第54話 結界で決壊
「ひぃぃぃぃっ! 寒い! 寒すぎますよヴァルディスさん!」
この日、ヴァルディスは北のアイスロック大陸にきていた。この地は、氷によってつくられた極寒の世界。
文献によれば、サウナの起源は非常に寒い国からだという。ならば、ここにこそ究極のととのいがあるのではないかと思い、ヴァルディスとトーレスはやってきたのだった。
「ククク……油断すれば、身体の芯まで凍りかねんな」
サウナに必要なのは緊張と緩和。極限まで熱で追い込んだ状況から、極限まで冷やすという、生命危機からの解放へというプロセスによって、ととのいが生まれる。
ベイルの覚醒システムも、元をたどれば、勇者特有の窮地に陥った時に発現するという火事場の馬鹿力のようなものなのだ。
「そそそ、そんなことを言っている場合じゃないですよ! そもそも、こんな寒いところで、どうやって熱を用意するんですか! サウナなんてできませんよ」
ヴァルディスは、コートを脱ぎ捨て全裸になる。そして、タオルを腰に巻いた。
「……結界だ」
「結界……?」
英雄ヘルキスの仲間に、シノン・グラタニアという結界師がいた。そいつは、膨大な魔力によって、サウナ的な空間を構築する。それによって、ヘルキスのサウナをサポートしていたそうだ。
「……ヴァルディスさん、結界魔法を使えるんですか」
「苦手だが……まあ、なんとかなるだろう」
空間構築系の結界は、想像力が肝となる。普通の結界師ならば、最初はサウナと四六時中、触れあうことから始めるだろう。
目をつぶって食感を確認したり、何百何千枚とサウナを写生したり。ずーっとただ眺めてみたり、舐めてみたり、音を立てたり、嗅いでみたり、サウナで遊ぶ意外なにもするなと師匠に言われるそうだ。
しばらくしたら、毎晩サウナの夢を見るようになって、その時点でサウナから離れるのだ。そうすると、今度は幻覚でサウナが見えてくるそうだ。
さらに日が経つと、幻覚のサウナがリアルに感じられる。いつの間にか、幻覚じゃなく自然と具現化したサウナが爆誕するそうだ。
サウナという空間を創造して具現化する過程で、おそらく何日もサウナという空間に閉じ込められることにもなる。おそらく毎日がサウナだったことだろう。
だが、ヴァルディスは、そういった器用さや想像力を持ち合わせていない。
ならば、どうするか?
――力尽くでいく。
「ぬぅぅぅぅん!」
ヴァルディスが、腕を薙ぎ払った。すると、ヴァルディスたちを巨大な火炎の竜巻が包み込んだ。
「す、凄い……。竜巻の内側をサウナ代わりにするのかぁ」
「結界というには、雑かもしれんがな」
「けど、温度が低くないですか?」
たしかに。氷の大地のせいで、温度がすぐに下がってしまう。もう少し、魔力を込めなければならないか。
「ぬおおおおおおおッ!」
ヴァルディスが手をかざし、火炎竜巻の威力を上昇させていく。
「お、上がってきた」
いや、理想の温度にはまだまだ足りないような気がする。リュックから温度計を取り出して確認するけど、これほど熱しても60度ぐらいだった。
「なるほど、さすがはアイスロック大陸。しかし、俺とて世界最強を目指す者。これならどうだぁッ!」
さらに火力を増す。火炎が凄まじい勢いで周囲を焼き尽くす。白い大地が真っ赤に染まっていく。
その時だった。ピシッという嫌な音が聞こえた。
「……なんだ、いまの音は?」
「ヴァルディスさんにも聞こえました……?」
「う……む?」
ピシという音が、今度は連続して聞こえてくる。
次の瞬間――。
ガコンッ! というけたたましい音が聞こえたかと思ったら、ゴゴゴゴゴゴゴという地鳴りと共に、地面が揺れ動き始めた
「しまった! 火力を上げすぎたッ!」
まさか、永久凍土がこれほどまでに簡単に崩壊するとは思わなかった。いや、ヴァルディスの魔力が強すぎたのかッ?
「どどど、どうするんですか!」
「船まで戻るぞ、トーレス!」
ふたりは、白い大地を全力で疾走する。だが、大地が歪に砕けていく。足場が次々に海へと沈んでいく。
「しまッ――」
トーレスが海へと落下してしまう。
「ぎゃあああああぁあぁぁッ! つめッ! つめたいッ」
「トーレス! 掴まれッ!」
手を伸ばすヴァルディス。だが、彼の手を掴んだ瞬間。ヴァルディスの足場も砕けてしまう。
「ぐあああああああぁぁぁぁぁッ!」
ヤバい。さすがは極寒の地。身体の体温が一瞬で0になった。このままでは船に戻るまでに凍死する。サウナを甘く見すぎていた!
――だが、こんなところで死んでたまるかッ!
「ぬぅおおおおおおおおッ!」
ヴァルディスは、身体から魔力を発して熱へと変える。全身から火炎魔法を放っているかの如くだ。すると、周囲の水温が上昇する。
「す、凄い……け、けどッ!」
あまりの魔力の放出により、海水が沸騰し始める。
「ぎゃぁあぁぁぁぁぁぁ! あ、熱いです! ヴァルディスさん!」
「むぅんッ? し、しかし、加減がわからん!」
あまりにも凄まじき流氷の数々。弱めれば、一瞬にして凍り付き、強めればすべてが溶けていく。しかも、凍土の崩壊のせいで、船はどんどん流されていく。
「ヴァルディスさん! ヴァルディスさぁぁぁぁぁん!」




