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そろそろ洗濯機を回した方がいいかもしれない。日の照った空を眺めて、フィズは寝返りを打った。
一昨日までだったら、ルークが起こしに来て、「あれやって」「これやって」とうるさかった。だが、昨日の朝から来ない。おそらくは一昨日の会話がきっかけでフィズだけに任せないようにと思っているのだろう。
それとは別に、昨日の夜から、妙に距離を置かれている。なんなのだろう。
「……まあいいか……」
ルークのことを考えようとは思っているが、久しぶりに会った最愛の布団が離してくれないので仕方ない。
(ごめんね、しばらく構ってあげられなくて……)
ぎゅっと抱きしめ、頬ずりする。お布団、と呼んだところでハッとした。彼には名前がない。
(お布団って種族名だよね!? あたしらのこと人間って呼んでるようなもんだよね? わんちゃんに向かって『うおー犬!』って言う感じだよね!? うわあ、ごめんね!)
決めた。アメリアにしよう。
名前を送ると、フィズは改めてアメリアと寝転がった。表情が無いので分からないが、温かいのできっと気に入ってくれていることだろう。
「わーっアメリア! 久しぶりー!」
「フィ、フィズちゃーん……?」
一気に現実に返ってきてしまった。
ノックに返事をすると、怪訝な表情のルークが顔を出した。
「だ、誰と話してたの……? 新キャラ?」
「恋人」
「は?」
首を傾げたルークに布団を指す。ルークは同情の眼差しを向けた。
「ルークは知らないかもしれないけど、あたしのこと優しく包んでくれるんだもん」
「前にも言ったことあるけど、そいつらは誰にでも同じように接してるからね。いい加減現実を見なよ」
なんてことを言うんだ。
酷い物言いにむくれて涙目を向ける。ルークは目尻を赤らめると、俯いた。
「……あのさ……」
「?」
そういえば、なにしに来たんだろう。
フィズが首を傾げると、彼は洋服の山を出した。
「ええと……洗濯したから、ここに置いとくね」
部屋の入り口に置くと、ぴゅーっと逃げるように去って行く。あまりに早かったので、お礼も言い損ねた。
それにしても、洗濯をしてくれるようになったとは驚きである。前から、下着だけは自分で洗ってくれていたが、他の服はフィズ任せだった。
皺が寄ってるだの、畳み方が汚いだのなんだのとうるさくて──いや、待て。下着?
「──ちょっとルーク!」
急いで彼を探す。リビングにはいなかった。彼の部屋のドアを乱れ打ちノックする。
少しして、表情の読めない顔をしたルークが顔を出した。
「……なに?」
「あ、あたしの、洗濯、あの」
どうせルークが触らないと思って、下着も一緒にカゴに入れていた。
ルークはバツの悪そうな顔をする。洗濯というワードだけで、フィズがなにを言いたいのか察したらしい。いや、おそらく、最初から分かっていたのだろう。
ルークは顔を背けた。耳が赤くなっている。
「……レオーネくんにもやらせてたの?」
「やらせてないよ!」
そんなわけがない。いくらめんどうくさいと言っても、知らない異性に下着を洗ってもらうのは恥ずかしいし、抵抗があった。
レオーネも嫌だろう。だから、毎回手洗いをして、部屋に干すようにしていたのだ。
「ルークが触らないからまあいいかと思っただけで──もうっ!」
肩をぽかぽかと叩く。見られただけじゃなくって触られた。いくらルークでも恥ずかしい。
ルークは耳だけじゃなく顔全部を赤くすると、シャツの襟を掴んで口元まで引き上げた。
「そ、そっか……ごめん。なんか普通なのかなと思っちゃたよ」
普通なわけあるか。兄妹でもないんだぞ。いや、兄妹でも嫌な人はいるだろう。
ルークは頭をかくと、ぼそっと呟いた。
「俺だけか……」
「なに?」
よく聞こえなかった。顔を近づけると、ルークは肩を跳ねさせた。体を仰け反らせて、ドアに頭をぶつける。
「だ、大丈夫?」
心配で顔を覗き込むとルークは胸の前で手を出した。
近づくな、とサインだろうか。
