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「俺オムライスが食べたい」
言われて、冷蔵庫の中身を思い出す。今ある材料で出来そうだ。
「じゃあ、一緒に作ろっか」
誘ってみると、ルークは戸惑いつつも頷いた。
本当に扱いやすくなった。しみじみと感じるフィズに、彼は顔を顰めた。
不満そうだが、放っておいて、フィズはタマネギとにんじん、ソーセージを出す。
「ルーク。タマネギ切ってみて。みじん切りね」
「みじん切り?」
「後で教える。とりあえず皮剥いて」
フィズの指示に、ルークはタマネギをリンゴのように剥こうとする。思わず吹き出してしまった。
「……なんか違うなら言ってよ」
「ご、ごめんごめん」
睨まれて、慌てて謝る。
知らないことを馬鹿にされるのは、あまり気持ちよくないよな。反省して、レオーネの指導を思い出した。教えるのも難しいものだ。
「タマネギはね。手で剥けるんだよ」
「そうなの」
「ここの白い部分は中身だからそのままにしてね」
半分切ってやってみせる。
タマネギを剥くのは簡単だ。満足そうにしていたルークだが、数秒後に目を閉じて固まってしまった。
「……めっちゃ染みるんだけど。なにこれ」
そういえば、半分に切ったから、においは分かるのだ。フィズはこれくらいなら慣れているので、すっかり忘れていた。
ボールに水と氷を入れると、タマネギを突っ込む。
「冷やすと少しマシになるらしいよ。あ、目擦っちゃだめ!」
擦ろうとしているのを止めると、タオルを冷水に浸した。水を絞って、ルークの目に当てる。
「なんでこうなんの?」
「においがダメらしい」
「確かにツーンとくるな。そっかぁ、鼻かぁ」
落ち着いたのを見計らって手を洗わせた。
タマネギに細かく切り込みを入れ、それから縦に切る。
「こうするのがみじん切り。分かった?」
「うん」
フィズの手順をじっと見ると、真似してやり始める。たどたどしかったが、彼は器用なので、直ぐにコツを掴んだ。
たん、たん、とまな板の音が一定になってくる。
「器用だね」
「まあ人並みには……でも、あんたみたいに出来ないな」
「そりゃあ、あたしは慣れてるし」
さっきやり始めたルークが、慣れてるフィズと同じようにやれるわけがない。一緒に暮らしていて感じたが、ルークは完璧主義で理想が高いらしい。
呆れるフィズに、ルークは唇を尖らせた。
「慣れるまで練習だね」
「えー」
「調理って科学と似てるとか言うから、結構楽しいって、リュウホも言ってたよ」
だけど、リュウホの名前が出ると、ルークはぱっと顔を明るくした。
「そうなんだ」
「……ルークってリュウホのこと好きだよね」
リュウホは友達が多い。幅広く付き合える人で、よく色んな人と一緒にいるのを見かける。だけど、それでも好き嫌いはある。
察するに、柄の悪い人や、モラルのない人は苦手だ。だから、ルークとは、話はするけど距離があるように見えた。
ルークは、基本的に、嫌われていても臆することなく話しかけるので気にしていなかったが、言動を見る限り、意外とリュウホのことが好きなんだろうか。
感じた疑問を素直にぶつけると、フィズをちらりと見る。それから、話してくれた。
「……昔の親友が、東方の子でさ」
「あれ。そうなの?」
昔、というと……勇者だった頃だろうか。それとも、別の生だろうか。
首を傾げるフィズに、ルークははにかんだ。ルークのこんなに無防備な笑顔は珍しい。フィズは僅かに目を開く。
「だから懐かしくなるんだ。ただそれだけ。嫌われてるけどね」
「ふうん……」
そんな理由があるなら、好かれるように振る舞えばいいのに。それに、今は会えなくて、さみしくないのだろうか。
ルークは、この国が嫌いだと言うが、でも、生活を楽しんでいるようにも見える。せっかくの幸せを手放してまで、この国に滅んでほしいなんて、本当に思っているのだろうか。
フィズの希望かもしれないが、どうしてもそうは思えなかった。
「この話はおしまい。次はなにすればいいの?」
聞こうかと様子を窺ったが、その前に話を打ち切られてしまった。
残念だったが、仕方ない。
他の材料は切れていたので、さっき切ったタマネギを渡した。
「あ、じゃあ、これ炒めてくれる?」
「炒める?」
「フライパンに入れてさ。火を通すの」
「焼くのとなにが違うの?」
そういえば、なにが違うのだろう。焼く動作を炒める動作をそれぞれ思い出して、フィズは考える。
結果、炒める時はしよっちゅう動かしているなという、ふわっとした答えになった。
「……なんか……ジャッジャッてやるんだよ」
「ジャッジャッ……」
「こうやってさ」
フライパンを出すと、炒める動作を見せる。伝わったようだったので、コンロの使い方を教えて、フライパンを乗せた。
