「優しい神様」
「で、具体的にはこれからどうするのですか孔弌さん?」
「何をするにもまずはここを出ないと話にならないんだけど」
そもそもここがどういう空間なのかよくわからない。
「ふむ、窓は開かない……外には出られないみたいだな」
アルテが窓を開けようとするけど、無理らしい。
「とりあえずテレビでもつけてみようよ」
スザク、君の思考回路はどうなっているんだい? なぜこの状況でテレビをつけるなんていう選択肢が出てくるんだ。
「お、なんかうつったぞ」
「えぇ!?」
まさかこの空間、テレビの配線きてるのか?
「兄ちゃん、これって……」
「あれ、これは?」
テレビの画面に映ってるのは……。
「昔の、僕?」
テレビに映っているのは僕だ。
ただ、身長を見てみる限り、小学生の頃だろうか。
「どうしてこんな……」
「ふむ……奴があの赤い玉はお前の負の感情を溜め込むものだと言っていただろう? だとしたら、これは溜め込んだお前の記憶の残滓……というところか」
なるほど……。
『………………』
テレビの中の僕は広い食卓で一人でご飯を食べている。
『…………僕は違う、僕は一人でも大丈夫……』
「孔弌、お前……」
「うん、負の感情か……。確かに僕が一番苦しかった頃の記憶らしいね」
ずきずきと胸が痛くなり、ガンガンと脳が揺れる。
画面が切り替わり今度は学校の風景が映し出される。
『孔弌君、ここがわからないから教えてほしいんだけど』
『どうして僕に聞くの?』
『え、だって……孔弌君はすごく頭がいいから』
『僕は君達みたいなお遊戯じゃなくて、自分の勉強がしたいんだ』
『う……ごめん……』
『だめじゃない、健君。孔弌君は僕達とは違うんだから……』
「…………兄ちゃん、これって一体どういう事なの?」
「……そうだね、いつかは話そうと思ってたんだけど」
「あの、私は少し知ってます……」
「そっか、アロにはちょっとだけ話したことがあったね。まぁこれが昔の僕なんだよ、みんな」
「………………」
「なんでも僕は所謂、天才児だったらしくて……なんていうか色々な意向もあって、いつも特別に皆とは違う勉強をしてたんだ」
「そんな、まさか……」
「特別な学校に行くっていう話も出てたと思う。まぁなんていうか、そういうわけで皆を見下してたんだよ、本当は遊びたかったくせに。笑っちゃうよね」
「……孔弌が、天才児だと? 信じられねぇ……。バカの天才の間違いじゃないのか……」
セラにだけは言われたくないよ!?
「……実は私は少しだが、気付いていた」
アルテが思い出すような口調で話を続ける。
「そうだな、今までお前はふざけているようでいて、たまに驚くほど鋭い視点で物事を考える事があった」
そんな事あったっけ……。
「戦闘にしてもそうだ。というより、戦闘中の指示だな。今まで経験のない者が、戦闘中にあれだけ的確に私達に指示を出せるとなると才能としか考えられない」
「なるほど、そう言われてみれば確かに孔弌君はちょっと特別だったかもね」
「他にも少し勉強を教えたぐらいで教えてないところまでスラスラと解いてみたり……まぁ確信したのはたかだか数時間の将棋で私が詰まれた時だな。あれは驚いた」
「えぇ!? 兄ちゃん、アルテに勝ったの!?」
「まぁ、そんな事もあったような……」
そういえばやったなー、将棋。
「……しかし、孔弌。一体何があってそれほどの秀才がこんなバ……じゃなかった。陽気な性格になったのだ?」
「今バカって言おうとしたでしょ!? ねぇ、正直に言ってっ!」
「いや、違うぞ。バカンスの事を想像していただけだ」
その言い訳は非常に苦しいと思う。
「あ、また画面が変わりました」
アロの声に皆が再びテレビのほうに視線を移す。
『…………ッ』
これは、神社……か。
「どうやら泣いているようだな」
「ふふ、幼いそなたが泣いている姿、悪くない……。あぁ、そそる……」
「いやいや、悪趣味だよっ!?」
僕にとってはかなり辛い光景を見ているのに。
『……友達がほしいです。…………家族がほしいっ、一人はいやだ』
「おぉ、諭吉を賽銭箱に入れたぞ!? すげぇ太っ腹だな」
「とりあえず、黙ってみていろセセラギ」
はしゃぐセラを秋月が諌める。
「また画面が変わったようですね」
「どうやらこの家みたいだな」
画面には廊下の隅で泣いている僕の姿があった。我ながら何て根暗な……。
――プルプルプル。
携帯電話の音が聞こえる。どうやら画面の中の僕の携帯かららしい。
『もしもし……』
半べそになりながら電話に出る僕。……これってまさか……。
『あー、もしもし? 僕だけどノボル君かい?』
『え、ノボル……ッ?』
『あ、うん。ノボルだよ、ノボル。NOBORU』
『……違う、僕は、阿保孔弌。間違い、電話です……』
嗚咽の混じった声。間違いない、これは、あの時の電話だ……。
『そうか、間違い電話か。それは悪かったね』
『あ、いえ……』
『……ところで君、なんで泣いているんだい?』
『なんでもないよっ』
『なんでもないのに泣く事はないだろう? どうせ他人なんだ。少し相談してみたらどうだい?』
『………………』
『えっと、孔弌君だったか。……君は寂しいのかい?』
『……えっ!?』
『図星かい? ま、寂しいなら、僕が話し相手になるからさ。何でも話してみなよ』
『…………あの、名前は……?』
『僕かい? 僕はコクオウリュ……いや、違うな。クロちゃんとでも呼んでくれたまえ』
「孔弌さん、この電話の声ってっ!」
僕から話を聞いたことがあるアロが、ものすごい勢いで僕に言い寄ってくる。
「うん、僕も今気付いた」
「リュウさんじゃないですかっ!?」
そうだ。電話の声は、リュウの声そっくりだっ!
