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フィズの言ノ葉魔法論  作者: 七篠空木
言葉は廻る
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「ええと……うん。そうだよ」


 頬をかくと、彼はへらりと笑った。

 反射的に抱きつこうとして、直前で思いとどまる。


(あたし、途中までルークだって気がつかなかったしな……)


 最初から違和感はあった。レオーネとルークは雰囲気が違いすぎるので、なんとなく違うと分かるのだが、それでも絶対に見分けることが出来るかと言うと、残念ながら自信はない。


「……ちょっと待ってて」


 部屋に自分のスマホを取りに行くと、電源を落とした。

 レオーネとルークの圧倒的な違いは機械の扱い方だ。ルークは価値観が古代で固まっているわりに、最新機器は扱える。きっと元々そういう物に強いのだろう。


「これ、電源入れてみて」


「そ……それくらい出来るよっもうっ」


 彼は目をつり上げるとスマホを受け取る。それから左横にあるボタンを長押しした。


「……あ、あれ? つかない」


 だけど、いつまで経ってもつかなくて、焦り始めた。ボタンを連打して、それからなぜか、水平に持ち上げて裏を見る。

 持ち上げなくても、ひっくり返せばいいのに。それに、スマホの裏なんてカバーが見えるだけだ。


「え、なに、なんで? 壊れた?」


 顔がさあっと青くなる。おそるおそる視線をフィズに向けた。助けを求めている顔だ。


(レオくんだ……)


 こんなことで見分けられるのもどうかと思うのだが、しみじみと感じてしまった。

 フィズは笑うと、スマホをとん、と指す。


「レオくん。それね、音量ボタンだよ」


「え」


 肩を揺らすと、レオーネは今まで押していたボタンを見て、目尻を赤くした。


「あ……ほんとだ」


「『ほんとだ』って……分かるの?」


「わ、分かるよっ二つ並んでるもん。電源は一つのやつでしょ?」


 言い訳しながら見つけた電源ボタンを長押しする。大量の光が顔に当たって、レオーネは目をぎゅっと閉じた。


「眩しい……」


 かわいい。飛び出てくるものを堪え、フィズはくすくすと笑った。


「ふふ。レオくん、おかしい」


「……そんなに笑わなくてもいいだろ……」


 むすっと怒った顔をするが、フィズの笑い声に釣られてレオーネも破顔した。

 二人でソファに座る。こうして話すのは、本当に久しぶりだ。


「どうして出てこれたの?」


「うーんと……ルークがしょんぼりしちゃって」


「しょんぼり……」


 言葉のチョイスにツッコミを入れたかったが、とても真剣な顔だったので、すんでのところで飲み込んだ。フィズの微妙な気持ちが伝わったのか、レオーネは顔を赤くして、咳払いをした。


「……すごく凹んでるから、体はその隙に取り返せちゃった」


「ふうん……」


 確かにすごく傷ついているようだった。だけど、そんなの知ったことではない。


「でも、よかった。レオくんが戻ってきて」


 もうなにも考えたくない。色んなことがたくさんあって、疲れてしまった。


「もう大丈夫だよね。ね」


 縋るようにレオーネの袖口を掴むと、レオーネは眉を下げて、困った顔をした。


「……ごめんね。今は、ルークが眠ってるだけだから、きっと起きたら乗っ取られると思うんだ」


「なんで……」


 意思の強さに関係していると言っていた。もしかして、一緒にいたくないのだろうか。

 視界が歪む。この頃泣いてばっかりだ。溢れてくるものを堪えずにただ震えていると、手が伸びてきた。


「……俺、あの子が動いてるのをずっと同じ目線で見てるみたいな感覚で……感情とか考えてることも全部伝わってくるんだけど」


 袖を掴んでいた手をそっと離された。

 聞きたくなくって耳を塞ごうとするけど、両手をそっと握られて、それは叶わなかった。


「あのね。さっき、ロイの話になった時、ルークは差別がしたかったわけじゃなくってさ」


「知らないもん」


「フィズ」


 名前を呼ばれて、大袈裟に肩が揺れた。逃げようとするフィズの涙を拭うと、レオーネは視線を合わせてくる。

 言葉はなかった。だけど、それが叱られているようで、胸が痛んだ。


「ちゃんと、分かってるでしょ。あの子めちゃくちゃだけど、思ってるよりも……なんか、普通の子だなって」


「…………」


「彼のことを知らないままにして追い出すことも出来るだろうけどさ。でも、フィズが後悔するんじゃないかなぁ」


 ルークが丸っきり話の通じない人ならよかった。追い出して終われるならよかった。だけど、もうそうじゃないと分かっている。


「フィズがこの後、ルークのことでずっと傷つかなくてもいいように、楽になれるように、もうちょっとだけ頑張ろ?」


「……分かった」


 しぶしぶ頷く。相変わらず、人を説得するのが上手い人だ。


「楽できるなら……頑張る……」


 強がりで言ったことも、バレているのだろう。ふふっと笑うと、頭を撫でられた。


「……なんで、あんなこと言ったの?」


 眉を寄せる。

 リュウホのことは気に入っているのに、勇者になった途端にあんなことを言うなんて、変だ。ロイのこともあるし、好きでも、リュウホは違うと言っているようで、フィズは余計に腹が立った。


