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やってしまった。
前を歩くチェルシーの後ろを着いて行きながら、ロイは己の行いを反省した。
若干強引に映画に誘ったにも関わらず、寝てしまった。今までのチェルシーだったら、怒るけど仕方ないなと言ってくれていた。だけど今回は誘ったのがロイだし、恋愛映画だと散々言われて大丈夫だと大見得切って来てもらったのだ。
「あ、あの、チェルシー……ごめん……」
もう何度も謝っているが、あまりに申し訳なくてもう一度謝りたくなった。声をかけると、ロイの謝罪に今まで反応を返さなかったチェルシーが、立ち止まった。
初めての反応に、ロイはぱっと顔を明るくする。だけど、チェルシーはこっちを向きはしなかった。
「……私、今日さ」
「う、うん」
「友達がストーカー被害に遭ってて、危ないからみんなで送って行こうってなってたの。でも、ロイとの約束が先だからって帰ってきたんだよね」
「そ」
それは、ずいぶん酷いことをしてしまったのでは?
正義感の強いチェルシーのことだ。きっと、友達の傍に居たかっただろう。前にも、風邪を引いていてフィズの力になれなかったと嘆いていたことがあった。
「そうなんだ……」
やっとのことでそう言うと、チェルシーはこちらを向いた。またごめんという言葉が口から出る。
チェルシーはすっと目を細めると、近くの木にもたれた。
「いいよ。リュウホとフィズがいるし……レオーネさんもいるんだって。だから、たぶん私は必要ないし……」
それは、そうなんだろうな。そう考えてしまって、ロイは口を噤んだ。
「……その通りだと思ってる?」
でも、表情に出てしまっていたらしい。いつもは伝わらないのに、こういう時ばかりは伝わってしまう。
慌てて言い訳しようとしたが、チェルシーはそっぽを向いてしまった。その横顔が泣き出しそうに見えて、ロイは胸を押さえる。彼女の泣き顔は、心臓に悪い。
謝って、それからどうすればいいかが分からない。許してほしいけど、今までは勝手に機嫌が直っていたから、これからどうすればいいか、さっぱり分からなかった。
フィズならどうするだろう。優しい友達のこと言っていたことを思い出して、ロイは考える。
(思ったことを言えって……)
本音を言うと、彼女には危ないところに居てほしくない。安全なところでロイの帰りを待っていてほしい。でも、それを望んでチェルシーがどういう反応をするかは、なんとなく分かった。これは言わないほうがいい。そう判断して、ロイは再びチェルシーを見る。
一歩、踏み出そうとして。
「──!」
ふいに冷気が漂ってきた。影が差して、ロイは上を見る。
鳥の形の魔物だ。冬は冷気で判断がつかないから、どうにも厄介だ。
舌を鳴らすと、ロイは鳥の姿を観察する。魔石は──見つけた。右側の羽だ。
懐からナイフを取り出す。狙いを定めようとしたが、この場所からだとやりにくい。移動しようとした位置にチェルシーがいた。
「チェルシー! 邪魔だ!」
彼女を抱き上げる。魔物が羽を動かして、風に吹き飛ばされそうになったが、足を踏ん張って堪えた。
風で砂が巻き上がり、前が見えづらくなったのが厄介だ。水を集めて薄い膜を張ると、視界がいくらかマシになった。
魔物は、まだ羽を動かしている。風があるし、目標が動いているので、この位置からだと届きそうにない。
「ここにいて」
岩陰にチェルシーを下ろす。ロイは自分の周りにも膜を張って、木の上に移動した。弓矢を作ると、魔石に向かって放つ。──外した。
もう一度放ったが、どうしても風に負けてしまう。弓は得意でないので、これ以上は無理そうだ。
ロイはもう一度ナイフを出すと、地面に降りる。何度か風に負けそうになったが、後ろまで移動すれば風はやんだ。
空を飛ぶと、そこから羽に乗った。冷たい魔力が当たって、肌がぴりぴりする。
異変を感じた魔物が、羽ばたくのをやめて暴れ始めた。だけどなんとか移動して、魔石にたどり着いた。
ナイフを突き刺す。魔力が四散して、魔物の体が消滅した。
「ふう……」
