第53話 筋肉サウナ研究家のマグマ・ヴァルディスです
ウーファ山は完全な活火山だ。火口からは連日のようにマグマが溢れ出ており、空には雷雲が常に停滞している。動物どころか魔物すらも生息することができないほど、劣悪な環境。
魔人ヴァルディスは、そのマグマに浸かっていた。
「ぐぐ……6分か……」
身体を焦がしながら、陸へと上がるヴァルディス。
そして、持ってきた樽の中に身体を浸す。樽の中には氷水が入っていたのだが、ヴァルディスが入った瞬間、彼の内包した熱が氷を溶かし尽くし、樽の中を沸騰させる。蒸気が巻き起こった。
「ぬぅぅ……ん」
数十秒浸かったあと、ヴァルディスは持ってきたサマーベッドに寝転がる。そして、しばらく考えたあとにつぶやいた。
「うむ……ととのわぬ」
マグマで身体を熱せば、さらなるととのいの境地に至るか試してみたのだが……やはり無理があったようだ。
「ヴァルディスさん……無理しないでくださいよ……」
トーレスが心配そうに言った。
「究極のととのいを手にするために必要なことをしているだけだ」
「こんなに無茶なことばかりしていたら、死んじゃいますよ」
魔王を倒してからも、ヴァルディスは連日のように新たなサウナを研究していた。しかし、これでもまだベイルには及ばないだろう。さらなる研鑽を積み、スキルを磨かねばなるまい。
とりあえず、ヴァルディス考案のマグマサウナは失敗だったようだ。
「俺に付いてこなくても良いのだぞ。……スライム島に戻って、静かに暮らせばいいだろう」
「冗談でしょ? きっと人間共は、これから魔王軍の残党狩りを始めます。そしたら、島のみんなだって生きてはいられませんよ。ヴァルディスさんが、世界の王になってくれなきゃ困るんです」
「関係のない話だ。いまの俺の興味はサウナとベイルだけだ」
「十分です。ベイルさえ倒してくれたら、あとは烏合の衆。ぼくでも蹴散らすことができます」
「くだらん。人を頼るな」
「くだらなくても結構です。あなたが勇者ベイルを倒してくれるのなら、ぼくはどこまでも付いてきます」
「ふん、勝手にしろ」
期待されようが、ヴァルディスに応える気はない。まずは、ベイル。とにもかくにもベイル倒す。そのためにも、奴を越えるととのいを手に入れなければならない。
「……ここはもう用済みだ。下山するぞ」
ヴァルディスは、使う必要のなくなった樽を200個ほど、火口に放り投げる。すべて氷が詰められていた。研究のためには、これぐらい必要かと思っていたのだが、いらなくなった。ゴミになった。
「あーあ、せっかく運んできたのに……」
「いらん」
「ヴァルディスさんも、結界とか覚えたらどうなんですか? 優秀な結界師は、サウナに適した空間を構築できるそうですよ。そしたら、こういったものを運ばなくても良くなるんじゃないです?」
「擬似的な空間で、真のととのいを再現できるとでも?」
「試験的にやってみるぐらいはアリじゃないですか?」
「ふむ……」
その時だった。捨てた大量の氷が、マグマを刺激してしまったようだ。表面の温度が下がり、マグマが粘性を抱いていく。それが内包していたガスの行き場をなくし――火山を一気に噴火させる。
「なにッ!」
ゴゴゴゴゴゴゴと胎動した次の瞬間、火口からマグマがはじけ飛ぶ。
「あわわわわわわッ!」
「これはマズいな。逃げるぞッ!」
トーレスを小脇に抱え、ヴァルディスは全力疾走してウーファ火山を駆け下りる。
「ぬおおおおおおおおおおおッ! ヤバい! ヤバいぞッ!」
「ひいいいいいッ!」
☆
「んぐ……んぐ……ぷはぁッ!」
ホーリーヘッド山の上流から流れてくる川の水をひとすくい飲んで、俺はポツリとつぶやいた。
「美味い……」
美味い水というのは『ミネラルが~』『やわらかさが~』とか、評論家がいろいろ言っているが、実際のトコロ『雑味のなさ』こそ水の味だと俺は思っている。
ちなみに、水の美味さ感じたい人は、お店で『軟水』と『超硬水』を買って飲み比べてみてくれ。こう言っちゃなんだが硬水は美味しくない。
それでもわからない人は、500ccぐらい一気に飲んでみるといい。硬水だと飲みにくくて、なかなか減らないのだ。
で、話は戻るが、ホーリーヘッドの水はマジで美味い。身体の老廃物が溶けていくような清らかさ。人間の70%は水分だと言うが、もしそれらすべてがこの水で構築されたのならば、五臓六腑から健康になっていくような気がする。
これで水風呂をつくったのなら、誰も文句は言えないだろう。まるで母の母体にいるかのような安心感を得られるに違いない。
この地こそ、サウナーの聖地と呼ぶに相応しい。
「……よし、着工だ!」
俺は、振り返ってそう言った。控えているのは、騎士団の面々に、町の工務店の連中。「おおおおおおおおッ!」と、雄々しき叫びを上げて、ホーリーヘッド温泉の建築に取りかかる。もちろん、俺も参加だ。
まずは瓦礫を取り除く。トーレスとかいう奴が、派手に壊しやがったから撤去しなければならない。使えそうな石材は使い回す。
魔王がいなくなって以来、民の士気は高い。騎士団も暇になっているので、十分すぎるほどの人員が働いてくれる。みるみるうちに城のような温泉施設ができあがっていく。
女性陣は炊き出しを手伝ってくれた。内装に使う部品などもつくってくれる。ラングリードの民が、一丸となって聖地を創造しようとしていた。ぶっちゃけると、前回つくったのは、壊される可能性があったので、若干適当な部分も多かったのだ。
俺は設計図を眺めながら、完成形に思いを馳せる。
ホーリーヘッド温泉は、いわば小さな街だ。城壁に囲まれた街。中には飲食店や屋台が溢れている。武器防具などの装備品に加え、ご当地のお土産。カジノや劇場なども溢れていた。高級旅館も揃えられている。反面、庶民的な旅館も多い。
温泉・サウナもひとつだけでなく、高級志向から庶民志向まで、すべてが揃えられているのだ。
ここで、ちょいと経営のお勉強。
娯楽施設をつくる時は、高級志向と庶民志向を『混在させる』方がいい。
よく劇場などで、S席とかA席など差別化されている。レストランなどでもVIP席などがある。
アレは、優劣を付けることで、富裕層は『優越感』を感じ、低所得層は『お得感』を感じることができる。
ぶっちゃけ、ああいうS席というのはぼったくり価格なのだが、富裕層はそういうのを気にしないレベルで金を使ってくれる。
そうやってぼったくったおかげで、庶民に安い席を用意することができる。安い席が多ければ多いほど、富裕層は優越感を感じたりもできるというループも発生する。
極端な話、すべてがS席だと、富裕層は優越感を感じられないので、ちょっと寂しいのだ。プレミアム感がないのだ。
ホーリーヘッド温泉街の話に戻るが、ここはタダの娯楽施設で終わらない。
立派な城壁があるゆえに、拠点としても使用可能。外敵からの侵攻を防ぐと共に、ラングリード本城になにかあった時には、速やかに駆けつけることができるのだ。
「これが完成したら、とんでもないことになるぜ……」
凄まじい勢いで建築が進められていくのを見て、俺は胸をワクワクさせていた。




