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「映画で寝て、戦う時に『邪魔』だって言っちゃったとは聞いた」


「……そっか」


 チェルシーはごめんね、と自嘲の笑みをこぼした。

 どうして謝るのだろう。そう思ったけれど、せっかく話し始めたのに遮るのも悪い気がして、辛抱強く待つ。


「かっこ悪いよね、私。いつまでもうじうじ悩んでてさ。解決法はコニーさんに教えてもらってるはずなのに、上手くいかなくって。……フィズは、女の子なのにロイの隣を走れてすごいなぁ……」


 前にロイと魔物を退治した時、心配してくれながらも、「すごいね」と言っていたのを思い出す。

 この子は、ずっとこんな調子で、前だけを見ていたのだろうな。そう思って、なんとも言えない気持ちになった。


「……なんで私、ロイと一緒に走れないんだろう。ただ足を引っ張るだけで、助けられるだけで、こんなんじゃ、私……」


 ぐしゃりと髪をかいた。それがなんだか心を潰しているようで、フィズは顔を顰める。

 見ていられなかったので、その手を取った。せっかく綺麗なのに、髪がぐしゃぐしゃになってしまっている。


「チェルシーはすごいね」


「え……?」


「最初に学園で会った時に思ったんだ」


 手で梳いて直すと、フィズはぽかんとする彼女に笑いかけた。


「あたしの周りもほら、すごい人がたくさんいるじゃん。お兄ちゃんとか、レオくんとか」


「……うん」


「あのね。そんな人に追いつくとか、あたしは考えたことなくってさ」


 絡まった髪をゆっくり解きながら伝える。


「お兄ちゃんやレオくんみたいなすごい人を、あたしはただ『すごいな』って思うだけだったの。比べられたくないとは思うけど、その人に追いつこうなんて思ったことなかった。最初から努力もなしに諦めてたよ」


 特に劣等感を感じていなかったのもある。だけど、最初からなんとなく「ああはなれないな」と諦めていた。


「だから、努力して、誰かに追いつこうとするチェルシーは、すごいし、かっこいいよ」


 髪が戻った。最後にぽんと叩いて離れると、チェルシーの目から涙が溢れた。


「……無駄な努力でも?」


「無駄じゃないよ」


 学園に入ってからの彼女しか知らないけれど、どれだけ頑張っていたのか知っている。強く否定すると、ハンカチを出して渡した。


「だって、どんどん出来ることが増えてるんでしょ?」


「……うん」


「すごいじゃん」


 こう言ってはなんだが、目標が高すぎる。横に勇者がいれば憧れも強くなるのだろうけど。

 言おうかどうしようか迷って、でもたぶんチェルシーは分かっているのでやめた。わざわざ追いつめるのも変な話だ。それはきっと、友達の役割では、ない。


「……そうかな」


 でも、まだ完全には響いていないように見えた。ずっと、それこそ物心がつく前から思っていたことだろう。急に変えるのは無理だ。

 だが、友達が俯いたまま帰るのは、フィズの本意ではない。


「それに、ほら。あたし、最初に会った時、髪短かったじゃん?」


 なので趣向を変えて褒め殺しをすることにした。


「あれね。チェルシーの髪がさらさらでさ。綺麗でかわいくて羨ましいなと思ったからなんだよね」


「え!?」


 チェルシーが飛び上がりそうなほど驚いた。うきうきする気持ちのまま、フィズは言わずにいたことを告げる。


「その前に別の喫茶店で喧嘩してたでしょ? あれ見てたの」


「なにそれ、恥ずかしい!」


「ふふ」


 楽しい。ものすごく。だがこれはあくまでも前情報に過ぎない。本番はここからである。

 不穏な空気を察したチェルシーが後退る。ぎっと椅子が音を立てた。フィズは立ち上がると、逃げ出しそうなチェルシーの肩を押さえた。


「伸ばしたら女の子らしくなるかなと思ったのも、長い時は間違われなかったのがあるけど、たぶんチェルシーが長いからだと思うんだよね」


 彼女の長い髪を掬うと、フィズは指先に髪を巻きつけた。

 床屋ばかりだったのに美容院に行ったのは、チェルシーみたいな子が行ってる場所だからかなと思ったからだ。それに、チェルシーに言われたからアレンジも覚えたいなと思っている。

