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ぽんと肩を叩かれて、フィズは歩みを止めた。
振り返ってみると、立っていたのはチェルシーだ。
「おはよう」
「おはよう。フィズ、今日は早めだね?」
チェルシーが嬉しそうな声をあげる。
方向は一緒なのだが、いつも早めに来る彼女と、ギリギリに来るフィズとでは、登校時間が全く違う。だからこうして朝に会うのは初めてだった。
「朝早くに目が覚めてさ」
あの後はリュウホの弟妹と一緒にたくさん遊んだ。
セイランはこっちの言葉をちょっとだけ覚えていたので、話すことも出来たし、バスケで勝負したりもして。思っていた以上に、楽しい時間を過ごすことが出来た。
だけど、迷子捜しで走り回って、リュウホの話を聞いて、それから弟妹と遊んで──思ったよりも疲れていたらしい。
そんなわけで、昨日はいつも以上に寝るのが早かった。起きる時間も。
いつもなら二度寝をするが、すでに十時間ほど寝ていたので、さすがに難しかった。だから、普通に用意をしてから、さらっと予習までして出てきたのだ。今日のフィズは賢い。
「そっか」
嬉しそうに笑うと、チェルシーは背中の後ろに隠してあった手を出した。その手には、何かのチケットがある。
「あのね、今週末に遊んでくれない?」
もちろんと返すつもりで、出されたチケットを受け取って、フィズは眉をひそめた。
「……あ、ごめん、遊園地はちょっと……」
申し訳なく思いながらも断る。
チェルシーが持ってきた遊園地のチケットは、レオーネの誕生日に行くことになった場所だった。
しかも、その予定も今週の土曜日だ。日曜日に遊ぶこと自体は可能だが──物理的に可能でも、次の日にチェルシーともう一度同じ場所に行くのは、気持ち的に難しい。
「えっとね。土曜日にレオくんとここに遊びに行くの」
そう前置いて、レオーネの誕生日なのだと話す。
チェルシーは、がっかりするかと思えばその逆で、みるみるうちにテンションを上げていった。
「フィズ」
肩を掴まれて、目を輝かせたチェルシーが顔を寄せてきた。眼力がすごくて眩しい。
「それって、デートじゃん!」
「え、いや、違う」
咄嗟に否定する。
だってデートって、そういう仲の男女がすることだ。フィズとレオーネは違う。そういう仲じゃない。
(……たぶん)
男女という点では合っている。内心で付け足して、フィズはマフラーを引っ張った。
なんだろう。マフラーをして歩いているからか、なんだか妙に暑い。
「そっかあ。あ、でも、遊びに行くなら、これあげるよ」
チケットが目前に出されて、フィズは首を振る。
「え、いいよそんなの。これ買ったやつでしょ?」
「うん。友達のおじいちゃん、入院してるんだけど、ちょっとボケちゃっててね。こういうのしょっちゅう買ってきちゃうから、それが私に回ってきたりするんだよね」
もちろん払い戻しもある。だけど、たくさん買って忘れるので、家族が見つけたら、期限がその日でもう払い戻しが出来なかったりすることもあるらしい。
それに、ついこの間まで、魔物退治についての報酬は特になかった。だから、もし遊べそうなチケットなら、是非遊んでくれと若い世代にくることが多いそうだ。
前の映画もその関係だったらしい。
「じゃあ、チェルシーが遊んだ方が良いやつじゃん」
「いいのいいの。フィズにはいつもお世話になってるし。他の友達は都合つかないし、行く人いないしさ」
「せめてお金……」
「うーん……じゃあ、一枚分だけ貰おうかな? 元々タダのやつだし」
それなら、まあいいかと肯いて、有難く頂戴した。
こういう入場券って、バイトもしていない学生にとっては高いから、確かに助かる。
せっかくの誕生日にレオーネに払わせるのも嫌だが、奢れるような財力もなかったので、なんだか嬉しい。
お礼を言うと、チェルシーはにっこりと笑って、とん、と頭を指した。
「ね。せっかくだし、この前の髪型して行く? レオーネさんの反応、どうだった?」
心臓が跳ね上がった。
罪悪感で気まずい。視線をずらすと、フィズはそれでも誤魔化さず、正直に話した。
「……あ、いや、帰る前に崩しちゃって……」
「あれ。そうなの?」
「ごめんね……」
しょんぼりと肩を落とすフィズに、チェルシーは眉を下げる。
「もしかして嫌だったりした?」
「ち、違う違う」
勘違いに慌てて首を振る。嫌ではない。ただ、強烈に恥ずかしかったというだけで。
「なんか、女の子っぽい格好って恥ずかしくって……っていうのが最近分かって」
つい昨日判明したことを告げると、チェルシーは不思議そうに目を瞬かせる。
「……それに、レオくんだってどう思うか分かんないし」
