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フィズは困っていた。さっきから──ルークが変なのだ。
不自然なくらいに話さないし、それに歩いている最中も上の空で、電柱に二回ぶつかって、溝に三回ハマった。
フィズが何回話しかけてもこの調子で、家に帰ってくる頃にはくたくたになっていた。
「はあ……」
部屋に戻るのも億劫で、リビングのソファに倒れ込む。本当、しっかりしてほしい。
おそらく──というか、十中八九ロイの姿を見て動揺していた。
詳しいことは分からないが、昔の親友が東方の子だと言っていたから、きっとルークは黒髪の子に思い入れがあるのだ。でも、それしか分からなかった。
(リュウホの時もあんな感じだったのかな……)
反応したのが黒髪だったのか、ロイだったのかで、話は変わってくる。さらに言えば、彼の境遇や動機、様子からして、ろくな話が出てきそうにない。
だけど、踏み込まなければいけないし、憶測で二の足を踏んでいても仕方ないだろう。
なにより、気になった。
「…………」
重たい首を動かし、横でぼーっとしているルークを見た。
どのように声をかけるべきか。そもそも、気づいてくれるだろうか。考えたけど分かんなかったので、普通に声をかけることにした。
「……ねえ」
起き上がると、ルークの腕をちょいちょいとつつく。
ルークは、緩慢な動きだったが、一応フィズのほうを見た。少しは回復したようだ。
「……なに?」
「今日、どうしたの? 変だよ」
「へん……」
ルークの瞳が揺れる。迷子になった子供のような顔に胸が締めつけられた。
「さっきの……ロイくんって」
「うん」
「なに?」
「…………」
おそらく、こんなことを聞くのだから、彼はなんとなく分かっている。それでも否定したいように見えたから、彼の思う通りにしたほうがいいのか、本当のことを言ったほうがいいのか、迷った。
「ねえ、フィズちゃん」
ルークの声が歪む。結局、寂しそうな声音に負けて、口を開いたけど、どうすればいいかの上手い返答は出てこなかった。
「……勇者だよ」
だから馬鹿正直に真実を言った。
ルークの目がゆっくりと見開いていく。痛む胸を慰めるように、フィズはわざとおどけてみせた。
「黙っててごめんねー。うちのお兄ちゃんはお手伝いをしてるだけの一般人です」
「ゆうしゃ……」
フィズの言ったことを呟いて、噛みしめる。それから、彼は本当に不思議そうな顔で、問いかけた。
「黒髪なのに?」
カッと血が逆流するかのような衝動そのままに、フィズは彼の頬をぶん殴る。ルークは蹌踉けてたたらを踏んだ。それから、傷ついた顔でフィズを見る。
どうしてそんな表情が出来るんだ。縋るような目が鬱陶しくて、でも、完全に見放すことは出来なくて、フィズは彼を睥睨した。
「次言ったら本気で殴るから」
「…………」
ルークは俯くと、部屋に行ってしまった。その姿を見送って、フィズは再度ソファに寝転がる。自然とため息を吐いた。
かつてないほどイライラする。体は重いし、胃も痛い。胃潰瘍とかになったら完全にルークのせいだ。不快指数は高まるばかりである。
「なにが『黒髪のくせに』だよ……なんも知らないくせに……」
思わず吐き捨てる。きっと、前に言われても怒っていただろうが、ロイの事情を知っているから、よけいに腹が立った。腸が煮えくりかえりそうだ。
貧乏揺すりをして、もう一度息を吐く。そこで。
「フィズ……」
隣から声がして、フィズは叫びそうになった。
まさか、さっきの今で謝りに来たのだろうか。力ない声を出すんじゃねえ。
謝るのは立派だと思うが、今はフィズも心の整理がついていないので、後にしてほしい。
険しい顔のまま振り返る。
「さっきのことなら、また明日にしてくれない?」
「いや、ええと……」
まだなにか言いたいのか?
出て行かないなら、フィズが部屋に籠もろう。そう思って出て行こうとすると、その腕を掴まれた。怒鳴ろうとしたフィズの頬を撫でると、ルークは眉を下げる。
「……フィズ。あのね」
あれ。そういえば、呼び捨てだ。唐突に気がついて、フィズは瞳を瞬かせた。
いつもルークはフィズのことをちゃん付で呼んで、こうするのはレオーネの真似をする時だけだ。
からかっているとは、思えなかった。──と、すると。
「……レオくん?」
弾きだされた答えをそのまま、問いかけるように名前を呼ぶと、レオーネは安心したように笑った。




