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物心がつく前、それこそ生まれた頃から、自分が違う人だった記憶があった。
その記憶よりも体が小さなことに、幼い頃はずいぶんと混乱した。今まで出来ていたことが出来なくなるのは相当なストレスであったし、自分の中に違う人の記憶があるのは、幼心に怖いものだった。
状況に慣れるまでは、しょっちゅう癇癪を起こしていたし、両親、特に母親をずいぶん困らせてしまった。自分は、相当手のかかる子供だったと思う。
どうやら自分が生まれ変わったのだと分かってからは、思い通りに体が動かないストレスも、記憶が混濁することも少なくなり、癇癪を起こすことは無くなった。
両親は、前世の話を馬鹿にすることはないが、けして信じることはなかった。懸命に話しても困った顔をするばかりで、夢や作り話だと思っているようだった。
そんな調子だったから、次第に誰にも話すことはなくなった。親を困らせないようにしようと思うくらいには大人で、でもけして誰にも理解されないのだと拗ねる子供だった。
前世の話は、普通の人は覚えていないものだというのも、この頃に分かった。そこで忘れてしまえばよかったのかもしれない。
だけど、自分のようで自分ではないその人は、けして忘れるなと言っているようだった。志半ばで最期を迎えたのも分かったから、ただひたすらに、今度は失敗しないのだと言い聞かせて、生きてきた。
それでも時折――フィズに出会ってからは特に――どうして記憶が残っているのだろうと思うことがある。
もし忘れていたら、自分は、魔法の学園になんて通わず、普通に生きていただろうか。
「…………」
目を開けると、もう昼過ぎだった。なんだか体がダルくって、ここのところ眠ってばかりだ。
(父さんと母さん、どうしてるかな……)
ルークの体は、空っぽの状態なので、傍から見れば原因不明で眠っている状況だ。きっと心配しているだろう。幼い頃から、自分は親に心配ばかりかけている。久しぶりに夢を見て、なんだか昔のことを思い出してしまった。
今までは昔の思いだけで強行突破したけれど、自分の考えていることがあまり現実的ではないのは、もう分かっている。世界を壊すなんて、今の体じゃまず無理だ。
かといって、この燻った思いをどうすればいいのか、ルークはいい答えを知らない。
「あー、もう……っ」
頭をかくと、ルークは立ち上がる。
ずっと同じ場所に一人で居るのは、どうにも気が滅入る。適当に身支度をすると、ルークは家を出た。
家族と最近引っ越してきたこの街は、ずっと昔、ルークが住んでいた場所の近くであった。
いい街だと思う。昔よりもうんと華やかで、人も物も豊かになった。
そうやって昔とは景色が違うようで、似通ったところがたくさんある。だからよけいに思い出してしまうのかもしれない。
本当に、どうして覚えているのだろう。この思いはどこにやればいいのだろう。
「よう。元気か?」
ぽん、と肩を叩かれて、ルークは飛び上がった。後ろを振り返ると、フィズの兄が笑って立っていた。名前は、確か、フェリオだ。
「……久しぶり」
前は、作った魔物の行く末や、彼の動向を観察したりして、一方的に顔を見る機会が多かった。だけど、フィズに魔物を作るなと言われてからは、すっぱり止めていたから、久しぶりに見る顔だ。レオーネとしてもそうだろう。だからそう言ったら、フェリオは首を傾げた。
「『久しぶり』? 俺らは初対面だろ、ルーク」
心臓が飛び上がる。とぼけようとしたけれど、相手は確信を持っているようだった。ルークの一瞬の躊躇いの隙に、フェリオは次の攻撃を仕掛けてくる。
「人の妹と親友、ずいぶんと引っかき回してくれてるみたいじゃん」
薄く笑うと、フェリオはルークが腰掛けるベンチに座った。