急にどうした? みたいに思われたら、なんか嫌だ。かといって、どう思われたいのかも、よく分かってないのだが。
本当に、暑い。観念してマフラーを外すと、首筋に冷たい空気が当たって、気持ち良かった。
「んー、確かに驚くと思うけど、そこは気にしなくってもいいんじゃない? だって似合ってたし」
「…………」
驚くという単語にぴくりと指先が動く。少しだけ冷静になった頭で、フィズは思案した。
この頃──というか、出会った頃から、しょっちゅう彼に負けっぱなしというか、調子を狂わされているのは気になっていたのだ。
レオーネの驚く顔。うん、見たい。
「……うん。じゃあ、そうしようかな」
「おおっ?」
気合いを入れると、チェルシーは瞳を瞬かせて、それからぴっと指先を立てる。
「あ、じゃあ、せっかくだし、服も変えてみない?」
「え」
「一度いじってみたかったんだ。いや、もちろん、今の服も似合うんだけど……」
フィズの格好を一瞥すると、チェルシーはフェリオのお下がりだろうと指摘した。当たりである。
ここ最近、コートやマフラーは、カミラがくれた物を使っているが、中に着ている服は全部お下がりだ。
「女の子っぽいのはちょっと恥ずかしいんだっけ? じゃあ、ボーイッシュなのとか、カジュアルなのがいいかな……」
ボーイッシュな服とボーイの服はどこか違うのだろうか。
なんだかよく分からないのだが、チェルシーが言うとお洒落に聞こえるのだからすごい。
「あ、もちろん、フィズがよかったらの話だけどね。お金は出してあげらんないし……あ、でも、私の服でいけるかな……?」
フィズをじっと見て、チェルシーは頭をひねった。どう答えたらいいか分からずに黙っていると、考えておくように言われ、首肯する。
謎のセンスはともかく、フェリオのお下がりは、サイズも合っていない。親にも自分のを買ったらどうかと何回か勧められているし、この機会に一着くらいなら買ってみようか。そんな風に思ったところで、背後から声がかかった。
「楽しそうだね、お二人さん。道を塞がないでくれる?」
振り返る前に、声ではなく、発言で誰だか分かった。ルークだ。
「お? フィズちゃん今日は男じゃん。そっちのほうが話しやすいね。おはよう」
「お、おはよう……」
ぽんぽんとフランクに頭を叩かれて、フィズは思わず半目になる。
この人、ついこの間「むやみに話しかけるな」とか言っていなかっただろうか。もしかして、自分の言ったことを覚えていないのか?
「……ルーク、こっちの道なんだ? いつの間に仲良くなったの?」
絶句しているフィズの腕をちょいちょいと突いて、チェルシーがこっそりと話しかけてくる。
「ええと、住んでるマンションが一緒だったんだよね……しかも同じ階」
「そー。びっくりだよね」
こっそり返したが、背後にいたルークには聞こえていたようだった。頭に腕を乗せられて、フィズに体重がかかる。重たい。
「ルーク。ちょっと、重たい」
「そんで、二人は何の話してたの?」
抗議をしたが、無視された。フィズの頬が引き攣る。
「ルーク、やめなよ……それ首が痛いって」
チェルシーがルークの背中をつつく。彼は面白くなさそうな顔をしたが、ようやくフィズの頭から腕を離した。
「フィズちゃん、痛かった? ごめんねー」
ちっともすまなそうに思ってなさそうな謝罪である。
ルークを脳内で地面に埋めると、フィズは、それでも、いいよと許してあげた。
「それで、なんの話してたの?」
まだ聞きたいのか。わざと鼻に皺を寄せたが、引く様子はないので、仕方なく話す。
「……別に、ただ同居人と遊びに行くことになったから、それをチェルシーに話してただけだよ」
「同居人……? ……フィズちゃん、家族と住んでるわけじゃないの?」
「……いや、魔法のお師匠さまとだけど。それがどうかしたの?」
なんか、妙なところに食いついてきた。
フィズの疑問は答えず、手で口を覆うと、ルークは目線を落として、何かを思案するような顔をした。それから、不思議そうな声をあげる。
「あれ。デートって言ってたよね? 同居人って、男の子?」
なんだ。ちょっと聞いていたんじゃないか。
そうだよと肯けば、ルークは顔を顰めて、付き合ってるのかと聞く。
「付き合ってないよ」
やれやれ、またそれか。首を振るフィズに、ルークはなんだか呆れたような顔をした。
「嫁入り前になにしてんの。最近の子って大胆だよね」
「ルークも最近の子じゃん」
「……まあね。おかげさまで」
それはどういう言葉のチョイスなんだ。
「……じゃあ、その同居人が好きなんだ?」
ふとした質問に、ひゅっと喉奥から音がした。
固まるフィズを見て、ルークは訝しげな顔をする。
「え、フィズってば、レオーネさんのこと好きだったの!?」




