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クレアに話を聞くと、ぽつぽつと元同級生に付きまとわれているのだと教えてくれた。
前に苦手だと言っていたグループで、その中の一人が、やたらと告白をしてくるのだと言う。
ケヴィンというその少年は、グループの中では発言力が強くない。所謂いじられ役だそうで、クレアへの思いを仲間にはやし立てられては、「好きじゃない」だとか「でも付き合ってやってもいい」だとか言うそうで。チェルシーは怒っていたし、フィズはドン引きした。
彼女の話を聞き、リュウホも交えてこれからのことを話した。それから彼女を家まで送ったら、すっかり遅くなってしまった。
「おかえり。遅かったね」
ドアを開けると、ルークがリビングから顔を出した。難しそうに眉を下げている。
まさか心配してくれたのだろうか。それとも「代わりに家事やっちゃったよ」とか。
仄かに期待していると、ルークはソファに寝転んだ。
「待ちくたびれたんだけど。ご飯早く作ってよ」
そんなわけなかった。
「……一人で食べたらいいじゃん」
別に、必ずフィズと一緒に夕飯を食べなきゃいけないわけじゃない。カップ麺もあるし、昼間はどうにかしているんだから、自分でなにか出来るだろう。
半眼を向けると、ルークは笑顔でのたまった。
「こういうの、女の子の仕事じゃん。俺作れないもん」
めんどくせえ野郎だ。
同じ男でも、フェリオやリュウホは家事をするし、レオーネも分担してそれなりにしてくれた。フィズが疲れていると思ったら、なんとなく話を聞いてくれた。
ルークが嫌いなのもあると思うが、彼と話すと心がささくれ立つ。フィズはため息を吐いた。
「……ルークさあ、今まではどうしてたの?」
堪らず問いかける。ルークがいじっているスマホを見ると、ゲームで遊んでいた。
そんなことしてるなら、手伝ってくれても良くないだろうか。
「……あー、しばらくは食べなくてもよかったからね」
「?」
生まれ変わっていたなら食事は必要ないんじゃないのか?
感じた疑問を問う前に、ルークの話が続いた。
「それに、昔は使用人が作ってたし、今は母親とフィズちゃんがやってくれてる」
「使用人て」
思わず笑ってしまったが、そういえば、彼は元勇者なのだった。そうなれば使用人くらいいるものなのだろうか。
炊事も洗濯も掃除──まあ、彼はあんまり汚さないが──も人にやってもらっているのか。無人島に流れ着いたら、まず最初に死にそうだ。
「じゃあ、ルークは生活能力ゼロなんだね」
呆れるフィズに、ルークは唇を尖らせる。
「熊とかなら狩れるし」
「え。それは、すごいね」
それなら、無人島では役に立ちそうだ。死にそうとか言って悪かった。
熊を狩るなら猟銃が必要だが、残念ながらフィズは猟銃を扱えなかった。だからやったことがない。
「あたしはね、鹿までしか無理なんだよね」
難しいだろうにすごい。そう思ったから褒めたのに、ルークは複雑そうに眉を寄せた。
「……女の子がなにしてんの?」
またそれか。顔を顰めると、フィズはそっぽを向いた。
「男女は関係ないじゃん」
「……あるよ。危ないだろ」
「危ない?」
ルークの発言に思わずきょとんとする。危ないのは分かっているが、なんだかルークがそう言うのは意外だった。
てっきり、女は邪魔だから引っ込んでろみたいな感じなのかと思っていた。
「昔はさ、力の強い男が外でご飯を取ってきて、女の人がそのサポートをするみたいな感じだったんだよな。今の女の子は出たがりが多すぎ」
いや、そういう部分もあるらしい。だけど、たぶん、それだけでもない。最後の言葉にはむっとしたが、納得した。
ルークは、そういう時代に生きていた人なのだ。
自分が信じていた当たり前を疑うのは、勇気のいることだ。当時の価値観を見直すのは、なかなか難しいことなのかもしれない。
