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「ルーク!」
リビングに飛び込むと、洗い物をしているルークに声をかけた。
焦るフィズを見てルークは首を傾げた。水を止めて、フィズに向き合う。
「なに。なんかあったの?」
「チェルシーが、あの、ロイ……友達と喧嘩していなくなったらしくって」
だから捜しに行こうと言おうとすると、ルークは冷笑した。
「あー喧嘩していなくなりそう。分かる分かる」
「こんな時にふざけないでよ」
あんまりな物言いに、思わず叫んだ。
ここ最近妙に優しくて、フィズの言うことを聞いてくれていたから、ルークも少し変わったのかと思っていたのに。そうでもなかったのかと思うと、悲しくなった。
必死なフィズとは反対に、ルークは冷めた顔をしている。悔しくってなんだか胃がムカムカしてきた。
「もういい」
背を向けると、出て行こうとする。
どうしてこんな人を頼ろうとしたのだろう。馬鹿な自分を責めていると、腕を掴まれた。
ぎっと睨みつける。険しいフィズの顔に、ルークは眉を寄せ、ため息を吐いた。
「……やみくもに捜しても、仕方ないでしょ」
「でも、行ったところなんて分かんないじゃん。なんかあるかもしれないし」
変な人がいると教えたのはルークだ。焦れて足を鳴らすと、ルークはフィズの肩を掴んだ。
「まず落ち着けって言ってんの。喧嘩して出てったしか聞いてないの? いつ居なくなったの?」
「あ」
そういえば、なにも話していなかったのだ。
僅かに冷静になった頭で、聞いたことを整理しながら話す。
昨晩ロイと喧嘩をして、二人は別れて帰ったらしい。チェルシーは一旦は家に帰ったが、「ロイの家に泊まりに行く」と出て行ったようだ。久しぶりだが、泊まりは以前にもあったことのようなので、両親は疑問に思わなかったらしい。
当然、ロイの家には来ていない。今日謝りに行こうとしたロイと、チェルシーの母親で話をして、初めてチェルシーが居なくなったのが分かったらしい。
全て話すと、ルークはしかめっ面をした。
「……夜って。それを早く言いなよ。たぶんあんた、自分で思ってる以上にテンパってるよ」
普段なら、納得していたと思う。でも今は無理だった。
だって、チェルシーが心配なのだ。だけど、ルークに対して八つ当たりみたいになっていたかもしれない。そんなことしたってどうしようもないのに。
ムカついていた胃がうずいて、どうしようもなく締めつけられた。喉が塞がるような感覚で痛んでくる。
目から熱いものが込み上げくる。視界がぼやけたと思ったら、ルークの狼狽える声が聞こえた。
「わ、分かった。心配なのは分かったから。泣くなって」
ルークが慌てている。そんなこと言われても、勝手に出てくるのだから仕方ない。
自分でも、どうして泣いているのかさっぱり分からなかったが、ルークがフィズ以上に動揺しているのも謎だった。
涙を拭いもせずに眺めていると、ルークは頭をガシガシとかいた。
「困るんだよ、あんたがそんな顔すると……頼むから泣きやめって」
ついこの間は、泣くと楽しそうに抱きしめてきたくせに?
「……なんで?」
「……分かんないけど……」
ルークが手を上げた。ティッシュの箱が飛んでくる。二、三枚取り出すと、フィズの涙を拭った。
「ほら。チェルシーちゃん捜すんだろ? 泣いてても仕方ないだろ。
ぽかんとしていたが、ルークの言葉で我に返った。確かに、こんなことで二の足を踏んでいる暇はない。
首を振って、目を擦る。鼻水が出てきそうな気配がしたので、ティッシュを掴むと、鼻をかんだ。
「……夜から出て行ったんだよね。だとしたら、行ける場所なんて限られてるでしょ。あの子、財布は持って出てるの? それで場所が全然変わるから、確認してみな」
「え、あ、そっか。聞いてみる」
さっき連絡用にチェルシー母の番号を聞いた。
電話して確認してみると、財布は持って行っているらしい。
「スマホは? 持って出てるか聞いてみて」
「スマホも持って出てるわ」
ルークは電話横で聞いていたので、フィズが通訳する必要はなかった。スピーカーをオンにすると、ルークを母親が話し始める。
「でも、私やロイくんがかけても出ないのよ」
「じゃあ、電源は入っているんですね」
「ええ」
「一度フィズに連絡させてみます。別のお友達なら出る可能性もありますから。必ず見つけますから、心配でしょうけど、落ち着いてくださいね」
それからレオーネの名前を名乗ると、ルークは電話を切る。
