第56話 貸し切りサウナなんて最高じゃねーの
サウナを楽しむことにしたのだが――俺の方は、そういうわけにもいかないだろう。開店初日から、反社――じゃなくて魔人が大暴れしたとなれば、さんくちゅありの名前に傷が付く。
とにもかくにも警戒しながら、俺はサウナを済ませる。
とりあえずととのいはしたので、戦闘準備は万端。だが、ヴァルディスに戦いの意思はないようだ。
俺たちはサウナ終了後、さんくちゅあり併設の軽食屋『ブラスト』へとやってきた。
俺たちはビールと、つまみをいくつか注文した。まずは冷奴が運ばれてくる。ヴァルディスは醤油もかけずに食べる。
「ほう、なんというなめらかな舌触り。まるでミルクを彷彿させるコク深さ」
そして、グラスでビールを一口。
魔神様にしては上品な振る舞いだ。
「うむ。ビールも美味い。麦芽をたっぷり使っているのか、麦の香りがしっかりと感じられる。泡もきめ細かくクリームのようだ。だが、味の神髄はそこではないな。酵母が旨味を引き出している。なるほど……文句のつけようがない」
嬉しそうな笑みを浮かべるヴァルディス。俺も、注文したよだれ鳥を一切れ食べる。蒸した鳥の肉に、ピリ辛のエスニックソースをかけた料理だ。
鶏胸肉が使われているのだが、こいつは料理が難しい。火を入れすぎると、途端にパサついた食感になる。
しかし、この店の技術は侮れず、鶏胸肉に内包された水分を活かして、しっとりとした食感を残しつつもジューシーに仕上げている。
エスニックソースは、ごま油をベースにしていて、食べる前から香りが食欲を誘ってくる。数種類のスパイスを使っているのだが、その中でもホワジャオの主張が強く、ベロが小気味よく痺れてくる。
「――俺は、サウナの魅力に魅せられた」
ふと、ヴァルディスがつぶやいた。
「良かったじゃねえか。その魅力的なサウナのおかげで、かつての主人であったゲルギオラスも倒しちまったんだろ?」
「殺すつもりはなかった。だが、魔王様は俺が気に入らなかったようだ」
「ま、結果的に魔王を倒してくれたんだ。その件に関しちゃ、礼を言うぜ。本来なら俺の役目だった」
「礼を言われることではない。俺がやらずとも、おまえなら余裕だろう」
そうかもしれない。もし、あの日、玉座に魔王がいたら、俺が倒していた。
「――ヴァルディス。目的を聞こうか。ただサウナを楽しみにきたんじゃないんだろ?」
「ああ」
ヴァルディスは、持っていたグラスをコンとテーブルに置いた。
「――俺は、貴様と戦うためにここへきた」
「俺と戦うため?」
「うむ。貴様に敗北してから、俺はサウナを極める旅に出た。よりととのうために……より強くなるために、世界各国のサウナを渡り歩いた。すべては貴様を倒すためだ」
結果、魔王を一瞬で屠るほどのととのいを手に入れることができたそうだ。
事実、ベイルにも感じている。奴の身体から滲み出る魔力は、依然とは別物。相当なサウナを経験してきたのだろう。
「俺を倒してどうする?」
「サウナを支配し、より多くの人間にサウナを知らしめる。いや、人間だけではない。魔物も魔族も、すべての生物にサウナの魅力を伝える」
「伝えてどうする?」
「サウナによって、世界中に猛者が増えるのだ」
ヴァルディスは、世界中のサウナを支配しようとしていた。それらを、人間にも魔物にも義務づけ、隠れた才能を発掘する。そうすることで、ヴァルディスの求める強者が次々と現れる。
「強者を集めてどうする?」
「強さこそ、生物の追い求めるものだろう」
鍛え、強くなることこそ、崇高で高貴なる本質だとヴァルディスは言う。与えられた肉体を究極まで研ぎ澄ますことが、本能に従った、最高の人生だと信じて疑っていない。そしていずれ、自分に匹敵する生物が現れる。それも一興。彼にとっての娯楽だと信じてやまない。
うん。すげーわからん。
けど、すげーわかる。
――いや、真面目な話だ。
こういう奴は、人間にも多くいる。要するに彼にとっては『強さ』こそ宗教なのだ。
宗教に染まった人間は、信じるモノが絶対的な幸福をもたらしてくれると信じ、それを他人にも共有してもらいたくて、押しつけたりもする。
時にそれは、神とかいう偶像的なものだけではなく『お金』『健康』『魔法』など、人間がつくった概念だったりもする。
彼の場合は『強さ』への崇拝だ。
強くなることを尊び、それを全人類に強制することで、理想的な世界を創ろうとしている。彼はそれを信じた結果、強くなるために必要不可欠なものがサウナという結論に達した。
ああ、なるほど。バカだ。