フェリオは勘がいい。会った瞬間に気がついた可能性も考えたが、この言い方だと全て知っているのだろう。ということは、フィズがバラしたのだろうか。
「あ、妙なことは考えるなよ。お前がなにかする前に、俺はお前を助ける自信がある」
「……なにその脅し文句」
「お前の思い通りにはなりませんよってこと」
自信満々な態度が鼻について、ルークは眉を顰めた。
妹の方は慣れたけれど、兄のほうはやはりイラつく。今すぐ逃げ出したい。
レオーネの体が人質として機能しないのなら、今ここで被害者として振る舞えば、逃げられるだろうか。
「ちなみに、俺に襲われるって叫んだところで、どうにもなんないぞ。俺はお前が作った魔物のおかげで、本物の勇者よりも勇者っぽい扱いになってるからな」
だけど、その前に、一歩先を読んでいたフェリオに牽制された。
思わず横を見ると、フェリオは挨拶してきた子供に手を振っている。
「あはは。あの子いつも『結婚して』ってくるんだよ。かわいいよなー」
「……あんた、卑怯な手も思いつくんだな……」
卑怯な手を読めるのは、同じくらい卑怯な人か、そういう人に会ったことがある人だけだ。フェリオは、綺麗なところにいる人だと思っていた。
「今言ったことそんなに卑怯かぁ? 世界滅ぼしたいとか言うわりに案外おこちゃまなんだな」
フェリオがにやっと笑う。ルークは面食らって、瞠目した。
頭は使わない人だと思っていた。けれど、その評価は改めないといけないかもしれない。
案外頭の回る男は、しかしなんの他意もなさそうな顔で、目の前のファーストフード店を指した。
「あ、そういやお前昼食べた? なんか食う? 奢るぞ」
「いや、別に……」
なにが楽しくて、食えない男とランチを楽しまなければならないのか。
断ろうと振ったその手を取られた。
「ちょっと、俺、腹減ってないんだけど!」
「あ、そう? じゃあ俺が食べるの見といて」
「なんでだよ。嫌だよ」
強引な誘いに抵抗するが、無理矢理引きずられる。
ルークが勇者と間違えただけあって、フェリオはとても力が強かった。
「――お待たせー」
戻ってきたフェリオが、二人分のハンバーガーを置く。
隙を見て逃げようと思っていたが、ルークも腹が減っていたからか、フェリオが注文をする間に逃げることもせず、大人しく待ってしまった。
「いらないって言ったのに……」
ふて腐れるふりをしながら、ハンバーガーに手を伸ばす。だが、その前にフェリオが持っていってしまった。
「両方俺のだけど?」
「は?」
ぽかんとして、中途半端な体勢のまま固まる。そんなルークに、フェリオはにっこりと笑った。
「腹減ってないんじゃなかった?」
「…………」
「ははは。小さい頃のフィズと同じ反応」
指をさして笑うフェリオを思い切り睨みつける。フェリオはひとしきり笑った後、ハンバーガーをルークの手に乗せた。
「冗談だって。ほら。食べろ」
それから自分のポテトをトレーの上に出すと、ひょいとつまんだ。
「……なにが目的だよ」
「早く食べないと無くなるぞー」
「マナーわっるいなあんた!」
ルークの分のポテトにまで手を伸ばしてきた。ポテトを死守すると、ルークは急いで詰め込む。
今世では一人っ子だったし、前世でもルークの食事を横取りしようとする人はいなかった。こんな食事は初めてだ。
「おーおー。食うの早いな」
原因がなにを言っているのか。睨めつけると、フェリオは楽しそうに自分のポテトを出した。
「いっぱい食べな」
「は?」
「あと、詰め込みすぎると咽せるぞ。ちゃんとジュースも飲め。ほら」
当惑しながらも、手を伸ばす。警戒したが、今度は手を引っ込めるような真似はしなかった。
「……なんなんだよ、あんた」
堪らずに問いかける。フェリオは首を傾げた。
「名前知らなかったっけ?」
「そうじゃない」
すっかり相手のペースなのが悔しい。目を細めると、フェリオをじっと見つめる。