「……ルークの名前でもよかったんじゃない?」
レオーネも、確かにこれくらいは言うと思う。だから、フリをしているのなら完璧だけど。
でも、あまりにも頼りになるので、ルークが評価されてほしかった。しかし、ルークは怪訝な顔をする。
「は? 俺は今学園休んでるんだし、なんでここに居るのかとか、後で色々とややこしいでしょ。それよりほら。電話して」
少しむっとしたが、確かにその通りだし、今はそんなことを言っている暇はない。
震える指で、チェルシーの番号にコールした。そしたら。
「――もしもし? フィズ?」
非常にあっさりと繋がって、思わず膝の力が抜けてしまった。
* * * *
チェルシーが滞在していたのは、フィズがプチ家出の時に行った喫茶店だった。朝から入ったら、あの人のいいマスターが「好きなだけいてもいいよ」と言ってくれたので、お言葉に甘えていたらしい。
思わぬところでお金を使いに来れたのに、お腹は空いていない。オムライスは夕飯にすれば良かった。
「チェルシー」
テーブル席に座っているチェルシーに声をかける。彼女は非常にバツの悪い顔でフィズを見た。
「わざわざ、ごめんね。心配かけちゃったね」
「ほんとだよ」
心配で大号泣してしまった。わざと顔を顰めてデコピンをする。
でも、笑顔は堪えきれなかった。
「悩むなら、あたしのいるところで悩みな」
「なにそれ。フィズかっこいい」
「でしょ」
顔を見合わせて笑う。ああ、無事でよかった。
胸を撫で下ろす。マスターにオレンジジュースを頼んで、向かいの席に座った。
「もっとさ。なんか遠くに行ってるかと思っちゃった」
「いや、昼前には帰るつもりだったんだ。ほんとだよ。だから近くにいた」
チェルシーは背を丸めると、手をもじもじと動かした。
「でも、いないのがバレて鬼電きてさ。帰るのが怖くなっちゃって」
「ああ……」
怒られると分かっていたら、帰らないといけないのは分かっていても、その場所からは遠のく。
フィズも経験がある。フェリオと喧嘩して飛び出したり、最新だと、レオーネやカミラと喧嘩して黙って学園に行ったりした。
だから責める気にはなれず、苦笑をした。元々怒ってもいない。
「まあ、分かるよ。怖いよねなんか」
「うん」
「でも、心配するからさ。さっきも言ったけど、そういう時はあたしの家とか、他の人を頼りなよ。レオくんも事情が分かったら拒否するような人じゃないし。大丈夫だよ」
さすがに二、三日滞在したり、いきなり来るのが続いたら困るだろうが、チェルシーはそんなことはしないだろう。
だからそう言うと、チェルシーは眉を下げた。
「うん。ありがとう」
ちょうどジュースが来た。その横にオムレツが置かれて、フィズはマスターを見る。
「……あ。お昼は食べちゃったかい?」
フィズが困惑したのが分かったのか、マスターは頬をかく。本当のことを言おうか迷って、フィズは首を振った。
「ううん。でも、覚えてるか分からないけど、前にもサービスしてもらって、すごく嬉しかったんだ。だから今日はオムレツの分もお金を払わせてね」
「おや、そうかい」
マスターは驚いてから、笑みを浮かべた。目尻に皺ができて、くしゃっとした笑顔になる。
「お家の人とは仲直りしたの?」
覚えてくれていたらしい。そしてやっぱり家出少女だと思われていたようだ。
大きく頷くと、マスターはほっと息を吐いた。
「じゃあ、今度はその人とおいで。その時にお金を使ってもらおうかな」
「ええ」
「これも前のも、ただのお節介なおじさんが、押しつけてるだけだからね。気持ち悪がらずに喜んでくれて、それだけで嬉しいんだ。だから気持ちだけ受け取っておくよ。ありがとうね」
そして最後にチェルシーにも笑いかけると、カウンターに引っ込んでいった。
さて、量はあまりなさそうだが、食べ切れるだろうか。気合いを入れて手をつけると、チェルシーが問いかけてくる。
「前にも来たことあるの?」
「うん。カミラが来た時にね」
「あ、私が風邪引いた時の」
「ふふ。そうそう」
いまだに嫌な思い出らしい。気にしなくてもいいのにと思いつつ、あまりに苦い顔をするので笑ってしまった。
「笑わないでよ。もう」
「ごめんごめん」
怒った顔をするが、結局チェルシーも笑顔になった。飲み物を一口飲むと、それからほうっと息を吐いた。
「フィズ」
「ん?」
「……原因、聞いた?」
ロイとの喧嘩のことだろうか。首を傾げると、言葉足らずだった部分を補足してくれる。
思った通りだったので、フィズは頷いた。