「……なんだろ。戸惑ってるっていうか、ショックだったっぽくて。『インはだめだったのに』とか言っててさ」


「……イン?」


 聞き覚えのある名前に、思わず聞き返す。ざわりと肌が粟立った。


「うん。単語の意味はよく分かんないけど……かなり動揺してるから、寝てる間に出てこれたんだ。そんなになるなんて、彼にとって重要なことなんだろうと思ってさ」


 唾を飲み込む。

 レオーネの見解は正しい。ルークにとっても、そしておそらくは、ロイにとっても重要なことだった。

 繋がっていくピースに、フィズは思わず身震いをした。


「……()()使()()()()()()()()()()()()


「お墓?」


「そう。()()()()()()()()()()()()()()()


 ロイが珍しい名前だと首を傾げていた。フィズは実際には見たことはないが、相当古い建物の跡地にあって、森に住む魔法使い達とは関係がない人の墓だったという。

 閉鎖的な場所で、そこに住む彼らが関与していない人の墓だとなれば、ずいぶんと前に亡くなった人だということは察せられた。だが、そうなる理由は、見当もつかない。


「そっか。人名なのか……」


()()()()()()()()()()()()()()


「そうだね……」


 言いながら、なんとなく分かってしまった。でも、こうだと確信を持つには、少々心許ない。


「……とりあえずさ。あの子は、()()()姿()に動揺してるようだった」


 それはレオーネも同じだったらしい。彼らの国のことは、フィズには想像もつかない世界で、そうすると、住んでいる人に聞くのが一番だ。


「だから」


「リュウホ」


 遮って名前をあげると、レオーネは頷いた。それから、もう一人の名前をあげる。


「あとアリスにも相談してみてほしい。彼女、そういうの得意だから」


「…………」


 思わず黙り込んでしまう。フィズの肩を叩くと、レオーネはガッツポーズをした。


「大丈夫。フェリオじゃないんだし、ルークとの約束を破ったことにはならないよ」


 そうじゃ、ない。そうじゃないのだが。

 咄嗟に考えたことが、「頼りにされていてずるい」なんて、かっこ悪くて言えなかった。それに今の状況ではつまらない理由だ。


「あと、なんか怖いイメージがあるかもしれないけど……フィズ?」


「……分かった。相談する」


 彼女がこういうことに強いことも、優しいことも分かっている。フィズの嫉妬心なんて優先されていい感情じゃない。

 でも、分かっていてもこれ以上聞いていたくなくて、ついつい強い口調で話を切り上げた。

 レオーネがきょとんとする。ふて腐れるフィズに思案して、それから頭を撫でてきた。


「この前、行けなくてごめんね」


 まったくである。レオーネは少しも悪くないのに責めてしまいそうになって、フィズはそっぽを向いた。


「ううん。仕方ないよ。誕生日だったのに災難だったね」


「……うーん、誕生日はいいんだけど……」


 冷たい口調に苦笑すると、レオーネは寂しそうな声を出す。

 フィズが顔を向けると、レオーネは囁いた。


「フィズと、出かけたかったな……」


「ッ」


 肩が揺れる。心臓が鷲掴みされて、フィズは思わず視線を落とした。これ以上見ていたらおそらくフィズは死んでしまう。


「ま、また出かけようよ」


「うん……」


 彼が動く気配がした。少しでも身動ぎすれば体が触れそうな距離になって、フィズは固まった。

 腕が伸びてくる。触られるのかと身構えたが、その手はフィズの背中にある肘掛けに伸びた。


「あ、あの……近くない?」


 ほっとしたけど、でも、近いままだ。控えめに進言すると、レオーネはしれっと答える。


「いつもこうじゃない?」


「そうだったっけ……」


 そういえばそうだった気がする。久しぶりに会ったからか、それとも、好きだと気がついてから初めて会ったからなのか、前の距離が異常に思えた。


「フィズ」


 名前を呼ばれる。耳に息が当たってこそばゆい。


「顔が見たいな」


 思わず叫びそうになった。

 なんだそれ。なんだそれ。ずるい。


「ち、ちょっと離れて……!」


 慌てて手を突き出すと、レオーネはその手を握った。顔を上げられないフィズに、レオーネは小首を傾げる。


「……なんで?」


 それを、言わないといけないのか。でも、今まで散々スキンシップを重ねてきて、急に拒否するなんて理由が気になるのかもしれない。


「は、」


 ほとんど息だけになってしまった。フィズは思わず後退るけど、直ぐ後ろは背もたれだったし、手を掴まれているせいで距離は離れない。


「恥ずかしいから……」


