No.5 一話 ~04~
今日は一段と冷え込む一日だった。外で吹き荒れる寒風の音が窓越しにでも聞こえてくる。この時期の木枯しを見るとボスとであったころを思い出す。あの時からもう何年たったか。柄にもなく私はそんな感傷にひたる。
私が車の準備をさせてボスの部屋に入ると既に身支度を終えたクレイマンが椅子に腰掛けていた。ふと香る懐かしい煙草の香り。クレイマンが咥えている煙草の灰がポロリと机の上に落ちた。その姿が物思いにふけっているときのボスの姿と重なり、不意に涙がこみ上げてきた。私は慌てて涙を堪えてクレイマンに歩み寄る。
「準備が出来た。いいか、お前はこの部屋を出たときからクレイマンではなくイド・リヴァーだ。忘れるなよ」
「そっちこそ。へまするなよ」
包帯越しでも分かるニヤリ顔を浮かべてクレイマンが帽子をかぶる。この男がイドでないことが分かっていても背丈、体つき、服装がイドのものと全く同じなだけで得られる安心感。私は不本意ながらもそれを感じてしまった。私の信じるボスはたった一人なのに。
「どうした、イキシア。車へ」
「はい。ボス」
私はいよいよこのファミリーの運命をかけた大博打に出る。分かっていたことではあるが、これがファミリーの皆だけではなく他のマフィアたちまで騙すことだと思うと足が震えた。でもこれを乗り越えなければボスが帰ってくる場所までなくなってしまう。なんとしても成功させる。
そう意気込む私の背中にクレイマンの手が触れた。
「俺に任せておけ」
すっかりやる気になったクレイマンは私より先に部屋の外に出る。
マフィアのアジトとしてははっきり言って小さな屋敷。その廊下にずらっと並んだファミリーを前にクレイマンは帽子を脱ぎ、胸に添えた。
「お前たちには心配をかけた。すまない」
「ボス・・・・」
誰とはなしにファミリーの中から言葉が漏れた。数日振りに見るボスの姿。ただここに立っているだけでファミリーの精神的な支えとなるボスのカリスマ性。それを改めて実感する。このファミリーにはやはりボスが必要なのだ。
「行ってくる」
堂々とした立ち回り。まるで本当にボスが帰ってきたような錯覚を覚えるほど完璧な言葉遣いと態度でクレイマンは屋敷の外へと歩く。床をしっかりと踏みしめながらクレイマンは自らの手で屋敷の扉を押し開けた。私はその背中を追いかけるように続く。
屋敷の外は数日前の猛暑が嘘のように肌寒い風が吹く。私はクレイマンの乗る席のドアを開け、車の中へと誘導した。クレイマンは帽子を片手で押さえながら一度屋敷を振り返り、そして黙って車の中へと乗り込む。続いて私が運転席に座る。クレイマンはふざけた態度を一つも見せず、席に腰を落ち着けていた。
屋敷の入り口には見送りのためにファミリーが総出で車の発進を見守っている。全員がボスを見つめ、今までの不安も忘れて希望に満ち満ちた目をしていた。私はそんなファミリーの姿を見て胸に突き刺さる罪悪感と自己嫌悪に小さく舌打ちをする。
エンジンを起動させる小刻みな振動が私たちを揺らし、アクセルを踏み込むと同時にアジトは徐々に遠ざかっていく。石畳の道を走る車は何度も上下に揺れ、舗装された道路に出てようやく速度を上げる。バックミラーで確認できないほど離れ、そして建物の角を曲がって初めてクレイマンは大きなため息を一つついた。
「驚いた。まるで本当のボスみたいだった」
私はそんなクレイマンの姿を見て、素直な気持ちを言った。
「この顔と声は誤魔化せないだろ。本当に大丈夫なのか?」
「怪我で顔と喉が焼けたことにしている。今の調子でいけば大丈夫だ」
「だといいけど」
クレイマンの調子のよさも流石にこの状況では出てこないようだ。窓の外を黙って見つめるクレイマン。一体何を考えているのだろう。自分がイド・リヴァーかもしれない現実に悩んでいるのか、それともただ単に緊張しているだけか。包帯で隠れた顔からはその心境は読み取れなかった。
街の中心を流れるフラエズ河を挟んだ向こう側に目的の屋敷はある。この街一の勢力を持つルッソファミリーの屋敷だ。街で二番目に大きな道沿いに入り口を構えるその屋敷は、私たちの住む屋敷とは比べ物にならないほどの大きさだ。一ブロックに一つの建物という時点で規格が違う。この規模の建物といえば街の国立博物館と警察署、貿易商組合館くらい。つまり個人の所有物ではこの街一の大きさになる。
ルッソファミリーの大屋敷が見え始めた所で私は大きく深呼吸を繰り返した。こんなときに本当のボスが居ればどれだけ安心できたことだろうか。クレイマンには申し訳ないがそう思っていた。
私は屋敷前のロータリーに車を止める。既に緊張で顔が強張っているのが鏡を見ずとも分かった。
「もう降りても?」
「すぐにボーイが来る。そのまま待ていろ」
後部座席のクレイマンは私ほど緊張した様子は無い。結局は無関係な人間だからそこまで気持ちを入れ込まなくても平気なのだ。彼は腕を組んで窓の外に向けた視線を一切動かさないでいた。
しばらくするとエンジン音を聞いて屋敷の中から人が出てくる。まだ子供の使い走りだ。私は彼に車のキーを預けてクレイマンと二人、三階建ての屋敷の前に立った。
「緊張してるのか?」
ボスではないクレイマンの声が私に尋ねてくる。周りに誰も居ないことを確認して私は無理やり余裕な表情を作ってやった。
「酷い顔だぜ?」
「余計なお世話だ」
「まぁ、何とかなるさ。行こうぜ」
クレイマンが気楽に行けよ、といった口調で言う。中に入ればなるようにしかならない。気持ちを落ち着かせて私は姿勢を正す。
「頼むぞ、ボス」
「任せとけ」
帽子をかぶり、いよいよ臨戦体制の私たちを向かいいれるように黒塗りの扉が大きく開いた。
第五回。
実は随分前に書いたこの小説。久々に読み返すと、恥ずかしい。忘れているところもあり、色々な場面を思い出します。粗削りな作品かと思いますので、手厳しいご指導もお待ちしております。どうぞよろしくお願いします。
青六。