「中火にしてね」
火をつけるルークに声をかけると、彼はきょとんとする。
「ちゅうび?」
「火加減だよ。真ん中くらい」
「ふーん」
つまみを回して、ルークは目の奥を輝かせる。機械に強い以上に、こういうものが好きなのだろうか。
火を大きくしたり小さくした後、しっかり中火にして、ルークは立ち上がった。
「じゃあ、でかいのは大火で、小さいのは小火?」
「ううん。強火と弱火」
「……あ、ああ。そっか。そういや聞いたことあるな」
質問する場所がいちいち面白い。あんまり面白がっては可哀想だと思うのだが、フィズはまた堪えきれずに笑ってしまった。
ルークが眉を寄せて不満そうな顔をする。
「あ、いや、ごめん。かわいいなと思っただけだから」
だから許して、と両手を合わせると、ルークはぎょっとして、そっぽを向いてしまった。
「か、わいいわけないでしょ。俺子供じゃないんだよ」
「ええ。別に大人の男の人でもかわいいでしょ」
「……レオーネくんとか?」
「そうそう。あとリュウホもかわいいよね」
野菜は炒めたので、チンしたご飯を投入する。同じように火を通して、塩とこしょうが入った瓶、ケチャップを渡した。
「次はね、塩こしょうとケチャップで味付けしてね」
ふーん、とその瓶を見たルークが、質問を投げた。
「どれくらい?」
「なんか良い感じに」
ルークが顔を顰める。
「んだ、それ。指示が雑すぎ」
「ん……じゃあ、ぱっぱっくらい」
確かにわかりにくかったかもしれない。言い直すと、ルークは考え込んでしまった。
「じゃあってなんだよ……ぱっぱっ……?」
「適当でいいよ」
そんなに考えなくても、どうにかなるものだ。
慰めるように肩を叩いたのだが、逆に叫ばれてしまった。
「しょっぱくなったら、どーすんだよ!」
「違うやつ足して味を調節すればいいじゃん……」
「慣れてねーんだよ、こっちは! 分かるように言え!」
「うるさいなもー!」
いちいち細かいやつだ。
「料理なんかこんなもんなの! 慣れて!」
そんな感じで二人でぎゃーぎゃーと騒ぎながら作ったオムライスは、それなりの味になったと思う。
でも、ルークはお気に召さなかったらしい。
「ちょっと焦げてるし、たまご破けてる……失敗した……フィズちゃんの指示が雑だから……」
「火ついてんのにルークが細かいことうだうだ言ってるからじゃん。大して焦げてないし」
本当に、ちょっと一面焦がしただけだ。文句を言うルークを無視して食べるが、ルークの文句は止まらない。
「でも台なしじゃん」
「……レオくんは焦がしてもおいしいって言ってくれるもん」
あまりにしつこかったので、レオーネに初めて料理を振る舞った時を思い出した。焦がしても気にすることはなく、むしろ喜んでくれた。フィズのフォローまでしてくれたし。
ふて腐れながら呟くと、ルークは口を閉じた。
「…………」
むっつりとした表情でフィズを睨む。てっきりいつものように「好きだな」と笑われると思っていたので、フィズはびっくりした。
目を丸くするフィズに、ルークは我に返ったのか、オムライスをかき込むと、下唇を尖らせた。
「……別に、マズいとは言ってないだろ」
「あ? なんて?」
聞き返すと、ルークはますますムスッとした。
「なんでもない」
「なんでもないことないでしょ。素直においしいって言えばいいでしょ」
「聞こえてるじゃねえか」
そりゃこの距離だし。舌を出すと、フィズもオムライスをかき込む。前と同じようなやり取りも今は普通に楽しくて、フィズはスプーンの柄を意味なく擦った。
彼とこうしているのも楽しい。だけど、このままレオーネに会えないのは嫌だ。レオーネのことを思い出してしまって、ますます会いたくなった。
どうしよう。幾度となく考えていることに頭を悩ませていると、ふいに腕を突かれた。
「なに?」
「電話鳴ってない?」
「……あれ。ほんとだ」
オムライスをかき込むと立ち上がる。ルークに食器をお願いして、それから部屋に行った。
「あれ?」
スマホに表示されていたのは、知らない番号だった。フィズは目を瞬かせる。
誰だろう。出ないほうがいいだろうか。無視しようかとも思ったが、やみそうになかったので、躊躇いつつも出ることにした。
「もしもし?」
「……あ、フィ、フィズ?」
「ロイ?」
聞き覚えのある声に、フィズは驚いた。
そういえば、彼はスマホを持ってはいないが、家電はあるので、一応は番号を教えていたのだ。
「急にごめんね、あの」
「うん。どうしたの?」
話し下手の彼が、よりによって通話という手段を取るなんて、なんだか大事な気がする。心なしか慌てた声音に覚悟をすると、やっぱりとんでもない答えが返ってきた。
「チェルシーがいなくなっちゃったんだ」




