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第43話 魔王の節約生活開始

 アスティナを引き抜いたことにより、ウルフィの温泉施設はより一層強いブランド力を手に入れることになった。


 富裕層ツアー作戦は概ね成功。あれから一週間経過したが、お客も徐々に戻りつつあった。


「それでは、報告してください」


 ウルフィの屋敷。会議室には、幹部のダークエルフたちが揃っていた。そのうちのひとりが資料を眺めながら述べる。


「今週の売り上げが出ましたが……黒字には届いていません。ただ、徐々にお客は増えていますので、このまま行けば、経営も軌道にのるかと」


「想定の範囲内ですわ」


「しかし、問題は出費が多いことです」


 建物の増築に加えて、アスティナとの契約。サウナ施設の宿屋化も進めている。高級路線を行くとなると、レストランにも腕の良いシェフを必要とするので、費用がかさむ。結果、コストがかかってしまうのは当然のことだった。


 また、ローンや家賃もある。企業経営の場合、土地は買うよりもローンの方がいい。


 その方が動かせる資金が増えるので、成長企業はローンを利用して店舗展開していく。店によっては買うよりもレンタルをした方がいいものもある。これらの支払いも毎月発生している。


「完全に黒字化するまでは、金に糸目は付けません。店を増やし、施設の充実化を進めてください」


「ですが、我々の資金も、そろそろ限界で……」


「魔王軍の資金は、この私が握っております。至急、使いを出して、融通してもらってください」


 現状、かなりの資金を魔王軍から引っ張ってきている。だが、文句を言う奴はいない。そもそも魔王軍が金という概念を使って戦争を有利に進められたのは、ウルフィがいたからである。


 魔王軍の全資金を投じてでも、この作戦は成功させる。


「苦しい戦いでしたが、勝利も見えてきました。ただ、くれぐれも油断しないでください。相手はあの勇者ベイルです。ヴァルディスちゃんやプリメーラちゃんを敗北させた男。追い詰められたとなれば、どんな手段を使ってくるかわかりません――」


 その時だった。ダークエルフが慌てて会議室に入ってくる。


「ウルフィ様! 大変です!」


「どうしました?」


「はあ、はあ……こ、これを……」


 息を切らせながら、彼はウルフィにチラシを渡した。彼女が視線を落とすと、そこにはこう書いてあった。


 ――ホーリーヘッド温泉。近日オープン。


「ほ、ほーりぃへっど温泉……?」


 ホーリーヘッドとは、ラングリードの近くにある休火山だ。


 地熱によって温められた地下水脈は、ほどよい熱さとまろやかな泉質で温泉にピッタリ。この度、そのホーリーヘッドに超巨大温泉施設を建築することになったらしい。


「超巨大な温泉……ですか……」


 城壁の外なので、危険なのかと思いきや、施設を囲むように城壁を構築。さらには四六時中腕っこきの傭兵団が温泉を守ってくれる。施設自体は高級志向。つまり、ウルフィたちと正面からやりあうことになる。


 ――ホーリーヘッドの噂は知っている。

 かの勇者ヘルキスも、その泉質によってさらなるととのいを手に入れたとさえ言われている。聖地と言っても過言ではない。


 サウナ好きならば、誰もが一度は入ってみたいと願うだろう。城壁の外ゆえに、魔物も出るし危険な地域なのだが、それらをカバーして全力で観光化を図る気のようだ。


「……放ってはおけませんね」


 さすがのウルフィも表情を曇らせる。

 ここがおそらく最終決戦。


 ――勇者ベイルと天計のウルフィの内政勝負。ここがターニングポイントである。


「こちらも仕掛けます。一流のマッサージ師に、一流の執事、一流のメイド! とにもかくにも、お金持ちが絶対にきたくなるような要素を揃えるのです! 金に糸目は付けません! 全力を持って、ホーリーヘッド温泉に対抗します!」


