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「……フィズ」
低い声が耳たぶを打つ。ぞわぞわとくすぐったくて、フィズは慌てて距離を空けた。拳一つ分の距離にほっとして、それでも逃げたいとは思わない自分に驚いた。
「なに……?」
「もらったの?」
一瞬なんのことだか考えて、ヘアピンのことだと分かった。首肯すると、ふうんと無感動な相づちが返ってくる。
「お詫びだって。レオくんにはクッキーくれたよ」
「……あー……そっか。お礼も言わずに追い返しちゃったな……」
ここで、バツの悪そうな顔をするレオーネが堪らなく好きだ。肩を揺らして笑うと、レオーネはわざとらしく不満げな顔をした。
「なんだよ」
「だって、さっきまでは怒ってたのに」
「確かにね……」
レオーネは眉を下げて笑うと、フィズの手元から紙袋をひょいと取った。
「これ、おやつに一緒に食べようか?」
「うん」
顔を輝かせるフィズの頭を撫でると、リビングに向かう。
それを追いかけながら、フィズはレオーネの袖を掴んだ。
「お礼、また会った時に言えばいいよ。あたしからも言っとくし」
「うん。ありがと」
二人でソファに座ると、視線を寄越したレオーネが、眉を寄せた。
「どうかした?」
あまりに険しい顔をするので、お腹でも痛いのかと心配になった。
レオーネは一瞬躊躇うような素振りを見せたが、フィズの頭に手を伸ばした。
「……あんまりこういうこと言いたくもないんだけど……」
その手が、ヘアピンをそっと抜き取る。
「俺の前では、つけないでほしいな」
ぽかんとするフィズをじっと見ると、お願いをした。ヘアピンをテーブルに置くと、レオーネは距離を縮めてくる。
顔が熱い。顔を背けると、レオーネは肩を抱いてきた。
「俺への警戒心を、少しでもルークに向けてほしいな」
なんで、と言いかけた唇をなぞられた。肩を跳ね上がらせるフィズにくすりと笑う。
「誰にでも分け隔てなく接するのは、きみの長所だけど、恋人としては心配になるんだよ」
そうは言っても、こんな、心臓を握られているような思いをするのはレオーネに対してだけなのに。
だけど、ルークの態度は、確かにレオーネが向けてくるものと似ている気がした。
どうしたらいいか分からなくて、結局はあい、と力なく返事をする。それからレオーネを見て、映った眼鏡に、今度は、フィズは顔を顰めた。
「…………」
手を伸ばすと、眼鏡を取る。
「……誕生日プレゼント、眼鏡にすればよかった」
そしたら、見なくて済んだかもしれないのに。手にした眼鏡を睨みつけると、畳んで、机に置いた。
「眼鏡にしたらよかったー……」
ぽかんとしてるレオーネに抱きつく。誤魔化すように胸に顔を押しつけるが、視界がぼやけてきた。
「…………」
レオーネは、フィズを見て、眼鏡を見て。それからもう一度フィズを見て、ようやく我に返った。
「え、えと、ごめん。あの」
相変わらず、非常事態に弱い人だ。いっそ哀れなほどに慌てるレオーネに、フィズは顔を上げた。
じっとりと睨めつける。レオーネは目を泳がせ、掠れた声で答えた。
「万年筆はあの、壊れないようにしまってあるっていうか……」
「使えー!」
「ごめんなさい!」
胸ぐらを掴む。謝っているのでこれ以上は止めておいたが、まだ不満はある。
手を離すと、フィズは彼の手を自分の頭に乗せた。
強制的な撫でろの合図に、レオーネは躊躇いがちに手を動かす。目をつむって受け入れると、抱きしめられた。
わしゃわしゃと撫で回されて、フィズは口を尖らせた。
「抱きしめる許可はしてないです」
「えーしてよう……」
ぐりぐりと頭を押しつけてきた。思わず笑ってしまって、フィズも彼を撫でる。しばらくそうしていると、レオーネがふと呟いた。
「俺も、フィズになんかあげたいなぁ」
「え?」
「フィズの誕生日はほら、俺がプレゼントみたいな感じだったし……なんか、分かってはいたんだけど、誕生日とか、あんまり頭になくてさ……」
それは、まあ、そうだろう。悩むレオーネに苦笑すると、フィズは彼の顔を覗き込んだ。
「いいよ、別に。レオくんがプレゼントなの嬉しいから」
レオーネが動きを止めた。首を傾げると、じわじわと頬を赤らめていく。
「ね。あたしのだもんね?」
追い打ちをかけるように笑いかけると、レオーネは目線をずらした。
「ねー、レオくん」
袖を引っ張る。レオーネは恨めしげにフィズに視線を寄越すと、蚊の鳴くような声を出した。
「……フィズのだよ」
「ふふ」
肩を揺らして笑う。とびきり嬉しくて、止めようとは思うけど止まらなかった。
「…………」
ふいに手を伸ばしたレオーネが、フィズの顎を掴んで持ち上げる。
きょとんとするフィズの顎をなぞると、レオーネは顔を近づけてきた。フィズが驚く暇もなく口に柔らかいものが当たって、離れていく。
「フィズのことも、俺にくれる?」
固まるフィズに微笑むと、レオーネは唇をふにふにと触って遊び始めた。
言葉の意味と、今されたことを考え、理解して、フィズは彼の顎を掴んで押し返した。
「いった!」
「もー、この人やだ!」
「え、なんで、傷つく!」
この人には、本当に、ずっと勝てない。
慌てるレオーネを睨みつけると、せめてもの意趣返しに、彼の頬に口づけた。




