第60話 プロテインよりも焼き肉が好き
黒毛牛専門焼肉『銀丸』
ここは地元の農家が丹精込めた牛を、丸ごと一頭仕入れている。腕の良い職人が捌いて提供してくれる本格焼き肉。
炭火焼きというのもアリなのだが、この店はあえて魔道ロースターを使っている。炭の方が美味いと思われがちだが、ケースバイケースなのである。
炭はたしかに赤外線と炭の香りと香ばしさ、いぶされた燻製感などもあるので旨味を倍増させる。しかし、ロースターの場合は、そういった付加価値がないぶん、牛肉本来の味を楽しめる。
俺とヴァルディスは、銀丸の座敷席にて向き合った。ちなみに、アスティナたちは俺たちの食事を眺めている。
「ほう、銀丸……か。パンフレットを見た時から、来たいと思っていたところだ。感謝するぞ」
「オープンと同時に予約でいっぱいだったんだがな。無理を言って、席を空けてもらったんだ」
しばらくすると、店員がキムチを持ってくる。
さっそくとばかりにヴァルディスが手を伸ばす。彼の口内から、シャリという音が響き渡った。
「ほう……。よく浸かっている。ヤンニョムも美味い。だが、野菜の味を邪魔することのない絶妙な塩梅。唐辛子も辛すぎず、心地よい刺激を与えてくれる」
「食通みてぇな口をきくようになったじゃねえか」
「おまえと出会ったあの日以来、俺は食に感謝するようになった。一口一口を大事にするようになった。ただ、それだけだ」
「そうかよ。じゃあ、今日は牛に感謝して、いただくとしようぜ――」
まずは牛タン。軽めの塩と胡椒で焼き、ネギをのせて頬張る。シンプルな薄切りタンだが、ここの売りはネギ塩だ。辛みを抜いたみじん切りのネギには、ごま油やおろしニンニクを和えてある。最初の肉にしてはあまりに贅沢。初攻にして至高。
「なるほど、片面焼きか」
「新鮮なタンならでは、だな。焼いた部分の食感と生の部分の食感、そして、ネギの食感の三重奏だ。この店は、いい肉を食わせるだけじゃねえ」
お次は壺漬けカルビだ。バラ肉の中でも『ゲタ』と呼ばれる部位を使う。フルーツベースのタレが肉質を柔らかくする。
店の実力が垣間見える一品だ。俺たちは思わず白米を注文。肉をバウンドさせ、一気にかっこむ。
そして特上ロース。通称ザブトンと呼ばれる部位。いわば大トロの部分である。きめ細やかなサシの入った肉が網の上で焼ける。
ツツと脂汗をかく牛の肉。表面がメイラード(焦げ)反応を起こしたところでサッと取り上げる。
銀丸の肉は融点が低い。要するに油が溶けやすい。ゆえに、サラッとしていてしつこくない。ボリュームのある肉でありながら、何枚でもイケてしまう。
幾種類の肉を平らげたあと、〆は柚シャーベットだ。柚を半分に切って、実の部分を抉ったそれを器にして、さわやか極まりないシャーベットがぎっしりと詰まっている。ほのかな酸味と甘み。しつこくないミルキーな香りが鼻腔を抜ける。
焼き肉を堪能した俺たちは、まるで激戦を繰り広げてきたかのように肩で息をしていた。
「はあ、はあ……やるではないか、ベイル。見事な『焼き』だったぞ」
「肉ってのは、ただ焼けばいいってもんじゃねえ。部位ごとに最適な焼き加減ってのがある。だが、最終的にはその人の好みだ。タンをタレで食べたいって奴がいるんなら、それもアリだ」
焼肉の神髄は、客に焼かせるところにある。料理人は、肉を切って盛り付け、お客に提供するところまでしか関与できない。リレーのアンカーを任されたお客の使命は、自分にとっての最高のゴールを迎えることなのだ。
「さて、そろそろ第2ラウンド目と行くか?」
「くくっ、焦るな。メシを食べてすぐのサウナは消化に悪かろう」
言って、ヴァルディスは拳をググッと握ってみせる。どうやら、肉のタンパク質を吸収して、筋肉がさらなる成長を遂げようとしているようだった。
☆
アスティナは葛藤していた。
――これでいいのだろうか。
ベイルとヴァルディスが、再びサウナへと戻った。アスティナたちは、それを見守ることしかできないのかと歯痒かった。
これはサウナ。大衆的な娯楽でありながら、行く末には世界の命運がかかっている。
「もう、我慢できないわ……」