やっとやっつけることが出来た。着地すると、チェルシーのところまで走る。
「チェルシー! 大丈夫だった?」
仕方なかったとはいえ、彼女から離れるのは本意ではなかった。ぱっと見怪我はなさそうだが、それでも問いかけると、チェルシーは頷く。
安心した。胸を撫で下ろすロイをじっと見て、チェルシーは呟く。
「ロイは、すごいね」
「え? あ、ああ」
褒めてもらうことは多いけれど、チェルシーに褒めてもらうのが一番嬉しい。体が軽くなるような感覚に、ロイははにかんだ。
お礼を言おうとして、だけどいつもと様子が違うことに気がついた。
「ひえっ」
無である。いつもの花が咲くような笑顔でも、怒る顔でも、悲しんでいる顔でも、呆れている顔でもない。全く感情が読めなかった。
幼なじみの初めて見る表情に、ロイは思わず後退る。ぶっちゃけ怖い。ものすごく。
「……あ、あの、チェルシー?」
いったい何がどうしたというのか。おそるおそる声をかけると、チェルシーは俯いた。
「私は邪魔だよね」
一瞬なんのことを言ってるのか考えて、思い出した。そういえば、そんなことを言ってしまった。
慌てて弁解しようとして、彼女の顔が濡れていることに気がつく。
「もうやだ」
あまりにいつもの泣き顔と違うから、雨が降ってきたのかと思った。だけど、それが彼女の顔だけだと気づいて、血の気が引いていく。
チェルシーには笑っていてほしいのに、泣いてるところなんて見たくないのに、泣かせているのは、紛れもない自分だ。
「なんで私、あなたの横を走れないの」
さっきまで無表情だったチェルシーの顔が歪んだ。ぼたぼたと流れてくる水に、ロイはただ狼狽える。
どうして泣いてしまったのだろう。チェルシーの言っていることを反芻して考えて、考えて──でも、分からなかった。
「チェルシー……」
おろおろしながら名前を呼ぶと、チェルシーは泣きじゃくりながら訴えてくる。
「辛いよ、ロイ。私、こんなに頑張ってるのに」
頑張るのが嫌で泣いていたのか。原因が分かって、ロイは内心ほっとした。
「が、頑張らなくていい」
手を握る。頑張るのが嫌なら、頑張らなくてもいい。
チェルシーがこちらを見る。大きな瞳の中に自分が映って、自分はこんなに真剣な顔が出来たのかと感心した。
「チェルシーは、その、傍に居てくれるだけでいいんだ」
やった。言えた。心の中でガッツポーズをする。
いつも、いつも、言いたくて言えなかったことだった。傍に居てくれるだけで嬉しい。姿を見るだけでほっとする。
本当は、映画なんて行かなくても、ただ話が出来るだけで良かった。顔が見られるだけでよかった。
笑顔になってくれるかと思った。でも。
「傍に居たいからこんなに頑張ってんだろうが!」
ロイの想像とは反対に、彼女は激高してしまった。
冷気を纏うと、彼女の手の中に剣が出来上がっていく。
ロイは目を瞠った。氷の魔法は、チェルシーが得意な魔法だが、ついこの前までとは、早さが段違いだ。
「でもだめなんだよ……いくら頑張っても、頑張っても、だめなの!」
出来上がった剣をロイに向ける。思わず仰け反ったら押し倒されて、その上真横に剣が刺さった。
「戦うのが無理なら、恋人なら、傍に居れると思って頑張ってたけど、でも、それもだめだったし」
戸惑うロイを置いて、チェルシーは捲し立てる。
「もう嫌なの。苦しいの。やめたいの。なのに、やめたら来るし……」
ロイの顔にぱたぱたと涙の雨が降る。
泣いてるのはチェルシーだけなのに、頬に流れるもんだから。ロイは自分が泣いているように感じて、喉が焼けるように熱くなった。
「頑張らなくってもいいんだったら、もう構わないでよ」
「……やだ」
鼻の奥が痛い。顔を歪めるロイに、チェルシーは瞠目して、それからまた泣き始める。
「わがままばっかり言わないでよ……」
(だって、僕、チェルシーと一緒にいたいんだ)
出来たら笑っていてほしいけど、でも、泣かせても、怒らせても、それでも一緒にいたい。
この気持ちはなんなのだろう。自分の気持ちに名前がほしい。誰かに聞いてほしい。そう思ってもどうしたらいいか分からなくて、初めての体験に、ロイは途方に暮れた。




