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「じゃ、じゃあ……帰る……」
ケヴィンは俯くと、最後にクレアを見た。だけど、クレアはもうこっちを向いていて、目が合わないことに気がついたケヴィンは、肩を落として帰って行った。
「きょ、今日は、みんな本当にありがとう」
頭を下げるクレアに、フィズは首を振る。ルークもそうして、最後にリュウホが気まずそうに頬をかいた。
「ボク、なんもしてないのに急に出てきて。ごめんネ」
「そ、そんなことない」
リュウホの言葉を間髪入れずに大きな声で遮った。きょとんとするリュウホの服をぎゅっと掴んだ。それからリュウホを見上げる。
「その、かっこ良かった、よ」
「エ、ア、」
強い眼差しに、リュウホは視線を泳がせた。赤くなった首筋を擦ると、呟くようにお礼を言う。
「……谢谢」
「その、今日だけじゃなくってね。ずっとずっと私のことを考えて、ゆっくり話してくれてたりとか、つまらない話もニコニコ聞いてくれたりとか、暗くなったら送ってくれたりとか」
鼻を鳴らす音が聞こえる。涙声になったクレアは、それでもリュウホの目を見て、訴えた。
「ずっと、ずっと嬉しかったの」
リュウホにもう一歩近付く。リュウホが飛び上がりそうになって、ギギギッとこっちを向いた。
猛烈にお邪魔な気がする。気がするというか、たぶん邪魔だ。いや、邪魔以前に、クレアはリュウホしか目に映っていないが。
帰ろうかと一歩後退るが、リュウホは首を振って制止した。
「いつも本当にありがとう」
クレアがせっかく頑張ってるのに、今の場面で友達に頼るとは、あんまりである。それに、彼はすでに告白めいたものをしている。二人の気持ちを知っている身としては、今頑張ってほしい。
ガッツポーズついでにウィンクもオマケにつけると、リュウホは固まって、それからクレアに向き合った。
「……クレアちゃんは、お話が苦手だって思ってるかもしれないけどサ。ボクはキミと話すのが好きダカラ、そんな風に思わなくてもいいんだヨ」
目を細めると、クレアに笑いかける。ぽん、と頭を撫でた。クレアは、ルークの時とは違ってへにゃりと笑うと、首筋にすり寄る。
リュウホは、腕を小さく上げると、背中に腕を回そうとしたが──やめた。
「そ、それよりネ、今回みたいなことがあったラ、ちゃんと誰かに助けてって言わなきゃダメ。それはクレアちゃんの為だシ、キミのことを大事に思ってる人の為だシ、加害者になりかけてる人の為だヨ」
そこでリュウホは、ちらりとフィズを見た。筋肉が引き攣るような感覚に、フィズはすいっと目を逸らす。
「うん……ごめんなさい」
「謝らないでヨ。それより、今日はクレアちゃん、たくさんたくさん頑張ったネ。怖かったデショ?」
「ううん……リュウホくんがいたから、頑張れたの。ありがとう」
クレアは握っていたリュウホの手を離して、そのまま抱き着いた。
「大好き」
やっぱり忘れられている。そう思ったので、再び助けを求めるリュウホをガン無視し、ルークとその場を後にした。
「…………」
すん、と鼻を鳴らしながら、フィズは空を見上げる。今日は月が見えない日だけど、街の中は外灯があるので──フィズは夜目が効くので、あまり関係ないが──よく見える。
山の中ほどではないが、空気が澄んでいて、気持ちが良い。目を細めて、考える。
夜の道は好きだが、獣以外のことを気にして歩くのは嫌だ。こんなに気持ちがいいのに、クレアずっと怯えながら歩いていたんだなと思うと、可哀想だと思った。
「ねえ。さっきの、なにをしたの?」
ずっと気になっていたけど、あの場では聞けなかった。ルークは石を高く蹴ると、それに火を纏わせた。
「魔力を吸収したんだ」
その火を自分の手のひらに移動させる。驚くフィズに、ルークは手を擦ると、なんでもないことのように言った。
「魔力って人に送れるでしょ? 当然逆も出来るよ」
「魔物になりかけてたってほんと?」
ケヴィンは、確かに輪郭がぼやけたような印象があった。だけど、錯覚かもしれないし、フィズにはよく分からないままに終わってしまった。
ルークは少し考えると、石をもう一度蹴り上げる。
「……魔力は動植物に必ずあるのは知ってるよね」
「うん」
「生き物が魔力を保持出来るのには限りがあってさ」
それから炎を纏わせると、その炎を大きくしていく。石が割れて、砕け散った。
「過ぎると毒になるんだ」
「それで……魔物になっちゃうってこと?」
そういえば、レオーネの体も持たないかもしれないと言っていた。
