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スマホを握りしめ、フェリオはアリスの家の前にいた。
液晶画面を何度見たって、フィズからのメッセージは「お兄ちゃんは来ちゃだめです」と書いてある。フェリオは何度したか分からないため息を吐いた。
「フェリオくん。メッセージの内容、まだ変わらないの?」
笑いと呆れが混ざった表情で、通りかかったチェルシーの母が問いかけた。
フェリオはもう一度画面を睨んで、ゆっくりと首を振る。
「変わんない……」
「そう……」
いったい、フェリオがなにをしたというのか。──いや、色々やらかしてはいるが、アリスに話せてフェリオに話せない内容とはいったい。
女同士の話じゃないか、とアリスは言っていた。それなら女装して割り込もうかという提案は、わりと強めに止められた。
こんな衝撃は、「お兄ちゃんとはもうお風呂に入らない」と言われた時以来である。
仲間外れはよくない。なぜなら、フェリオが傷つくから。
「……もしかして、ずっといたの?」
スマホをもう一度睨みつけたところで、待ちわびていた声がした。
「おかえり、アリス!」
「ただいま」
「フィズ、なんだって?」
話してくれなかったら、もう諦めて帰るしかない。
不躾に問うフェリオに困った顔をすると、アリスは鍵を開けた。
「……魔物のことについてね、相談を受けたの。フィズちゃん、なんかちょっと大変なことになってるみたい。レオーネも」
中に入って行く彼女を追う。
「え、なんだそれ」
心臓が破裂しそうだ。不安を抱くフェリオに、アリスは順を追って説明をした。
話が進む度に、顔から血の気が引いていく。そんなことになっているなんて。
フィズが巻き込まれたのは、自分のせいだ。いつもいつも、肝心な時に役に立たない。
拳を握ると、アリスがその手を掴んだ。
「あなたがフィズちゃんやレオーネの無事を顧みない子だったら、人質にはされなかったかもしれないけど、フィズちゃんの人生が暗いものだったと思うわ。ね。フェリオくんは落ち込む必要ない。相手が卑怯なのよ」
「でも……」
頭では分かっている。それでも落ち込まないなんて無理だ。今すぐに飛んで行きたい。
なにも出来ないのが歯痒くて、下唇を噛む。
「フィズちゃん、あなたのこと褒めてたわよ。大好きなのね、フェリオくんのこと」
アリスがおろおろし始めたので、フェリオは少し冷静さを取り戻そうとした。努めて明るく笑う。
「まあ……ほとんど俺が世話してたしな」
その笑顔に、アリスはほっとして、それから首を傾げた。
「そうなの?」
「おう。親代わりみたいなことある。まあ、四つしか離れてないけど」
両親は家を開けることが多かった。小さな頃は祖父母の家に行ったりもしていたが、学校が始まると通うことは難しくて、必然的にフェリオが家事やフィズの世話を担っていた。
アリスの目が丸くなる。
「……すごいのね」
「大したことしてねぇよ。簡単に家事して、一緒に遊んでただけだし」
「でも、女の子の遊びに付き合ってたんでしょ?」
「……いや、フィズの方を無理矢理特訓に付き合わせて……」
フェリオはフィズが大事だが、彼女に合わせたことはない。どこにでも着いてこようとするフィズを張り切って連れ回していたし、危険なこともさせていた。一度、彼女のことを忘れて暗い洞窟に置いてきてしまったこともある。
「…………」
「……今は、悪いことしたなぁと思ってる……」
半眼を向けられ、フェリオはさっと視線を落とした。黙って聞いてくれていることもあって、最近思っていたことをこぼす。
「俺さ、最近まで、俺が楽しいことは全世界の人間が楽しいと思ってたところあって……正直だいぶウザかったと思う」
喉を潤す為に飲んだ唾の音が、やけに鮮明に聞こえた。アリスの反応を見るのが怖くて、フェリオは俯く。
「だからかしんねーけど、あいつは絶対になにかを人に押しつけたりしないんだ」
だから、フィズにレオーネのことを任せられた。レオーネも一緒だ。フィズが嫌がるようなことは絶対にしないと思ったから、二人のことを、二人に安心して任せることが出来た。