けど、別におかしいことじゃない。魔王だろうが善王だろうが、なにか自分の信じるものを掲げて布教するというのはおかしくない。理解はできる。だが、理解はできないという矛盾を俺は抱いた。
「このホーリーヘッド温泉は、我が理想を成すのに相応しい。世界中のサウナーが、この地を目指し旅をする。真の力を手に入れ、己の価値観を見直し、地元に戻ってサウナの素晴らしさを語り、布教する。そこに『強くあるべき』という論をも組み込むことで、生物はさらなる境地へと達するだろう」
「おまえは、ここの王になるとでも?」
「そう捉えても構わん」
魔王を倒してくれた奴が、今度は新たな魔王になろうとするわけだ。
「……俺とおまえとでは、物事の価値基準が違う。サウナに入ることも、サウナを拒むことも、人間という儚い生き物の美しさなんだよ」
俺は、そこまで鬼になれない。強さを求めるつもりもない。サウナを押しつける世界に興味はない。
「なるほど、相容れぬ……か」
落胆するようなセリフだったが、その表情はどこか嬉しそうだった。
「ならば、貴様を倒して、俺は強者の頂へ君臨するとしよう。貴様に負けて以来、強くなることだけを考えてきたのだ」
「……この場でやるか、ヴァルディス」
「ククッ……。こんなところで戦っては、店に迷惑がかかる――。よかろう。場所も日時も、貴様が決めて構わん。――俺はしばらくこの町に滞在する。準備ができたら、いつでも言ってくるがいい」
☆
俺はすぐさまフランシェに報告した。
彼女は、その日のうちに騎士団や主要メンバーの連中を招集。俺を始め、メリアやアスティナ、プリメーラ、ウルフィなどが騎士団の会議室へと集まった。
「本当に、ヴァルディスが乗り込んでくるとはね」
アスティナが辛辣な表情で言った。
「彼は、実力だけなら五大魔将の中でも最強……決して侮れませんわ」
ウルフィが言うと、メリアが訂正する。
「最強……というか、すでに魔王ですら倒してしまっています。世界でもっとも厄介な存在と考えていいでしょう」
ならばと、ウルフィが現実的な提案を挟む。
「でしたら、全軍を持って、奴の宿泊先を包囲し、一気に殲滅するというのはどうでしょうか。あるいは、ととのったベイル様に襲撃してもらうというのは?」
プリメーラが、その策を拒否する。
「失敗するだろうな。――忘れたか、ウルフィ。奴のそばにはトーレスがいるんだぞ?」
変幻のトーレス。奴はヴァルディスを慕っているらしい。奴が影武者として機能する。ヴァルディスは脳筋だが、トーレスはそういった騙し討ちへの対応力がハンパないそうだ。
「……女王陛下は、今回の件について、どう言っている?」
俺が尋ねると、フランシェが答えてくれる。
「ベイルに一任すると言っています。必要ならば軍を動かすことも厭いません。あるいは世界各国から増援を求めることも可能とのことです」
俺は「そうか」と、言って思案する。
世界の命運を決める一戦を俺に託す……か。
わからなくもない。いくら魔王がいなくなったからといっても、俺がラングリードの特化戦力であることは変わらない。国のみんなが、俺を頼りにしてくれている。
そう考えると、少しでも犠牲者は少ない方がいいんじゃないかって思ってしまう。
――俺しかいない。
フランシェもメリアも強いが、いまのヴァルディスの相手ではないだろう。それぐらい奴の力は底知れない。
「……俺がやるしかねえな」
そうつぶやくと、アスティが言う。
「ひとりで殴り込もうって言うの?」
「ああ、奴とのサウナ対決だ」
お互いがととのい、万全のコンディションになったところで、死闘を繰り広げるガチサウナバトル。己のポテンシャルを完全に引き出した状態で殺りあう。
プリメーラが首を左右に振った。
「奴は、魔王を倒すほどの実力者だぞ? おまえが負けたら、それ即ち世界の破滅だ。ヴァルディスが一方的に国々を蹂躙し、人間はひれ伏すことになる。物事は慎重に考えろ」
「……これは、俺の戦いだ」
奴にとどめを刺さなかった俺の責任だ。
奴には才能があった。サウナを好きになる可能性を秘めていた。だから、俺はもっとこの世界にサウナが好きな奴がたくさんいたらいいと思って、奴を生かした。
この戦いの決着を、他の奴に委ねる気はない。犠牲者を増やす必要もない。
「俺が絶対に奴を止める。――フランシェ、さんくちゅありを貸し切りにして欲しい」
フランシェは、大きな溜息をついた。
「……止めても無駄なんでしょうね」
「ああ」
「王家の力で、さんくちゅありを貸し切りにします。――しかし、これは大事件になりますよ」
「わかってる。これが最後の戦いだ。奴を倒して真の平和を取り戻す」




