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「インはさー。すごいんだよ」
ルークは指先を立てると、得意げに胸を張った。まるで自分のことを自慢するみたいに、インのことを話してくれる。
「大群を率いて、勇者みたいに活躍してたんだ。隠してたらしいんだけど、でも、魔力の流れが分かるくらいすごい人でね」
「……魔力の流れってなんなノ?」
この質問には、チェルシーが答えた。
「魔物から出てる、靄とかが分かる人のことだよ。森に同世代の魔法使いが何人かいるけど、ロイにしか見えないし、結構少ないよ」
「え」
フィズは固まった。だって、フィズには見えているからだ。
思わずリュウホを見ると、彼は首を振った。どうやら、リュウホにも見えないらしい。
今度はルークを見たが、彼は話に夢中になっている。
「しかも、魔石の位置がなんとなく分かるくらいの人なんだ。もっといない」
「…………」
フィズのあれが「分かっている」のかは謎だが、フェリオは、なんとなく分かると聞いたことがある。
あまり考えたくはないのだが、時代が時代なら、黒髪のロイは認められず、フェリオが勇者とされていたかもしれない。
ぼんやり考えていると、チェルシーが首を傾げた。
「でも、なんでそんな人がこの国に? あんまり戦争強くなかったんだよね?」
「ア、そうだよネ。強国にも行ってたらしいカラ」
確かに、強い国はそれだけ条件もよくなるだろうし、恩を売るにしても、そっちの方が良いだろう。
この国は、そんなに魅力的な条件を出していたのだろうか。
「……野菜がすごく美味し」
「それが、すっごく小さくてさ」
「小さい?」
違った。遮られてよかった。
こっそり胸を撫で下ろすフィズに、リュウホがちらりと視線を寄越す。どうやら、聞こえていたらしい。特に突っ込まれはしなかったが、恥ずかしかった。
そんなフィズには気づかず、話は続く。
「そん時確か……十歳とかだったかな……」
「えっ」
そんな歳で、外交とも言える役割を果たしたのか?
信じられないものを見る一同に、ルークは説明を加える。
「能力は隠してても、天才だったんだよ。だから、他の人にはあんまり好かれてなかったらしいんだよね。体の良い左遷というか、厄介払いかな」
「……そっか」
「魔法を習うことになったのは、兵士達だったけど、俺は世話役っていうか、相手役を任されたんだ。歳も近かったし」
その時のことを思い出しているのか、ルークがはにかむ。
「人見知りだけど、かわいい子でさ。俺にも魔法も教えてくれるし、直ぐに仲良くなった。親友だって思えるくらい。魔力のことも俺にだけ教えてくれて」
本当に仲がよかったのだろう。穏やかな顔をするルークに、フィズ達も口角を緩めた。
だけど、その表情に、少し陰りが出来る。
「俺、研究とかも手伝うようになって。でも、それであの女に目を付けられたんだ。いや、最初っから考えてたのかな……分かんないけど」
そこでルークは長い息を吐き出すと、立てた膝に顔を置く。それから、頭をぐしゃぐしゃとかき回した。
「……あの女って?」
「俺の姉さん」
「…………」
「俺の姉は、頭が良くて、昔から人を動かすのが上手かった。甘え上手でさ。でもすごく優しくて、俺、姉さん大好きでさぁ、何考えてるかなんて、そんなの気づかなくてさぁ……」
彼が髪を掴む音が、自分を傷つけているようで、見ていられなかった。隣に移動すると、その手を取る。
びくりと肩を揺らすと、ルークはフィズを見た。手の平をくすぐるように触ると、ルークから力が抜けて、へにゃりと笑う。
「なに。くすぐったいよ」
「ふふ」
落ち着いてよかった。笑い合うと、ルークは深呼吸してから、もう一度話し始めた。
「姉さんとインは、二人で魔物の研究をしててね。俺も役に立ちたいって言ってたんだけど、インには危険だからダメだって言われてて。拗ねてたら、姉さんに手伝ってほしいって言われたから、嬉しくなってさ」
「…………」
「二人で魔力がたくさんあるっていう洞窟に行って……そしたら姉さん、俺のこと、閉じ込めたんだよね」
「閉じ込めたって……」
「急に押されて……岩と瓦礫で出口を塞いでさ。『実験だよ』って言って」
ルークが力なく笑う。
魔力を吸いすぎてしまったら、魔物になってしまう。ルークのお姉さんは、それを分かってて、実験だと、ルークを閉じ込めたのだろうか。
「俺は、魔物になりかけたんだと思う。でも、インが助けに来てくれて……洞窟から連れ出して、魔力を吸ってくれたんだ。……そしたら、インが襲ってきて……」
「…………」
「必死で抵抗してたら、矢が飛んできて……でも、インからは血が出てこなくては。それで、姉さんが、インは魔物になったんだって、剣を渡してきて……嫌だって、言ったけど、俺が、殺したんだ……」
ルークが、眉を下げる。無意識に繋いだ手に力を込めると、指先が絡んだ。
「その日から、俺は勇者をさせられた。いっぱい魔物を倒して、みんなから感謝されて……インのことさ、兵士とかに話したことあるんだ。少しだけど、戦場で一緒だったりしたんだし……分かってくれるかなと思って」
「……うん」
「そしたらさ、みんな揃って『あいつは黒髪だよ』とか、『化け物みたいだった、死んでほっとした』って笑うんだよね……ずっと言われてたんだって。知らなかった、そんなの。イン、ずっと笑ってたから……」
掠れた声を絞り出すルークの背中を、リュウホが叩く。
ずいぶんと、酷い扱いを受けたものだ。フィズは痛む胸を押さえて、でも少しだけ、ほっとしてしまった。フェリオとロイがそんな時代に生まれなくてよかったと、思ってしまった。
「……それで、どうしたの?」
首を振って、その考えを追い出すと、ルークに続きを促した。
「……一年くらいは、なにも出来なくて、そのままだった。でもやっぱ許せなくて……俺、姉さんが怖くなってたんだけど、でも、謝ってくれてたし、すっかり元の優しい姉さんだったから、なんかの間違いだと思って……二人は仲良かったし、インの死を悲しんでるように見えた。墓を作ったのも姉さんだし……だから、姉さんに詳細を話して、勇者はインだって言ってもらえるように頼んだんだ」
「……お姉さんに?」
「馬鹿だろ?」
自嘲すると、ルークは天を仰いだ。固く目を閉じて、詰まった息を吐き出す。
「……もう一度洞窟に連れて行かれて、魔物の作り方を教えられて。目的を話してくれた」
思わず身構える。ルークはぱっと笑うと、明るい声を出した。
「王族になりたかったんだって」
「え?」
「家は貴族だったけど、男爵だから位が低くてさ。でも、勇者の家族だったら、王子の婚約者になれるかもしれないと思ったんだって」
「…………」
「実際、位は上がったし、姉さんは王子の婚約者になってた。まんまと罠にハマったの。お姫さまはもういなかったから、俺じゃなくて、姉さんにきたんだろうね」
それで、「裏切る」、「良い子は、底が見えない」か。確かに、女子が嫌いになりそうなエピソードだ。
前に語っていた寂しそうな声を思い出して、フィズは眉根を寄せた。
「姉さんのこと、好きだったよ。だから、ショックで動けなくて……」
ルークが目を伏せる。今度はチェルシーが肩を叩いたことに瞠目して、口を開いた。
「……そのまま、洞窟に閉じ込められて、俺、魔物になったんだ」




