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特訓の甲斐あって、ルークの振る舞いはまあまあ見れるようにはなった。睡眠時間を犠牲にしてしまったが、これなら、よほどのことがない限り、二人は気付かないだろう。
クレアにルークが言っていたことを説明すると、おそるおそるだが頷いてくれた。彼女も自分で決着をつけた方が良いと思っていたようだ。
「二人とも、久しぶり」
クレアとリュウホに向かって、ルークが爽やかな笑顔を浮かべる。
フィズはいらっとした。指導したのは自分だが、それとは別に、ルークがレオーネのフリをしているのは腹立たしい。
クレアがルークをじっと見つめる。一瞬背筋がひやりとしたが、気づかれなかったらしい。クレアが頭を下げた。
「あ、ありがとうございます。あの、ご迷惑を、おかけして」
「気にしないで。大人がいた方が良いもんね」
「……仲直りしたノ?」
二人を尻目に、リュウホがこっそりと話しかけてきた。前に心配された時に否定はしたが、まだ信じていなかったらしい。
思わず肩を揺らしたが、なんとか笑顔を作った。
リュウホが片目を細める。探るような目つきに動揺したが、流してくれた。
胸を撫で下ろす。リュウホは、勘がいい。フィズも勘はいい方だが、リュウホはそれに加えて、頭もいいし、ルークと仲がいいので、特に気をつけなければいけないだろう。
「本当は、もっと頼り甲斐のある男がいたら、それだけで諦めるかもしんないけど。ごめんね」
レオーネを貶すな。聞こえてきた声に文句を言いそうになったが、レオーネは確かに言いそうだ。すんでのところで飲み込んだ。
「でも、俺らが断るのは止めた方が良いよ。ちゃんと自分で言おうね」
ルークがクレアの頭をぽんぽんと撫でる。
クレアは男が苦手だ。なのに、そんなことをして、大丈夫だろうか。女子が頭を撫でられて必ず喜ぶとは限らないんだぞ。
フィズは眉を寄せる。クレアは思った通りびくっとして、それからルークを見上げた。
間に入ろうかと、思ったが。
「俺ら、陰でちゃんと見ておくから。何かあったらちゃんと出て行くから安心してね」
「はい」
優しい笑顔と言葉に、クレアはほっとした顔をした。ので何も言わず、フィズは引き下がる。
その代わりか、それとも嫉妬心からか、リュウホがなんとなく間に入った。フィズはルークをじっと見る。それに気付いた彼がこちらを向いて、目が合った。
「……なに?」
「別に」
フィズはそっぽを向いた。
別になんでもない。ただ、ルークって優しいことを言えるんだなとびっくりしただけだ。
この人はルークで、中身はレオーネじゃないのだから。そう思おうとしても、さっきの場面を思い浮かべると、胸の内がもやもやとした。
この気持ちのままじゃ嫌だ。そう思ったから、フィズはおもむろに彼の手を取り、自分の頭に乗せた。ルークがぴくりと手を動かす。後でなにか言われるかもしれないが、二人がいる前ではなにもしないだろう。
だからお構いなしにその手を使って頭を撫でさせた。
「えへへ」
「…………」
相変わらず、レオーネの手は安心する。手をスライドさせて頬を寄せる。そのまますり寄っていると、ふと、されるがままだったルークの手が、意思を持って動き始めた。
(ん?)
フィズが見上げると、ルークはなんとも言えない顔をしていた。首を傾げるフィズの頬をルークが撫でようとしたところで。
「フィズちゃんかわいい……」
「良かったネ、レオくん」
隣から声が聞こえて、心臓が跳ね上がる。いつの間にか、二人に見られていたようだ。
「え、あ、いや、えっと」
ルークはギョッとすると、フィズから手を引いて、頭をぐしゃぐしゃと撫で回した。
乱暴な手を退けようと上して、自分の手が透けていることに気付いた。
「え、なにこれ」
「……こっちの方が、都合が良いでしょ?」
何も見えないところから声が聞こえる。それから、呆けていてリュウホもぱっと姿を消した。どうやら、クレア以外の体を透明にしたらしい。
普段はあんな感じだが、やっぱり魔法の腕はあるんだよな。そう感心していると、ルークの声が聞こえた。
「行こうか」
「あ、はい」
クレアが歩き始めるのに従って、フィズも後を着いていく。
確かに、クレアしかいないように見えるから便利だが、これはこれで、着いてきているか不安になる。
「今日来るかな。その、ケヴィンって子」
だから話し始めると、クレアが返した。
「うん。今日は絶対に来ると思う。なんかね。塾の日なんだって」
塾に通っているのか。予想外の情報に、フィズは混乱した。
あまり柄のいい連中じゃないという話だったから、てっきりそういう、勉強に興味は持たない子なのかと思っていた。
「ヘー。塾とか通うタイプなんだネ」
リュウホも同じことを思ったのか、驚く声が聞こえる。
「ケヴィンくんだけね。親に無理やりさせられてるんだって。だからサボって皆でうろうろしてるの」
クレアが鼻を歪める。見たことないような顔だ。
本当に嫌なんだな。そう感じて、フィズはそっとクレアの手を取った。クレアは目を丸くすると、フィズの方を見てはにかむ。そこで。
「なに一人で笑ってんの?」
誰か男の声がした。前を見ると、少し離れたところに、男が四人、クレアを見ている。
クレアが足を止めた。
「……ケヴィンくん」
声が出せないフィズ達に教えるかのように、クレアが呟いた。
その男達は、みんなガタイが大きく、ぱっと見で分かるくらいには強そうだった。だけど、一人だけひょろりとした体格の子がいる。クレアの話しぶりから、彼がそのケヴィンだと、なんとなく分かった。
彼は、ニヤニヤとしている中、一人だけクレアを刺すように睨みつけている。一人に押されて、前に出た。だけど、彼は口を閉じたままだ。暗くてよく分からないのか、輪郭がぼやけた気がして、フィズは目を擦った。
「フィズちゃん」
すると、横から声がした。フィズが顔を向けると、手を掴まれた。その手に引かれて、フィズはその場から連れて行かれてしまう。
ぎょっとした。まさか、このタイミングで裏切るつもりだろうか。
「クレア、また一人で帰ってんの? だめじゃん」
「俺らが送っていってあげようか」
愉快そうな声が聞こえて、フィズは後ろを見る。ケヴィンが話さないので焦れたのか、後ろにいたやつらがクレアの肩を掴んだ。
「ちょっと。ルーク!」
それを見ながら、フィズは彼の腕を振り払った。見えないだろうが、ぎっと睨みつけると、物陰に引っ張って行かれる。それから、口を塞がれた。
「だめだ。あの子、なりかけてる」
その声がとても切羽詰まったものだったのと、力が強くて振りほどけなかったので、フィズはとりあえず問いかけた。
「なりかけ?」
「魔物」
ひゅっと喉奥から音が鳴った。
どういうことだ。そう思ったフィズに答えるかのように、ルークは短く教えてくれる。
「魔物は生き物から出来ているんだ。あの子はそれになりかけてる。俺があいつらの対処をするから、あんたはリュウホと一緒にクレアちゃんを守って。できるね?」
もちろんだ。フィズが頷くと、透明化が解かれた。




