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水を打ったように静まり返る。ルークは顔を歪めて、今にも泣き出しそうなのに、涙は流さなかった。
「次に起きた時は、すでに姉さんがいない時代だった。洞窟に俺を封印してたんだって。俺どうしたらいいか分かんなくて、でも、恨みの気持ちだけはあるんだよね……魔物の間は、ずっと怒ってた気がする」
前にケヴィンを人間に戻して、魔物を作る工程についての話をした時も同じようなことを言っていた。魔物の感情までを知っていたのは、彼が実際に魔物だったことがあるからだったのだ。
「……実はあんまり覚えてないんだけど、魔物を作ったり暴れたり、ずっとしてたと思う。起きる度にそうして、その度に封印されたの。他のやつとは比べものにならないくらいに強かったし……たぶん、姉さんが俺を封印した時の書き物が、残ってたから」
「……今人間なのは、どうして?」
チェルシーがそうっと質問をする。ルークは指先を立てると、簡潔に答えた。
「魔女狩りあったでしょ。あれで、封印の仕方が書いてあったのも燃やされて」
「ああ……」
それで、次の時は、封印の仕方は伝えられなかった為、魔石を壊されて、ルークは消滅したのか。
覚悟していた以上の濃い話に、フィズは思わずため息を吐いた。そんなフィズを見ると、ルークは眦を下げて笑った。
「話はこれでおしまいかな。それで?」
言葉に詰まったのは、なんの脈絡もなく、話を振られたからだ。それをどう捉えたのか、ルークは片眉を上げて、墓の横にどかりと腰を下ろした。
目が合う。さっきと違ってつり上がった瞳が責めている気がして、フィズはきょとんとした。
「話を聞いてどうするの? 俺のこと助けてくれるの?」
「……助けてほしいの?」
思わず疑問で返す。ルークは面食らった顔をして、もぞりと体を動かした。
居心地が悪そうな態度に、図星なのだと察した。
(……そうか……助けてほしいのか)
なんだか意外でそう言ってしまったが、よく考えると当たり前だ。過去の辛い経験を、半ば強制的に打ち明けさせたのだ。こちらになにかしらのアクションは期待するだろう。
しかし、困った。助けることができるなら、そうしたいけれど。なにが彼の助けになるのか、さっぱり分からない。
(なんかないかな……)
首を捻って考えてみる。
フィズは過去に戻ることは出来ないし、ましてや、誰かを生き返らせるなんて出来ない。
そこまで考えて、一つ思い出した。
「……あ、ねえねえ、ルーク」
俯いているルークには悪いが、疑問は残したくない。腕をちょいちょい突くと、ルークは気怠そうに頭を持ち上げる。
「なに……?」
「そういえば、勇者と魔物の関係って、結局なんなの?」
「は? なに?」
訝しげな顔をするルークに「勇者が現れたら魔物が増える。または、魔物が増えると勇者が現れる」という伝説があることを説明する。
ルークは呆れた顔をして、積もってる雪を手に取った。
「いい? まず俺が起きて、魔物を増やすでしょ?」
彼が雪玉を二、三個作って空に投げる。それは凍って、フィズ逹の周りに漂い始めた。
「この魔物どうする?」
「え……えっと」
「襲ってくるよ、ほらほら」
戸惑うフィズ逹に、緩い軌道を描いて、一つの氷が飛び込んで飛んでくる。フィズは咄嗟に炎を出して、氷を溶かした。
「はい。あんたが勇者ね」
「は?」
急な指名に、フィズはぽかんと口を開けた。
「フィズちゃんは、魔石は見えないけど、靄は見えてたよね? そういう人は、そりゃ少ないけどさ、いつの時代にも居るものなんだ。魔石が見える人もね。それで、魔物を見た時にその能力で魔物を倒すでしょ。そういう人が勇者だって呼ばれるって、それだけだよ」
(……なるほど……)
勇者だと言っても、突出した能力があるというだけで(それ自体が狭き門だが)、大仰な理由が――例えば、神さまに選ばれたのだとか、そんな理由があるわけじゃない。
珍しいだけで、フィズやフェリオのようにその能力を持った人は常に世界に居る。
極端な話、誰でもいい。功績を残したら、フィズでも勇者だと言われるのだ。絶対にやらないけれど。
「……見た目とかは、別に関係ないんだよね?」
「うん。色々居たよ。金髪とか茶髪とか。のっぽもちびも、女の子も子供も居た。……それがどうかしたの?」
疑うような目を向けられて、フィズは少しの間思案する。
どういう説明をしたものか。あまり言葉が上手くないフィズは考えて、結局、思ったことをそのまま言うことにした。
「……なんていうか、ロイのことなんだけど」
その名前を出した途端、ルークはびくりと体を揺らした。
「……前にもロイに会った時、そんな反応してたよね?」