 観念して、呟く。蚊の鳴くような声だったけど、伝わったらしかった。

 ふっと笑う気配がして、手を強く引かれた。フィズはレオーネの胸に収まる。驚いて離れようとするけど、その前に抱きしめられた。

 こういう強引なことを、ルークがレオーネの体ですることは何度かあった。でも、レオーネ本人にされるのは初めてだ。

 こんな風に動きを強制されて、嬉しいなんて、どうかしている。


「フィズ」


 掠れた声が耳たぶを打った。指先が顎をなぞらえて、フィズは再び上を向かせられた。

 熱っぽい瞳と目が合った。魔力交換はしていないはずなのに、熱を移されたように温度が上がってきて、くらくらして、のぼせそうになる。

 レオーネの瞳が近寄ってきた。これ以上見ていられなくて目を閉じると、囁かれる。


「あのね。俺()、フィズのこと好きだよ」


「……。ん?」


 フィズは動きを止める。なんだか、聞き逃せない言い方をされた気がするのだが。


「ずっと抱きしめたかったけど出来ないし……ルークと仲良くなるし、気が気じゃなくって……」


 そこでフィズは、先程ろくに聞いていなかったレオーネの言葉を思い出した。

 ルークが動いているのをずっと同じ目線で見ているような感覚。と、いうことはだ。


「え、あ、あの、レオくん」


 震える声で尋ねる。雰囲気が違うことを感じたのか、レオーネは話すのをやめた。


「今までの会話、全部聞いて……?」


 もし、そうなると、だ。

 フィズは、レオーネに向かって、好きだのなんだのと、言い続けていたことになる。


「……あ」


 レオーネはフィズの言葉を受けて、たっぷり考えた後、目を逸らした。


「そんなこと……ないよ?」


 誤魔化すの下手くそにも程がある。


「ううん! 『あ』って言ってた! 『あ』って言ってたよ! それに『やべえ、言っちゃった』みたいな顔してたもん! レオくんの! レオくんの 馬鹿!」


 暴れて離れようとするが、レオーネは離そうとしてくれない。さっきと違って全く嬉しくなかった。


「いや、いやごめん。違うんだ」


「なにが違うの!」


「ええと、問題の箇所は聞けてなかったっていうか……」


 そんな都合のいい難聴あってたまるか。


「さっき言ってたもん! バッチリ聞いてたじゃん馬鹿! えっち!」


「ぐ」


 フィズの勢いに押されていたレオーネだったが、誤魔化せないので観念したのか、開き直った。


「しょ……しょうがないじゃん、だってどうしようもなかったし! むしろ好きな子があんなにかわいいこと言ってるのに、触れもしない俺の身にもなってよ!」


 フィズに衝撃が落ちる。レオーネがこんな言い方をするなんて、めちゃくちゃ珍しい。


「レ、レオくん、図太くなったね……!?」


「おかげさまで!」


 言いたいことを言ってすっきりしたのか、フィズの言葉で我に返ったのか、レオーネは勢いをとめると、頬をかいた。


「……まあでもごめん。今のは急だったし、デリカシーがなかったね……なんかすっかり直接言われた気になってたよ」


「……あたしもごめん」


 互いに謝ると、目が合って、笑いがこぼれた。こんなことで喧嘩するなんて、冷静になったら馬鹿みたいだ。

 しばらく笑って、それからレオーネがふと肩に頭を預けてきた。固まるフィズに、レオーネは甘えるように額を擦りつける。


「俺ね、フィズのこと大好きだよ。フィズは?」


「え」


「直接言われてないからね」


 やっぱり図太くなった。それに意地悪だ。

 睨みつけるが、彼がこっちを向いていないので目は合わない。彼の背中に手を伸ばすと、フィズは口を開いた。


「……好きだよ」


 彼が起き上がる。目が合って、もう一度言いたくなった。


「大好き」


 レオーネが目を細める。額がこつんと合わさって、レオーネははにかんだ。

 大量の光が入ってきたような眩しさに、フィズは顔を逸らした。


「レオくん、あの……」


「……緊張する?」


 連続して頷くと離れていった。

 やめてくれるのか。なんだか意外で、でもその意外なのは、きっと期待をしていたのだろう。ほっとするけど残念に思っていたら、頬に柔らかい感触がした。


「え、」


 思わずそこを押さえて、レオーネを凝視する。レオーネはフィズの前髪をわけると、額に口づけた。

 同じ感触がして、さっきのは、キスをされたのだと分かる。ゆっくり離れていったレオーネはとびきりの笑顔を浮かべた。


「ちょっとずつ慣れていこうね」


「ひえ……」


 死を悟って喉を引き攣らせるフィズに、レオーネはそれはそれは楽しそうに笑った。

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