「そ。魔力がなければ普通に死んでしまうけど、あり過ぎると化け物になっちゃうんだよ。笑えるよね」
ハッと乾いた笑いを漏らすルークに、フィズは身を引く。
「笑えないよ……」
レオーネの体も心配だ。そろそろ本気で彼と向き合うべきかもしれない。
ルークは鼻を鳴らすと、つまんなそうな顔をした。
「でも、魔力をそんなに溜め込むって、なんでそんなことになったの?」
ルークが勇者だと明かされた時、魔物を作ると言っていた。ないとは思いたいが、まさか、この人が裏で手を引いていたりしないだろうか。
フィズは、目の前のこの人を、敵だと思うべきなんだろうか。
重い考えに釣られるように歩くのが遅くなる。ルークは天に息を吐き出すと、問いかけた。
「……魔物は見たことある?」
「うん」
「あいつらって、体から靄みたいなさ、瘴気が出てるでしょ? あれは、体に収まりきらない魔力なんだ」
それは気づいた。相づちを打つと、フィズは顔を上げる。
「魔物になると、肉体はほぼないのと変わらないんだよ。砕け散っちゃってるからね。死んでるも当然で……ただ、その子の意思だけはそこに残るっていうか」
それは、なんだかしんどそうだ。最初の犬、ロイと倒したイノシシ、それから今回のケヴィンの表情を思い出して、フィズは眉を寄せた。
「だから、固まってる魔力を壊して分散させてやると、そのまま消滅するんだ。幽霊で言うところの成仏ってやつだね」
「固まっている魔力って……魔石のこと?」
「魔石のこと」
質問と答えが被った。ルークは目を瞬かせてから、ジト目に変わる。
「……もしかして、戦ったことある?」
「えへへ」
「よく死ななかったな……」
呆れられて、フィズは頭をかく。
ルークは目を眇めると、頭の後ろで腕を組んだ。
「稀にさ。魔力がたくさんある場所に行って自分で吸収しちゃう馬鹿がいるんだよねー。時々魔物が出てくるのも、動物がそこに行っちゃうんだよ。今回の子もたぶんそうだね」
「そっか……」
胸を撫で下ろす。とりあえず、今回のことに彼は関与していないようだ。
ルークは意地悪な笑顔を浮かべると、フィズの顔を覗き込んだ。
「俺がやったって思った?」
「……ちょっとだけ。でも違うって分かってほっとした」
素直に伝えると、ルークは動きを止めた。
本当に、ほっとした。未知のものだと受け入れるのを拒否していたけど、この人は、話せる人だ。それが分かったから。
足を止めると、止まっているルークを振り返った。
「これからも、やめてほしいな。ルークはすごいんだから」
「…………」
「今日ね、来てくれてすごく助かったし、助けてくれて嬉しかったよ」
昨日から嬉しいことが連続している。フィズはルークに一歩近付くと、笑いかけた。
「ありがとう。ルークが居てくれてよかったよ」
「あ、ああ、そう……」
ルークは顔を逸らすと、マフラーを口元までずり上げた。
「……フィズちゃんって本当単純だよね。今までのことチャラになる勢いじゃん」
「いや、さすがにチャラにはしないけど……でも、言っとこうと思って」
ルークがこういうことを言われるのが苦手なことが分かってきたので、わざと伝えているのもあるが。
思った通り動揺しているルークに笑いを堪えると、ふと疑問が浮かんできた。
「……そういえば、魔力を吸って、ルークは平気なの?」
今こうして話せているということは、大丈夫なのだろうが、それでも心配だ。問いかけると、ルークは咳払いをして、それから頭をかいた。
「実はちょっと危なかったりしてー」
「え」
「冗談──え」
急いで彼の手を取る。とんでもなく冷たかった。フィズは思わず叫んだ。
「大丈夫!? あたしが魔力吸って……っていうか、冷たい! 早く言いなよ!」
魔力を送る、のは、今の状況を考えるとあまりよろしくないのだろう。手を包み込むと、フィズは彼の手に息を吹きかけた。
「……こ、」
ぶわわっと彼の顔が赤くなったのを、下を向いていたフィズは知らない。
強く握ると、擦って、フィズは魔力を吸うというイメージをしてみる。だが、その手が勢いよく引き抜かれた。
「この体、おかしい……っ」
力いっぱい叫ぶと、ルークはしゃがみ込んでしまった。
「ど、どうしたどうした」
「いや、なんでもない」
「でも」
急に叫んでしゃがんでしまうなんて、情緒不安定にも程がある。心配して顔を覗き込もうとしたが、先にルークが立ち上がった。
「なんでもないから。さっきのも冗談だし! ばーか!」
それから疾風のような早さで先に行ってしまった。
なんだあいつ。一人そこに残されたフィズは、首を傾げた。




