第55話 温泉魔人
アレから二週間。俺たちはホーリーヘッド温泉を完成させる。
城壁の門を潜ると、そこには緩やかな雰囲気の温泉街。浴衣を着た商人たちが、楽しげに店を構えていた。食べ物の香りが漂い、人々の明るい笑顔が交錯する。
ラングリードの町からホーリーヘッド温泉街まで、定期的に馬車が出ているので、アクセスも抜群。ラングリードとは違った、非日常がこの町にはある。
「うわぁ。凄いですね! ベイルくん」
俺は、メリアと一緒に町を巡回する。
「ああ、まさか二週間で完成するとは思わなかった」
うん、マジで思わなかった。なんせ、街をひとつ爆誕させたのだ。
これも偏に、暇人が多かったせいだろう。魔王がいなくなってからというもの、騎士団の仕事がなくなってきている。
武器防具の需要も低下したし、城壁の修理とかの仕事もなくなってきていた。声をかけたら、すぐに職人共が集まってきてくれている。
ホーリーヘッド温泉街が完成すると、そういった雇用問題も解決だ。従業員として働く場所ができたのだから。
「けど、ベイルくん……私は少し不安なのです」
「どうした?」
「魔王の脅威がなくなり、平和が続いています。けど、そうなると騎士団としての自分が必要となくなる気がして――」
「それはいいことじゃないのか?」
「わかっています。しかし、騎士としての誇りがあるんです。誰かのために戦うことでしか価値観を証明できない人間がいるのです」
「あー……。まあ、そういう奴もいるわなぁ」
否定はしない。ぶっちゃけると、うちの親父(勇者ヘルキス)なんかもそうだった。
魔王を討伐したあと、やることがなくて悩んでいた。不器用なタイプだったし、金もあったしで、自分探しの旅に出るとかでいなくなっちまったもんなぁ。
――そういう意味では、俺も同じだ。
争いがない時は、ただのサウナ好きの青年でしかない。けどな――。
「これまでは剣。これからは盾だ」
「剣……? 盾……?」
「俺たちは魔物を倒す剣だった。けど、役目を終えたら次は盾だ。鍛錬を怠らず、武器を磨き、ラングリード騎士団の存在を知らしめる。俺たちは強いんだって、世界にわかってもらう。すると、向かってくる奴がいなくなるんだよ」
「な、なるほど……!」
「平和な世の中にも、騎士団は必要だぜ?」
事実、俺がこの町にいるというだけで、戦争を仕掛けようって気になる奴はいない。
「おまえだって、五大魔将のバージャムを倒したんだ。もっと誇れよ。この町こそ、俺たちの戦った成果だぜ」
「そ、そうですね!」
「さ、俺たちも楽しもうぜ」
「はい!」
俺は、今日だけは目一杯楽しむことにしている。
ずっと働きづめだったので、今日は休みをもらってここへきたのだ。
――ホーリーヘッド温泉の超目玉サウナ『さんくちゅあり』。温泉街のど真ん中に位置する、城のようなサウナ施設である。
「今日も凄い行列ですねぇ」
入り口から龍のように並ぶサウナーたち。一説によれば、待ちの入り口まで伸びているそうだ。老若男女、富裕層から庶民、子供まで。筋骨隆々な魔人のような奴までいる。誰もが、聖地のサウナを味わおうと、朝から並んでいたらしい。
俺はというと、仕事が忙しくて並ぶことなんてできなかったのだが、そこで出てきたのが『勇者特権』だ。国を挙げて、俺の願いを無条件で叶えてくれる最強の権利。
それを使い、今日だけは並ばずに入浴させてもらえるようにお願いした。本来ならこんなことに使うなんてバカげているのだが、世界は平和だしちょうどいいレベルの願いだと思った。ちなみにメリアも一緒に入れるようお願いしておいた。
「んじゃ、入ろうか」
「行きましょう!」
そんなわけで、俺たちはサウナの聖地へと足を踏み込んだのだった。
☆
サウナ・さんくちゅあり。
一見、なんてことはない大衆浴場だ。期待して入ったお客さんは、面食らうだろう。こんなものかと思うかもしれない。
だが、これはあえてそうした。セレブリティな空間を構築してしまえば、お客さんは窮屈に感じる。それを避けたくて、この店は下駄箱からフロント、休憩所はスーパー銭湯的な空間を構築している。
俺は、さっそく大浴場へと向かった。
完璧なロッカー配置。隣との距離が狭すぎると、トラブルが増えるので、あえて広めにつくってある。
のびのびと全裸になったら、すわ出陣。
身体を洗って、露天風呂エリアへ。屋外に巨大な木造の建築物がある。ここが、さんくちゅありの聖地である。
二重扉を開けて踏み込むと、かすかな木の香り。天然のアロマが鼻孔をくすぐる。乾いた空気が身体を心地よく包んでくれる。広々としているし、人数制限も設けているので、ちょうど良い間隔で座ることができる。
「いいぜ……完璧だ……」
あぐらをかき、瞑想するかのような姿勢で、俺はポツリとそうつぶやいた。
他のお客も満足しているようだ。しかめっ面をしているが、精神を集中して熱を味わっている。中には、深く頷いている奴もいる。
ふと、俺の隣に筋骨隆々の男が腰掛けてきた。かなりの高身長で、禍々しいタトゥーが入っている。
そいつは「フゥ」と、小さな吐息をこぼすと、俺に語りかけてきた。
「久しぶりだな、ベイル」
――久しぶり?
俺は、視線をチラリと向ける。
すると、そこには魔人ヴァルディスがいた。
「な……っ。お、おまえは……ヴァルディスッ!」
「声を荒げるな。真のサウナーたるおまえが、マナーに反することをするなど言語道断」
「そう……だな……」
叱られて、すぐさま謝る俺。
――魔人ヴァルディス。また、人間に扮して潜り込んできたらしい。
いや、そもそもこいつをおびき寄せるために建築したというのもあるのだけど、まさか初日にかかるとは思わなかった。
もう、これはたぶん、俺が油断しているのが悪いのだろう。いつも、五大魔将の接近を裸体で迎えるというのは、俺の危機管理能力がなさすぎるせいだと思う。っていうか、危機感もってサウナ入る奴はいねえよ。
「……魔王を倒した世界の英雄様が、こんなところでサウナとは意外だな」
俺は皮肉たっぷりにそう言った。
まあ、コイツの性格はわかっている。サウナで不意打ちをするような無粋なやつではない。落ち着いて対応する。
「ほう、世間では、そういう評価をされているのか?」
「冗談だ。国民は、魔王以上の脅威になるんじゃないかって、恐れてる」
「フッ……そうか」
ヴァルディスは鼻で笑った。
「……で、魔神様が、わざわざこの俺になんのようだ?」
「愚問だな。聖地を名乗るサウナがあるのだ。試さねば人生の損失であろう」
「それだけか?」
「ククッ……。そう焦るな。まずはサウナを楽しもうではないか。――見よ、熱波師もきたぞ」
熱波師がアウフグースの準備をして入ってくる。
とりあえず、俺たちはサウナを楽しむことにした。




