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フィズの言ノ葉魔法論  作者: 七篠空木
言葉は廻る
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 あの日以降、ルークは部屋から出てこない。食事とトイレの時はさすがに出てくるけれど、どうやら慎重に気配を探っているようで、フィズが部屋に入らないと出てこようとしなかった。


「──……まあ、捕まえることはできるんだけどね」


 ふん縛って捕まえたルークを見て、フィズはふふと笑みをこぼした。

 ロープでぐるぐる巻きにされたルークは、顔を歪め、わざとらしくため息を吐く。


「あんたは、どうしてそう野性的なんだよ……」


「失礼だな。ちゃんと人間に囲まれて育ったよ」


「人間の動きじゃなかったけどな」


 捕獲された時を思い出したのか、げんなりした顔をする。

 そんなこと言ったって、ルークはフィズよりも素早いし、本気だったら捕まらなかったはずだ。それに、こんな簡単な拘束、ルークだったらきっと直ぐに抜け出せる。

 だけどそれをしないのは、よほど疲れたのだろうか。さっきまでは叫いていたが、今はもう噛みつく気力もないらしい。

 協力してくれたリュウホが、横で苦笑をした。


「……マァ、無事でよかったヨ。学校に来ないカラ、心配してたんだヨー?」


「それはありがたいけどー……」


 相変わらず、リュウホには強く出られないらしい。目線を泳がせると、ルークはこてんと寝転がった。

 しばらく黙っていたが、もぞもぞと体を動かすと、部屋の隅で待機しているチェルシーに顔を向ける。


「……そんで、チェルシーちゃんは何? 監視?」


 声をかけられて、所在なさげにしていたチェルシーは、顔を上げた。


「んー……私は案内」


「案内?」


「そ。今から魔法使いの森で……ルーク、あなたの家があった場所に行くの。……私がいないと、外の人は入れないからさ」


 ルークは驚いた顔をすると、固まってしまった。


「……行きたくない?」


 勝手に決めて、怒っただろうか。顔を覗き込むと、ルークは唖然としていた。


「……なんで?」


 どうして知っているかを答えようとしたフィズに、ルークは次いで問いかけた。


「なんで、連れてってくれるの?」


「…………」


 疑うようだけど、隠しきれない期待が混ざっている目に、フィズは頭をかいた。

 手を伸ばすと、彼を縛っているロープを解いていく。


「……あたし、ずっとさ、ルークの話が聞きたかったの」


「俺の話?」


「そ。どうしてこんなことするのかとか、前に何があったのかとか……親友の話とか」


 聞いたからと言って、救えるとか、そんなことは思っていない。だけど、フィズが彼のことを気になって、知りたいと思っている。やってからじゃないと、フィズはレオーネの言う通り、後悔をするだろう。


「タイミング悪くて、ずっと聞けなかったけど……この前、殴っちゃって、ごめんね」


 今はもう腫れていない頬に触れる。ルークは目を瞠ると、体を起こした。


「……別に……」


 離れたフィズの手を取ると、ルークはもう一度頬に触らせた。


「エ、アレッいつの間にそんな感じに……アッあの時カナ……!?」


「だから言ったでしょ、私言ったでしょ、女の勘働いたでしょ?」


「ウン。女の勘のアンテナ修理に出した方がいいとか言ってごめんネ」


「そこの二人うるさい」


 こそこそと話し始めたリュウホとチェルシーに、ルークは青筋を立てる。二人の話の内容が分かったらしい。

 同じく話している声は聞き取れたが、内容は掴めなかったフィズは、首を傾げる。だけど、ルークの反応からして、彼が可哀想な気がしたので、もう一度「ごめんね」の気持ちを込めて、ほっぺたを撫でた。