隣のチェルシーがフィズの代弁をしてくれる。ルークは不自然なほど驚いて、仰け反った。がんっと鈍い音をさせて、墓に手を打ち付ける。
リュウホがその手を取ったので、きっと冷やすつもりなのだろう。安心して、思考を巡らせる。
「なにやってるノ……」
「ちちちち、違うし!」
「なにが? 突然の思春期カナ?」
「え、ルーク……フィズじゃなくてロイの方?」
「違うし、フィズちゃんだし……あ」
「……?」
視線を感じて目を向ける。ルークがいつの間にか、真っ赤な顔をしてフィズを見上げていた。
「ごめん。聞いてなかった。なに?」
「ラブコメか!」
「?」
話を聞いていなかったせいで展開が全く分からない。ルークはしばらく睨みつけていたが、やがて諦めた。
「……まあいいや。それで、ロイくんがなに?」
「……ええと、ロイの髪のこと知ってる?」
「?」
やっぱり知らないのか。
チェルシーをちらりと見る。彼女はもう分かったようで、代わりに説明してくれた。
「ロイって、黒髪以外になれないんだよね。染めても次の日には元に戻っちゃうの」
「は? なにそれ。意思強すぎじゃない?」
「確かに強いよね」
会いたかったのだとしたら、もう少し、ロイのことを考えてあげてと思わなくもないが。
チェルシーと顔を見合わせる。ここまで来るとリュウホも分かったようで、納得する声が聞こえてきた。
「インくん、生まれ変わって、ルークのこと待ってたってコト?」
「は……?」
「そうそう」
ロイが勇者だと判明してから、あの容姿は勇者だからだという結論に至ったらしいが、今までの勇者がそうじゃないなら、不自然だ。
ぽかんとしたルークに笑いかけると、フィズはその手を取る。
「そんなわけで、会いに行こ」
「え、いや、ちょっと」
「あ、待って」
チェルシーの制止にフィズは口を尖らせて抗議の意を示したが、ルークはほっと胸を撫で下ろした。
チェルシーがぱん、と手を叩く。ざっと音を立てて、近くの茂みからロイが顔を出した。
「もう呼んでる」
「スピーディ!」
ルークは立ち上がると、チェルシーにすごい形相を向ける。胸ぐらを掴みそうな勢いだ。
「話が早すぎるんじゃない……? もう少し心の準備させてくれてもよくない……!?」
「いいじゃん。話の手間が省けて」
手招きされて、ロイは不安そうな顔で茂みから出てきた。それから、フィズの後ろに隠れる。
顔だけを出すと、ルークに話しかけた。
「……えっと、ごめん。お話聞いてた……」
「そ……そうみたいだね……」
気まずい空気が流れる。弟のようにかわいいロイの頭を撫でると、こっそり話しかけた。
「大丈夫だよ。噛みついたりしないからね」
「聞こえてんだけど!」
怒鳴った瞬間、ロイはフィズの後ろに顔を引っ込めた。ルークが慌てる。
「……なにその顔」
「別に?」
思わず笑ってしまった。いけないと顔を戻してロイを見る。肩を叩くと、彼はルークをじっと見て、フィズの後ろから、前に出た。
「……お話上手くないから、思ってること伝わるか、分かんないんだけど……」
「う、うん……」
「……僕、この髪がずっと嫌いで」
髪を引っ張り、憎々しげな顔をする。ルークは悲しそうに眉を下げた。
「でも今日、なんかすっきりしたよ。……僕、全然覚えてないけど、でもなんか、すっきりした」
はにかむロイに、ルークは目を見開いた。
「みんないるし、大好きだけど、でも、ええと……僕、みんなとは違うんだって凹んでたから」
ルークの喉が、上下する。
「だから、あの、ありがとう」
「!」
「な、なにが『ありがとう』だね……ええと、ずっと覚えててくれて? なんか、嬉しいなって思って」
「……うん」
「ルークが居てくれて、良かった。君に会えて良かったよ。……僕は覚えてないけど……その、あの……ごめん」
懸命に話すロイに頷くと、ルークはぎゅーっと目をつむった。目尻に涙が浮かんで、零れてくる。
「……うん」
その涙を見て、ロイは慌てたけれど、フィズはよかったと思った。
ルークはぼろぼろと溢れる涙を拭うけれど、次々に溢れて追いつかない。
「なんッなんで、さ」
ルークは片腕を目に押さえつけると、震える声で、それでも話す。
「なんで、覚えてるのか、ずっと考えてて。忘れた、ほうが……ッズ、いいのか、とか」
「……うん」
「でも、よかった。覚えてて……いっぱい人にめーわくかけたけど」
「ほんとにねー」
しみじみと頷く。腕の隙間からルークが睨みつけてきたけど、でも、へにゃりと笑った。
「なんだよ、もう。今いいとこだろ」
「ふふ」
腹は立つし、許せないことも言われた。だけど、その理由は分かったし、もうしないだろうから。
「もういいよ」
頭をぽんぽんと撫でる。ルークはまた泣き出して、フィズとロイを抱きしめた。




