第59話 さ・メシや!
――温度計は100度。
広大なフロアは、俺たちのバトルフィールド。
熱を感じやすい上段へと、俺たちは腰掛ける。
ちら、と、ヴァルディスを見やるが、以前とは別格のオーラを放っていた。あぐらを掻いているのだが、ズッシリと重心が低い。まるで根を張った大樹の如き威圧感を纏っている。
「ふぅぅぅぅぅん……」
そして静かなる呼吸。魔人ならば、この程度の熱など意にも介さないはずなのに、十分心拍数が上がってきている。ありとあらゆる環境に適応できるというのは、どうやら本当のようだ。
「……どうした、ベイルよ。サウナに集中できぬか?」
目を閉じたまま、ヴァルディスが問うた。
「違えよ。サウナの先輩として見てやってただけだ。……随分と、サマになってきてんじゃねえか」
「おまえのおかげだ」
「あ?」
「おまえに会えたおかげで、サウナを知ることができた。こうして武の境地を極めることもできた。礼を言うぞ、ベイルよ」
「その恩人を、これから殺そうってワケだ」
「ククッ、そうなるな。貴様を倒し、俺は強者の頂へと登り詰める。」
「つまらねえ目標だ。俺からすりゃ、仲間と一緒に楽しくサウナには入れたら、それで十分幸せなのによ――」
言っても、ヴァルディスには通じないだろう。強くなることこそが、奴の信念。かつての主すらも屠る一念に、いまさら言葉を挟んだところで揺らぐまい。
奴の発汗状態。呼吸。この環境で、十分に心拍数を上げている。無駄な動きが一切ない。
――魔王軍にも面白い奴がいたものだ。
この状態なら、いつだって俺を殺すことができるだろう。なのに、わざわざととのった俺との決闘を希望している。
いや、変わっているのは俺も同じか――。
身体は十分熱された。
俺たちは冷水にて、さらに肉体を追い込み、サマーベッドへと背中を預けた。それを繰り返し、ようやく天下分け目の3セット目。
サウナに入り、冷水を浴び、俺たちはサマーベッドへと寝転び、最後の外気浴をする。
これから始まる死闘に、ギャラリーのアスティナたちは固唾をのんで見守っていた。
――さあ、そろそろだ。
もうすぐ、ととのうぞ――。
ジワと、脳汁が滲み出る。
――きた!
多幸感に包まれ、全身に魔力がみなぎり活性化する。聖なるサウナさんくちゅありによって、いつもよりも激しくととのった。
さあ、最後の戦いだ。
俺は、ゆっくりと双眸を開く。すると、そこには拳を振り上げるヴァルディスの姿があった。
――なッ!?
まさか、俺よりも早くととのったというのかッ?
コンマ数秒の差だが、ヴァルディスはすでに臨戦態勢。先制攻撃を開始しようとしていた。奴のパンチが振り下ろされる。俺は、転がるようにして回避。ヴァルディスの拳が、サマーベッドを粉々に砕く。
「遅いぞ、ベイル」
「くッ!」
間髪入れず、ヴァルディスが間合いを詰めてくる。
凄まじい威力の蹴りが繰り出された。かろうじてガードするが、その威力は凄まじく、俺を派手に吹っ飛ばす。
まるで大砲の弾になったかのようだった。遙か遠く、城壁にまで蹴り飛ばされた。叩きつけられる寸前に、体躯を捻って態勢を変える。両脚で壁へと着地、そのまま壁を駆け上がる。
跳躍するように、城壁へと降り立つ。ふたつ、みっつと呼吸を整える。そのうちに、ヴァルディスがジャンプして飛んできた。床へとめりこむかのような着地。
対峙する勇者と魔人。
「どうした、ベイル。ととのうのに随分と時間がかかっているではないか」
「余韻を楽しんでいたんだよ」
強がりではない。俺のととのい時間は、ヴァルディスとそう変わりはない。だが、あまりの気持ちよさに、目を開けるのが遅れたのは慢心だった。
ヴァルディスを侮っていた。
まさか、俺のととのい速度についてくるとは思わなかった。
「とりあえず、服を着ようぜ。フルチンで殺し合うってのも……なぁ?」