 動きを止めると、ルークは掴んだままだった手に力を込める。目が合って、フィズは頷いた。話の続きだ。


「そんでね。聞けないなら、調べてこうやって囲んだら、もう逃げないかなと思って」


 ルークの手から力が抜ける。再び寝転がると、顔を覆った。


「もうこの女ほんとやだ……」


 さめざめと泣くルークに、楽しそうなチェルシーが肩を叩く。


「ひひひ。ルーク、失恋仲間だね?」


「は? あんたはお子様の幻想から抜け出しただけで、失恋じゃないでしょ?」


「なにこいつ、かわいくない! せっかくこの前のことにお礼言おうと思ったのに! 捜してくれてありがとう!」


「もう言ってるじゃん。女子が夜中に一人で外出るとかアホすぎでしょ。魔物もいるところなんでしょ? 普通に心配するでしょ」


「くっ暴言が混じってるのに怒れない……」


 なんだかよく分からないが、チェルシーと仲良くなったようで、なによりである。

 リュウホと一緒に二人を宥めて、フィズ達はみんなで森に出向いた。


 魔法使いの森は、いつ来ても変わりはない。吹いた穏やかな風が、フィズ達を歓迎してくれているようだ。

 森を抜けて、集落に着いた途端、今まで騒いでいたルークが口を噤んだ。


「……久しぶりだなぁ」


 目を細めたルークの呟きが、風に乗って聞こえてくる。懐かしむ彼の手を、チェルシーが取って歩き出した。

 ルークは苦笑をしたが、手を引かれるままで、抵抗はしなかった。


「……俺のこと、調べたんだよね? どこまで知ってるの? あんまり資料とか残ってないと思うんだけどなぁ」


 代わりに、横を歩くリュウホに問いかけた。リュウホは、コニーが話してくれた話を、そのまま伝える。


 コニーによると、この地は昔、ある貴族の領地だったらしい。その貴族の少年は、魔物になった人を、その身を犠牲にして倒した。それを讃えて、この国はその少年を勇者だと語り継ぐことにしたのだと。

 勇者は、魔法を使っていた魔法使いだったようだが、魔女狩りで魔法が忌み嫌われるものであるという風潮になってからは、その歴史はもみ消されたらしい。

 そして魔法使いを討伐した騎士達が、国を守るようになった。

 だけど、魔女狩りのことは魔法使い達社会進出する時に訴えて、明るみに出ている。

 近年の創作が、基本的に勇者、魔法使い、騎士の三人組で戦っているのは、そういう歴史があるからだろうというのが、コニーの解釈だった。


「……よく調べたなぁ」


 頬を引き攣らせると、チェルシーが誇らしげに胸を張った。


「そりゃ、コニーさんはすごいからね」


「何者なんだよコニーさん……」


 呆れた顔をすると、ルークはふっと息を抜くように笑った。


「ほとんど正解だよ。歴史上に残ってた勇者は、俺のことを指してる」


 なんだか引っかかる言い方だ。目で続きを促す。


「いつの時代も、歴史っていうのは、全てが正しいわけじゃない。生き残った強いやつの都合のいいように伝えられてるのが、歴史なの。魔女狩りもそうだったわけでしょ?」


「……ボク達が正しいと思ってたのも、歪められた歴史だったってことカナ?」


 イマイチ要領を得ないルークの言葉を、リュウホが訳してくれる。

 ルークは何かを言おうとしたが、急に足を止めた。手を繋いでいたチェルシーが転けそうになる。怒って振り返ったけど、ルークの顔を見て、口を噤んだ。


「……ここに連れて来ようと思ってたの?」


 ルークが、なんだか泣きそうな顔をして、笑う。彼はチェルシーの手を離して、目的地に──インの墓に駆け寄った。

 墓は、ロイや他の人達でちゃんと磨いたから、古ぼけているけれど、ちゃんと名前が分かる。ルークは、彼の墓をじっと見て、目をぎゅっと閉じた。大きく深呼吸して、フィズ達を振り返る。


「さっきの話に、答えを返してなかったな」


 ずっ、と鼻を鳴らすと、ルークはインの墓石を撫でる。


「ほんとのほんとの勇者は、俺じゃない。彼──インだよ」


「…………」


 やっぱり、という気持ちはあった。なんとなくだけど、話の流れで覚悟はしていた。だけど、それ以上になんでという疑問が、頭を回る。

 不服そうな顔をしていたのだろう。フィズの顔を見ると、ルークは目尻を下げた。


「……この前さ、俺、あんたに怒られてショックだったけど、でも、嬉しかったよ。たぶん、チェルシーちゃんもリュウホも怒ってくれるよね」


「……そうだと思う」


「それがさ、インのことで怒ってくれてる気がしたっていうか。とにかく嬉しかった。昔はね、俺しか──インだって状況を受け入れちゃって、怒らなかったんだ」


 ちらりとリュウホの方を見る。言いづらそうなのを察して、リュウホは代わりに言った。


「……黒髪ダカラ、勇者にはなれないって?」


「うん。そう。さすがリュウホだね」


「…………」


 チェルシーが眉を寄せる。だけど、黙って聞いていた。

 そんなチェルシーを一瞥すると、ルークはインの墓の横に腰を下ろす。


「……俺が生きてた時代はね、魔法は、まだあんまり使える人はいなかったな。なんか、時々不思議な人達がいるって、その程度の認識だった。まあ、そこらへんは、今とあんまり変わんないね」


「うん」


 フィズも最初はそうだった。特別な人達がいるって思って、自分がこんなに関わることになるなんて少しも思ってなかった。


「今よりも戦争が多くてね。あちこちそればっかり。でもこの国は、あんまり強くなくって……だから、強い国と同盟を結ぶことにしたんだ」


「…………」


「王様は、自分の娘を他国に嫁にやって、食料や土地を献上する代わりに、魔法を学ぼうとした。その他国が、東方の……今の、リュウホがいる国でね」


「アー、教科書に書いてあったヨ。色んな国に教えに行ってたんだってサ」


「そうそう。で、その魔法を教えに、東方の国から来たのが、インだったんだ」


 それまで淡々としていたルークの声が、嬉しそうに跳ねた。

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