     ☆


 一方その頃。ラングリードより遙か遠くにある魔王城の謁見の間。


 建物のように巨大な玉座に、竜のような顔面を持った魔王ゲルギオラスが鎮座。彼は、忌々しげに変幻のトーレスからの報告を受ける。


「――というわけで、ヴァルディスさんはしばらく戻らないそうです」


「おのれ……プリメーラといい、ヴァルディスといい、このワシを裏切りおって……」


 低く、呻くようなゲルギオラスの声。


 トーレスの額からは、冷や汗が滲んでいた。彼とて、五大魔将のひとりなのだが、ゲルギオラスの前では赤子同然。ほんの少し、腕を動かしただけで彼はミンチと化すだろう。


「お、お言葉ですが、プリメーラさんはともかく、ヴァルディスさんは裏切ったわけではないと思います。時を置けば、いずれ魔王様のもとへ戻ってくるかと」


「ワシの命令を聞かぬのだ! 反逆したも同然だろう!」


「は……」


 五大魔将をふたりも失ったとなれば、さすがに魔王軍の士気も下がる。このままでは、さらなる反逆者が現れるかもしれないと、ゲルギオラスは懸念する。


 ――忌々しい。


 勇者ヘルキス……奴は長年の時を経て、再び魔王の障害になるというのか。隠居したとはいえ、その息子ベイルという厄介なものを残してくれた。やはり、サウナーという種族は絶滅させねばならぬようだ。


「誰か! 酒を持て!」


 不機嫌そうに声を荒げるゲルギオラス。

 側近の者たちが、慌てて用意を始める。


「……ところで、ウルフィはどうなっている?」


 魔王が、トーレスに問いかける。


「は……。徐々にラングリードの町を支配しつつあるとのことです。陥落は時間の問題かと」


「ふむ……さすがは、ワシが見込んだだけのことはあるな」


 言っているうちに、ゲルギオラスのもとへと酒が運ばれてくる。魔王の巨体に見合うグラスがないので、特注の樽が器代わりだ。サイクロプスが3人がかりで持ってきた。ゲルギオラスは、それを鷲掴みにし、一口で飲み干してしまう。


「ん……ぐ……な、なんだこれはッ! ゲホアッ!」


 突如として、口から吐き出すゲルギオラス。


「ど、どうかなされましたか?」


「これは、酒ではない。ぶどうジュースだろう! どういうつもりだッ!」


 魔王が一喝すると、サイクロプスは震え上がって一目散に逃げ出してしまう。連中に代わって、トーレスが説明する。


「も、もうしわけございません……ワインは、いま切らしておりまして……」


「ワインがないだとぉッ!」


「は……ウルフィの資金繰りによって、現在、魔王軍には余裕がありません」


「金がない……?」


 そんなバカな、と、ゲルギオラスは思った。魔王軍の資金は潤沢である。


 世界各国から、人間を滅ぼした戦利品としての金銀財宝が魔王城に集められているハズだ。それが尽きるなど――。


「ウルフィめ! いったいなにを考えておる! 奴を呼び戻せ!」


「お待ちください! ウルフィは、一世一代の策をしかけております! 上手くいけば、ラングリードを支配するだけでなく、勇者ベイル、大魔道士アスティナ、裏切り者のプリメーラも始末できるのです! どうか、いましばらくご辛抱を!」


「ふざけるなあッ! 魔王たるワシの食事を切り詰めるとかありえぬ!」


「ま、魔王様は、たくさん料理を召し上がられるので、我慢していただくと、我々も助かるのです!」


「なんだとッ! ならば今日の食事はどうなるッ?」


「げ、現在、召使いたちが、全力でパンを焼いております! 小麦は安いのです! どうかいましばらくご辛抱をッ!」


 ――何が起こっている?


 ウルフィは、いったいどういう戦いをしているのだ。この戦いが続けば、魔王軍はいったいどうなってしまうのだ?

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