そう言って、俺は城壁の下へと指を向けた。派手な戦闘のせいで、民たちが集まってきてしまっている。
「……うむ、よかろう」
すぐに、メリアとトーレスが、それぞれの服を持ってきてくれる。それらを纏うと、俺たちの戦いが始まった。
「ゆくぞ、ベイルッ!」
「こい、ヴァルディス!」
初撃。拳と拳がぶつかった。
余波で、城壁にヒビが入る。
なるほど、以前とは比べものにならないほどととのっているらしい。
ヴァルディスの腹部に蹴りを入れる。奴は弾丸のように吹っ飛んで、城壁の遙か外にあるホーリーヘッドの岩盤へと叩きつけられた。すぐさま、俺は追撃をかける。床を蹴って、弾丸のように接近。
ヴァルディスは漆黒の炎をレーザーのように射出して応戦。数多のレーザーを縫うように回避しながら、俺はさらに距離を詰める。
「ぬぅんッ! フレアトルネイド!」
奴を中心に黒炎の竜巻。
バリアか。
俺は、それを強引にぶちぬいた。すかさず背中の剣を抜いて斬りかかる。ヴァルディスは、それを真剣白刃取りで止めた。
「やるな、ベイルッ!」
「これぐらいで『やる』なんて思われたら心外だぜ」
剣を使って雷撃を送り込む。雷魔法サウザンドスパーク。周囲一帯に強烈な雷撃が発生。ヴァルディスの全身が稲光に包まれる。
「無駄だッ! 言っただろう! 俺は、ありとあらゆる環境に適応する肉体を手に入れたのだと! こんなもの、雷雲に包まれた天空城の電気風呂に比べたら、静電気にすぎん! 肩コリもとれんわッ!」
「そうかよッ!」
俺は後方に飛んだ。同時に、剣を振り下ろして斬撃を飛ばす。ヴァルディスは、威嚇するアライグマのように両手を広げると、それを真正面から受け止めた。
「むうんッ!」
そして、斬撃を抱き潰してしまったではないか。
「弱く感じるぞ。サウナを怠ったか、勇者ベイルよ」
「バーカ、誇れよ。おまえは、明らかに強くなってる」
「この程度で、強い……だと? ならば、おまえは絶望することになる」
ヴァルディスが右腕を掲げた。すると、上空に小規模な太陽が浮かび上がる。
「消滅魔法ラスト・ザ・サン。コレひとつで城が消し飛ぶぞ」
――凄まじい魔力だ。
ヴァルディスの言っていることは嘘ではない。アレを食らえば、城どころか周囲一帯が荒野と化すだろう。
「やってみろよ」
俺は剣に魔力を込めて構えた。かつての勇者ヘルキスより受け継いだサウナの剣。持ち主のととのい度に応じて、威力が増すとされる勇者専用兵器だ。
太陽のひとつやふたつ切り伏せてみせる。
「ゆくぞっ! ベイルッ!」
☆
ホーリーマウンテン温泉街。
城門の内側では、アスティナやメリア、プリメーラやウルフィ、トーレスや騎士団、世界の行く末が気になる民たちも固唾を飲んで待っていた。
遙か遠く、荒野の向こうにまで戦闘の場を広げた両雄を見ることは出来ず、もはや、こうして勝者の帰還を待つことしかできなかった。
城門が開いた時、戻ってくるのはベイルかヴァルディスか。
数十分後。
重き扉がゆっくりと開かれる。
勝者の帰還――。
現れたのは勇者ベイル。
そして、魔人ヴァルディスの両者であった。
「ベイルくん……?」
メリアがつぶやいた。
「ヴァルディスさん……?」
トーレスもつぶやいた。
ベイルが一言で状況を説明する。
「時間切れだ」
どうやら、長き戦いを経ても決着は付かないようであった。お互いのととのった状態が終焉を迎え、一時休戦。勝負は第2ラウンドへと持ち越されることになるようだ。
「じゃあ、もう一度サウナに入り直すんですか?」
トーレスが、引き気味に尋ねる。あれだけの死闘を再度繰り広げるのかと、ゾッとしているようであった。
「そうなるな。だが――」
ヴァルディスが、そう言い淀むと、ふたりは同時に声を大にして言う。
「「その前にメシだ!」」
2人の強者はサ飯を望むのであった。