 デートの日にお洒落しようと思ったのも、チェルシーに誘ってもらったから。

 チェルシーは、フィズが恥ずかしいと言ったら「じゃああんまり恥ずかしくないように」と考えてくれて、恋バナになった時も、嫌ならいいよと言ってくれる。そういう言葉一つ一つが優しくて、だから度々憧れている。


「あたしを含めて、チェルシーに憧れてる人、多いと思うんだよね。ハキハキしていて、美人で、お洒落で、とびきり優しいもん」


 以上のことをつらつらと伝えて、そう締めくくる。

 反応が返ってこないので顔を覗き込むと、チェルシーは赤くなって固まっていた。

 この顔が見たかった。大成功である。満足したフィズは席に戻った。


「みんなさ。誰かのこと、羨ましいなと思ってると思うよ」


 たくさん喋って、喉が渇いた。ジュースを飲むと、フィズは腕を組む。


「だから、それでいいの」


 え、と驚いた声があがる。チェルシーはフィズをじっと見ると、懇願するような目を向けた。


「……いいの……?」


「いいよぉ。それが努力に繋がるんだから」


 わざとのんびり肯定して、それから務めて優しい声を出した。


「でも、ちょっとは自分のこともすごいなって認めてあげなよ。チェルシーはすごい。はい」


「え」


「ご唱和ください」


 戸惑っているが、譲る気はない。わざと目を眇めると、チェルシーは蚊の鳴くような声で繰り返した。


「チェ……チェルシーすごい……」


「チェルシー世界一」


「いや、さすがにそれは恥ずかしい……」


 宇宙一ぐらいは言わそうと思っていたのに残念である。唇を尖らせると、フィズは頬杖をついた。


「きっとさ。ロイもチェルシーのことすごいなって、思ってると思うなぁ」


「……ロイも?」


 チェルシーが訝しげな顔をする。

 この二人は、本当にコミュニケーションを取ってこなかったのだと分かって、フィズは呆れてしまった。


「うん。なんとなくね。あの子あたしと似てるから。聞かなきゃ分かんないけど」


 でも、きっと前までと違って、聞けば答えてくれるだろう。……いや、本人が自分のこと尊敬しているかとは聞けないか。

 どうしようかなと思ったのを知ってか知らずか、チェルシーはふいに笑った。


「うん。話してみようかな」


 はにかむと、チェルシーは背を伸ばして、フィズを見た。


「フィズ、本当にありがとう。フィズこそすごいと思うよ」


 チェルシーの笑顔が見れてよかった。ぱっと顔を明るくすると、彼女の腕が伸びてくる。頬を撫でられた。


「それに、こんなにかわいいもん。もっと魅力的になれると思うよ」


 気を抜いていた頃に反撃されてしまった。衝撃に肩を揺らすと、フィズは赤くなったのを隠すように下を向く。


「え、えへへ……」


「自分が褒めれると弱いよね」


 うるさいやい。チェルシーに半眼を向けると、彼女は眉を下げた。


「……こないだからフィズがなにに悩んでるか、分からないけどさ」


 心臓が跳ねる。瞠目するフィズに目を細めると、チェルシーはフィズの頬を抓った。


「私もリュウホもロイもクレアもさ。離れてるけど、フェリオさんもいつだってそうだし……たぶん、レオーネさんだって、フィズのこと心配してると思うよ」


 その通りだ。リュウホも、クレアもたぶん話すのを待ってくれていると思う。


「整理がついたら、話してくれると嬉しいな。みんなあなたが大好きなんだから。フィズが私にしてくれたみたいに、私だってフィズの力になりたいよ」


 嬉しくて、泣きそうだった。だけど堪えて小さく頷くと、チェルシーはゆったりと微笑んだ。

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