67
「フィズ。この頃機嫌悪くない?」
出し抜けに聞かれて、フィズは固まった。
確かに、体や気分は重たい。睡眠時間は変わっていないが、寝ても寝ても寝たりない気がした。
「……そんな風に見える?」
フィズは嘘が上手くない。誰かに問い詰められたら話してしまいそうだ。
でも、そうすると、レオーネや自分が危ない。だから表に出しているつもりは全くないのだが、そんなにイライラしていただろうか。
「いや、普通だよ。でも、やたらとくっついてくるからさ」
「フィズちゃん、なんかあったラ、構ってもらいたがるよネ」
確かに、今もチェルシーの背中にぴっとりとくっついている。
自分にそんな癖があったとは知らなかった。そっと離れる。
「……うーん」
このまま洗いざらい話してしまいたい。だけど、ダメだ。
チェルシーとリュウホが顔を見合わせる。何か言いたそうに口を開いたが、フィズの意を汲み取って引き下がってくれた。
「……あ、そういえばさ。デートはどうだった?」
「ば……っチェルシーちゃん。時期的にそれが大転けした可能性が高いデショ」
リュウホが窘めて、チェルシーはハッと口を押さえる。
気を遣わせたのが申し訳なくって、フィズは背を丸めた。
「喧嘩でもしたノ?」
「……ううん。そうじゃない」
そうじゃ、ないのだが。
初代勇者を名乗る同級生が、レオーネの体を乗っ取ってデートに来たなどど。どうやって説明したらいいのか分からない。
「そういえば、チェルシー、この頃ロイはどう?」
埒が明かないので、フィズから話題を変えることにした。チェルシーは一瞬きょとんとして、それから手を叩く。
「なんか、よく私の家でご飯を食べるようになったよ」
前だったら、そんなことがあれば大喜びで教えてくれていたのに、こちらが聞かないと言ってくれなくなってしまった。やっぱり本当に諦めたらしい。
それにしても、ロイは言葉の通り頑張っているようだ。
「そうそう。なんでか分かんないけど」
当の本人には、ちっとも伝わっていないようだが……。
それでも嬉しくなって、フィズは表情を明るくした。
「あ、そういえば、昨日夕飯がおいしいって言ってて」
「そうなんだ」
「うちのお母さんのご飯、確かにおいしいからね」
お母さんのかい。ずっこけそうになったが、チェルシーは肩を揺らして笑っている。
「滅多に言わないから、びっくりしちゃった。お母さんも喜んでてさ」
なるほど。チェルシーだけじゃなくって、みんなに感謝を伝えるようにしているようだ。
ロイが話を聞いてくれたことも、過去を打ち明けてくれたことも、感謝してくれたことも、全部嬉しかった。それを実行してくれてるのだから、喜びはひとしおである。
チェルシーも楽しそうだし、良かった。そう安心していたのだが。
雲行きが怪しくなったのは、二日後のことだった。
「なんか……急に映画行こうよって誘われて……」
「おお……」
なかなか積極的だ。顔を赤らめるフィズとは反対に、チェルシーは溜め息を吐いた。
「……正直めんどくさくて。なんか二人がいいとか言うし……」
「お、おお……」
すれ違いにも程があるのでは?
胃がきゅっと締まるような感覚に、フィズはお腹を押さえた。頑張れと言った手前、謎の罪悪感がある。
「いつの話なノ?」
「うーん。明日……」
「急だネ」
「チケットの期限がねー」
おじいちゃんは相変わらずのようである。頬杖を突くと、チェルシーはぼやいた。
「しかも恋愛映画なんだよね」
「寝るネ」
「寝るね……」
「十割ね」
必ずやないかい。
積極的なのはいいことだが、少し無理をしていないだろうか。
心配になったが、ロイは携帯を持っていない。だから、話すなら森に行かないとならなかった。
だけど、直ぐに帰らなければ、家事が溜まるし、行く場所がバレたら、兄に会わずともルークがうるさそうだ。
「私さ、語りたい派だから、あれやられると嫌なんだよね……」
「そうなんだ」
確かに、ドラマの感想や映画に行った後なんか、楽しそうに話してくれる。
なるほど。ロイと行きたかったのもあるが、一番は誰かと共有したかったらしい。
「……マー、どうなるか分かんないんだシ、行ってあげたラ?」
リュウホが悩むチェルシーの肩を叩くと、その口にお菓子を突っ込んだ。
「あんなにフニャフニャしてた子がなにかしたいって言ってるんだヨ。自我が芽生えて良かったジャン」
チェルシーは、何か言おうとしたようだが、お菓子に阻まれて口を開けなかった。
しばらく咀嚼して、ごくんと飲み込む。
「……まあ、それもそうか」
その頃には、チェルシーも納得していた。上手いこと説得したリュウホはにやーっと笑って、チェルシーの顔を覗き込む。
「デートだネ」
「……デートといえば、リュウホはクレアとどうなの?」
「ッげほげほ」
今回はチェルシーの方が一枚上手だったようだ。
咳き込むリュウホに、チェルシーは目を細める。
「……やっぱ好きなんだ?」
「……クレアちゃんと言えばサ」
分かりやすく話を逸らしたリュウホに、二人の少女は呆れた顔をする。
だけど、それだけではなかったようだ。
リュウホは頬をかくと、真剣な顔をした。
「この頃、変なんだよネ」
「変?」
「やけにボーッとしてるシ……話しかけたら大袈裟に驚くシ……」
それは、意識されているのでは?
フィズにも覚えがある。思考に耽ってしまって、話しかけられたら飛び上がりそうになる。
「背後をちらちら気にしてるシ、電話にいちいちびっくりしてるシ」
「…………」
「いつも遅くまでいるのに早く帰ろうとするシ……送って行くのも断るシ」
つらつらと挙げられたクレアの変な行動に、生暖かい目を向けていたのを恥じた。
それは確かに、変である。
「二人は知っているか分からないケド、厄介な男に目をつけられてたらしくってサ」
クレアから聞いた話だ。
ただ、彼女は気付いていないようだったが、どうやら中には本気で言っていた人もいたらしい。それを知る彼女の友達が、今朝リュウホに相談をしてきたようだった。
「男だと話しにくいかもしれないシ、ちょっと二人に聞いてみてほしいノ。お願いしてもいい?」
もちろんである。
二人が頷くと、リュウホはゆっくりと微笑んだ。