「ま、まままあ、とりあえずその……ごめんね。まさか一緒に入ってると思わなかったもので……」
「うっ」
そう言われると、気を抜いていたフィズにも罪悪感があるというか、けしてルークだけを責めることは出来ない。
大人しく引き下がった。
「……ま、まあ……今回は気を抜いてたあたしも悪いね……こっちこそごめん。これからは気をつける……」
「…………」
顔が熱い。絶対に赤くなっているのが分かった。そんなフィズを見て、ルークは喉を上下させた。
視線を感じて顔を上げると、僅かに険しい顔をしたルークと目が合った。
「……な、なに?」
思わず尋ねると、ルークは肩を揺らして、それから誤魔化すように笑った。
「いや……確かに上から下まで女の子なんだなと──痛い痛い痛い!」
彼の耳を思い切り引っ張る。
つまんない口喧嘩をまだ覚えているのか。今のは完全にルークが悪い。
「ごめん! 確かに今のは俺が悪いです!」
それはルークも分かっているようだったので、まだ腹立ったが、しぶしぶ離してやった。
「次言ったらちぎるから」
「え、ちぎ……耳を……? こわ……」
「っていうか、ルーク、家事やってくれんの?」
一番感じていた疑問を投げると、ルークは頭をかいた。
「……フィズちゃん雑だし」
ルークが細かいのだ。フィズは下唇を尖らせる。
「いいじゃん、生きてけるんだし」
「そういうところがあるから、間違えて下着を入れちゃ──ごめん、ちぎんないで、なんか分かんないけど、ちぎんないで!」
手を上げると直ぐに降参した。根性のないやつだ。
鼻を鳴らすと、ルークはフィズをちらりと見て、ドアノブを意味なく回した。
今度はなんだろうか。
「……えっと、昨日さ、リンゴを剥こうと思ったんだけど、イマイチ要領が掴めなくて……教えてくんない?」
「…………」
なんだかずいぶんと素直になったものだ。大型犬を手懐けた瞬間である。普通の友達みたいな距離感になったな。
不思議な気分だ。でも大歓迎なので頷くと、ルークはいそいそとキッチンに行った。
(さて。どうしようかな……)
昨日思っていた通り、そろそろ踏み込むべきだろう。でも、どうやって切りだそう。
頭を捻っていると、ルークが包丁とリンゴを持ってじっと見てきた。
「ああ、ごめんごめん。昨日はどんな風にしてたの?」
「えっと」
ルークはリンゴを持って、包丁を動かしてはリンゴから手を滑らせた。指を怪我しそうで危ない。
「うーん」
苦笑をする。強烈な違和感があるが、動きは合っている。
教えると言っても、フィズは気がついたら普通に出来ていたので、一体どう教えたものか。
考えて、考えて、思いついた。
「あのね。こうして」
後ろから抱きついて手を伸ばす。包丁とリンゴが滑り落ちそうになって、慌てて掴んだ。
「ルーク。危ないから気をつけて」
「う、うん」
相変わらず、フィズから密着すると面白いくらいに動揺する。
ふっと笑うと、フィズはリンゴと包丁をちゃんと持たせて、一緒に剥いた。
「こんな感じにやってね」
ルークは、フィズが笑うと困ったような顔をする。それが面白くって意趣返しも含めて、とびきりの笑顔を浮かべた。
「あーなるほど。包丁じゃなくって、リンゴの方を動かすんだ」
「ん? ……ああ、なるほど。そう言えばいいのか」
分かりやすい説明に、フィズは納得した。確かに振り返ってみると、包丁じゃなくって皮を剥く方を動かしている。
もう大丈夫そうなので体を離すと、ルークは動きを止めた。
「どうしたの?」
「いや、別に……」
少し遅いが、さっきとは違ってするすると剥いていく。フィズは手を叩いた。
「すごいねルーク。上手い上手い」
「そ、そう?」
なんだろう。思ったより扱いやすいな。この調子でどんどんルークに家事をやらせよう。
剥き上がったリンゴをつまみながら、フィズは時計を見た。十一時過ぎだ。
「あ。そろそろ、お昼だね」
「あんたがぐーすか寝てる間にな。時間はもっと有効に使えよ」
「は? 睡眠時間が一番有益な時間でしょ」
思いきりどや顔をする。ルークは呆れた顔をしたが、しっかり要望は言ってきた。




