ると、腕が伸びてくる。
「いいよ。フィズ、たくさん頑張ったね。ルークね、ほんとに喜んでたよ」
優しく頭を撫でられて、鼻の奥が痛んだ。慌てて下を向いて鼻を鳴らすと、笑顔を作って、前を向く。
「へへ。レオくん、おかえり」
「うん。ただいま」