でも、アリスのことは、どうにも出来ない。たくさん考えたけど、誰に任せるのも違う気がして、彼女の力が必要なのもあって、結局自分の傍に連れてきてしまった。
「……ごめんな」
謝っても、どうしようもない。それが分かっているから、黙っていようとずっと思っていた。きっと、自分が楽になりたいと押しつけることになるだろうと。でも、我慢出来ずに吐き出してしまった。
急な謝罪に、アリスは首を傾げる。困らせていると分かったけど、止まらなかった。
「俺、お前らにも押しつけてたんじゃないかって。思ってて」
当時、悩んでいた二人にずいぶんな対応をしていた。
ああすればいい。なんでこうしないんだ。それは、ただのフェリオの理想で、それが出来ない人からすれば、重荷だっただろう。
アリスに至っては「それくらい許してあげろよ」とか言ってしまった。それくらいなのかどうか、彼女を傷つけた人を許すか、それを決めるのは彼女自身なのに。
振り返れば振り返るほど後悔ばかりで、自分が情けなくなる。
「え、あ、あの、フェリオくん」
ぼやけていた視界に、自分がどんな顔をしているかを悟って、下を向いた。
「ちがっ……泣くつもりはなかっ……」
ぼろぼろと零れて、抑えられなくなった。次々に溢れる涙が止まってくれない。
「うー……」
どうにもならなくて、目を擦りながら地団駄を踏む。こんな風に泣く気はなかった。
アリスも、レオーネも、フィズも、元からフェリオに怒っていない。だから謝るのも違う気がして、ずっと知らないフリをして笑っていようとも思っていた。なのに。
「え、えっと」
狼狽えたアリスが、手を伸ばしてくる。
「レオーネね、フェリオくんが遊んでくれたりお話してくれるの嬉しいってずっと言ってたわよ。楽しいって」
ぽん、と頭を撫でられて、フェリオは顔を上げた。
「フェリオくんがいてくれたから、レオーネはフィズちゃんと会って、変わっていけたのよ。フィズちゃんだって、あんなにフェリオくんのこと大好きなんだもの。人の為を考えて、行動出来るあなたは、すごいのよ」
ゆったりと撫でられる。いつもフィズの頭を撫でているが、自分が誰かに撫でられるのは、記憶にある中では初めてだった。
いつもフィズが嬉しそうにしている気持ちが分かる。自分の中のなにかが急速に満たされる感覚で、フェリオは胸がぎゅーっとなった。
空白が、脳を埋める。言葉が大事だと、レオーネが言っていたけど、フェリオはいつもそれが出来ない。だって、自分がなにを考えているのかも、よく分からないから。
「アリスは?」
「え」
「アリス、俺のこと、どう思ってる……?」
あまり好かれていないだろうとは分かっている。それでも反対の言葉を求める理由を探ろうとしたけど、結局よく分からなかった。
「わ、たしも」
掠れた声が、それでも望む言葉をくれる。
「私も、フェリオくんのこと好きよ。親友じゃない」
急速に膨らんだなにかが弾けて、彼女を衝動のままに引き寄せた。抱きしめると柔らかい。彼女と同じ言葉を口にしようとして、そこでハッとした。
さっきは言わせてしまったが、誰かの彼女にむやみに好きだと言ったり、抱きついたりするのは良くないのだ。よく言われた。
(……あれ。でも、もうレオの彼女じゃないんだっけ……?)
じゃあ、いいのか。抱きしめても、好きだと言っても。それでも。
自分の口角が上がっていることに、フェリオは気づかなかった。
「俺も」
よく聞こえるように、赤い耳元に唇を寄せる。息を吐くように、伝えたかった言葉を吐き出す。
前から言いたかったけど、我慢していたことだった。誰からも好かれないなんて馬鹿なことを考えている彼女に、ずっとずっと叫びたかった。
「俺も、好きだ」
それからすり寄ると、アリスが肩を揺らして、なんかデカい声で叫んだ。
「し、親友だもんね!?」
「? うん」
頷くと、首を傾げるフェリオの肩を掴んで、アリスは距離を取ってきた。
「親友だから好きなんだもんね!」
「そう言ってんじゃん。信じれないなら、何回言ってもいいけど」
アリスはぶんぶんと首を振る。
いいのか。少し、いや、かなり残念だ。
下唇を尖らせたが、慌てているアリスが面白くって、とうとう堪えきれずに笑ってしまった。