「力がいる仕事は、ルークがしてくれるってこと?」
「そりゃあね。適材適所でしょ」
彼がぽん、とスマホを投げた。新しくゲームを開いたが、アップデートしなければいけなかったらしい。その為の準備画面で止まっている。
「そっか」
ソファの背もたれに頬杖を突く。寝転がるルークを見下ろし、良いことを思いついた。
「意外と家の仕事も体力使うんだよ」
「……そうなの?」
ルークが瞳を瞬かせた。思った通りの反応に、フィズはこっそりと口角を上げる。
彼なりの理由があって動いているのは分かった。だけど、それは今の状況にあっていないし、フィズはルークの世話をするのは嫌だ。
その点をどうするか。それは、昔の価値観で固まってしまったルークを、アップデートすればいい。
「うん。洗濯物とか、フライパンとか、結構重たいし。あたしは二人分だからまだいいけど、家族が増えるとその分大変なんじゃないかな。あと、使用人とかならたくさんいるだろうけど、お母さん一人だとさ」
「……まあ、確かに。でも、昔の人はやってたけど」
「そりゃあ、外の仕事とかしてなかったんだろうし。でも今は違うじゃん」
片親で働かなくてはいけなかったり、普通に外の仕事が好きな人だっている。
フィズの母は、仕事先で頼りにされているから辞められないらしい。仕事も好きなんだそうだ。
「昔はって言ってるけどさ」
思うことは分からなくはない。フィズだって、苦労して我慢していたことを、他人があっさりやってると嫌になる。
「ルークは、なんで今みたいな世界になったか、考えたことない?」
ちょんとルークの鼻先をつつく。
変わったと思うなら、そこには変わった理由があるはずなのだ。
「横にいた、守られてた女の子逹が、それは嫌だって思って一生懸命頑張ったからだよ」
自分も役に立ちたいからか、舐められたくないからかは、人それぞれだろうが。
もちろん、「男だから力が強くなくちゃダメだ」と言われたら嫌な人もいると思う。料理とか裁縫とか、家の仕事が好きな男の人が頑張ったのだろう。
「男とか、女とかじゃなくって、あたしのこと見てほしいな」
なるべく優しく笑いかけると、ルークは瞠目し、固まってしまった。
失敗しただろうか。これで意固地になられても困る。
話していたら、疲れがマシになった。もうそろそろ、なにか食べたい。
フィズはキッチンに行こうする。それを。
「?」
袖口を掴んで止められた。
不思議に思って見たルークが、縋るような目を向けてきて、フィズは思考を止める。
「あん、た、さ」
掠れた声が聞こえて、フィズは胸を押さえた。
その姿でその顔は、卑怯だ。ときめかずにいられない。
「今日、なんで遅くなったの?」
「……今日?」
フィズの声も小さくなる。たじろぐフィズにルークは視線を落とした。
「あんた、いつも早いじゃん。……なんか疲れてるし」
ぱちりと瞬きをする。これは、さっきフィズが言っていたことを実行しようとしているのだろうか。
ちらっとスマホを見ると、アップデートは完了していた。思わず口角が持ち上がる。
それを見たルークは目尻を赤らめた。
「……言わねえのかよ」
「あ、いや、ごめん」
ここで機嫌を損ねたら厄介だ。慌てて口元を隠すと、フィズは少し思案した。
「プライバシーなんだけど……大人に相談することにはなったから、まあいっか」
ルークを大人の括りにしていいのかは謎だが……見た目以外は頑固なじいさんだし、構わないだろう。
「クレアって分かる?」
まず確認をする。ルークは一瞬きょとんとしたが、直ぐに思い出した。
「ああ。俺のクラスの大人しい子」
「そうそう。知ってるんだ」
「リュウホが好きな子でしょ? よく話題に出るし、普通に同じクラスだし知ってる」
言われてみれば、ルークとクレアは同じクラスだし、リュウホと仲が良いのだった。
それなら話は早い。夕飯はとりあえずカップ麺を用意して、今日あったことを説明した。