「なんの目的で、俺に絡んできてんの?」
怒りを向けられるのだと思っていたのに、食事に誘われて、ちっともなにも話さないし、わけがわからない。苛立つルークに、フェリオは目を瞬かせた。
「……そうだなぁ……色々あるんだけど」
「色々?」
「初代の勇者ってどんなやつなんだろってのと、フィズとレオのことでムカついたからからかおうかなって思ったのと……あとは、お礼」
「お礼?」
思ってもみなかった答えに、ルークは目を丸くした。フェリオは肯くと、指先を立てる。
「ほら。クレアちゃんがストーカーに狙われてた時のな。助けてくれたって聞いたからさ」
「…………」
言葉を失った。固まるルークに、フェリオは深々と頭を下げた。
「妹と友達を助けてくれてありがとうございました」
「あ、いや……」
「妹が話してくれなかったもので、お礼が遅くなりまして、すいません」
丁寧な対応に、ルークは思わず首を振る。フィズの話では、いったいいつ野生に帰るか分からない人だと思っていたのに、思ったよりもずっと人間だ。
ルークも釣られて頭を下げる。
「俺……僕が妹さんに口止めをしてたもので……こちらこそ、危険な目に遭われたのに、ご家族へのご報告を怠っていて、申し訳ありません……」
「いや、ほんとにな」
「元に戻るの早すぎでしょ」
ツッコミは入れたが、ホッとした。なんだか、急に親が乗り込んでくる先生の気持ちが分かった気がする。
と、いうかだ。もし話すとすれば、「お宅の妹さんを人質に取っているのですが、危険な目に遭われたのでご報告をしようと思いまして」とか言うのだろうか。コントか?
「まあ、フィズとレオのこと利用したのは許せないんだけど、助けられたのは本当だし……ついでにお前の話も聞こうかなと思ってさ」
「肝座りすぎでしょ……」
情緒はどうなっているのだろう。
「フィズが話したことあんまり驚かないんだな」
「……別に。見張ってるわけじゃないんだし、普通に考えたらこっそり話すでしょ。あの子、素直すぎ」
でも、人質がいる限り裏切らないと思っていたから、フィズが人に助けを求めたのは、なんだかショックだった。てっきり、二人の間だけで解決されるものだと思いこんでいた。他の人は、入ってきてほしくないのに。
「……一応、フィズがこれを話した相手は俺じゃなくて、アリスだからな」
「一緒じゃん……」
目を伏せる。
話した相手が兄じゃないのだから、フィズは一応約束を守っていることにはなる。当たり前だ。フィズがレオーネを切り捨てるはずがない。本当に見捨てられたのは、きっと、ルークのほうだ。
「あのなぁ」
ルークの表情に何を感じたのか、フェリオはつまらなそうに頬杖をついた。
「フィズもレオもリュウホも、アリスまでお前のこと助けたいと思って頑張ってんのに、その反応はあんまりだろ」
この兄妹といると、驚いてばかりだ。ぽかんとするルークに、フェリオはわざとらしくため息を吐いた。
「フィズは『ルークと約束したから』って全然話してくんないし、レオはお前に乗っ取られてるし、アリスはリュウホと研究の話してるし……俺の相手してくれるやつって、じいちゃんばあちゃんと、あとリュウホの彼女のクレアちゃんだけだぞ」
「人の彼女と遊ぶな」
「はは。人の妹で遊んでるやつに言われたくないなぁ」
押し黙るルークを鼻で笑うと、フェリオは指先を振った。
カップのふたが開くと、中のコーラが球状になって出てくる。
「きっとそのうち、フィズが話しにくると思う。お前はそれを、拗ねずにきちんと聞いてやってほしい」
子供じゃないんだから。そう言おうと開いた口に、コーラを入れられる。炭酸が舌の上で弾けて、コーラの味が広がった。
「もちろん、レオに危害を加えるのも禁止。分かったか?」
酷く楽しげなフェリオに、何か言おうとしたけれど、宙に浮かぶコーラを見て諦めた。