『……でね、っていう事があったんだよ』
『へぇ、すごいっ! クロちゃんは面白いこと沢山知ってるんだ』
画面が切り替わるたびに電話で話しながら楽しそうに笑う僕の姿が出てくる。
『クロちゃんはどうしてそんなに面白い話を知ってるの?』
『そうだねぇ、すぐにできるわけじゃないけど人生経験を積むのが一番かな』
『人生経験? クロちゃん、何歳なの?』
『ふふ、僕かい? 僕はこう見えても軽く三千歳を超えているよ』
『姿見えないしこう見えるも何もないんだけど。それに三千歳なんて超えるわけないよ!』
「孔弌、なんだかだんだんと今のお前みたいになってきたな」
「なるほど、お前のバ……陽気さの元はここだったのか。ある意味納得の帰結だが……」
「もういいよ、言い直さなくて……」
「そうか、ならば次からは気をつけよう」
『どうしたんだい、孔弌君?』
『クロちゃん、僕友達がほしい。寂しいよ、クロちゃん』
『何を言ってるんだい、僕達もうマブだろ?』
『……クロちゃん、ありがとう』
『と言っても、こうして直接会うことのない僕には限界がある。よし、ここはマブダチの僕が友達を作るための方法を伝授しようじゃないか。』
『うん、ありがとクロちゃん……』
『大体ね、友達なんてできるものじゃない。できてくるものなのさ』
『そうなんだ……』
『あぁ。僕達だってそうだっただろ? [r]君の場合は、まずその頭脳を流体運動の計算とかそういう小難しいことに使うのはやめて、もっとみんなを楽しませるために使うべきだよ』
『無理だよ、そんなの……』
『何事も行き過ぎれば面白い。考えすぎる天才はバカになるのさ、僕みたいにねっ!』
『………………』
『おっと、そろそろ時間だ。それじゃ、また明日のこの時間に』
『うん……』
『ねぇ、クロちゃんはいつも何してるの?』
『ん? 僕はね、仕事の合間にゲームをしてるかな』
『仕事?』
『管理と監視の仕事さ。もうこれがものすごい暇で暇で。一日のうち23時間15分は暇をもてあましてると言っても過言ではないよ』
『ふーん』
『そうだな、孔弌君もゲームとかしてみたらどうだい? ゲームばっかりするのはあまりよくないけど、たまには心に余裕を持ってやってみるのもいいよ』
『そんなに面白いの?』
『あぁ、もし買うつもりなら今から僕のお勧めをいくつか教えてあげるよ』
「こうしてゲーマーへの道にも入っていったわけか」
「確かに今思うときっかけはこれだったね……」
そのあと執拗にセ○のソフトをすすめられたっけ。
『……もしもし、クロちゃん?』
『ん、僕だけど。どうしたんだい、孔弌君』
『僕ね、ドッジボールが……してみたい』
『やればいいじゃないか。小学校なら休み時間にいくらでもやっているだろ?』
『無理だよ……』
『君はもうちょっと人の輪に踏み込む勇気と度胸を持つべきだよ。この前だって、クラスの男の子達が海水浴に行く話を羨ましがってたじゃないか。なら、混ぜてもらえばいいだろう?』
『そうだけど……』
『大丈夫、君ならできるよ』
『……うん、ありがと。ねぇ、クロちゃん?』
『なんだい?』
『僕、クロちゃんとも会いたいよ。クロちゃんともドッジボールしたり、海に行ったりしたいよ』
『………………』
『会えないの?』
『あぁ。孔弌君、僕はわけあって暫くここから離れられないんだ、悪いね……』
『ううん、それじゃ仕方ないよ』
『でも約束だ。いつか必ず君と遊ぶよ。ドッジもするし、海水浴にも行く。絶対にだ』
『うん』
リュウの、あの突拍子もない行動は、全部僕との約束を守るためだったんだ……。
ドッジボールも、海水浴の話も、普段のトラブルも……。
「孔弌……」
アルテが気遣うように声をかけてくる。
「これは先日リュウから聞いた話なんだが、数百年前、私達を封印していた金猫銀猫がいなくなったせいで私達の封印が弱まり、リュウは封印を守るため神社の最奥から離れられなかったらしい」
「そう、なんだ……」
『ねぇ、クロちゃんっ! 僕今日学校でクラスメートと沢山喋ってきたよっ!』
『おっ! よかったじゃないかい孔弌君』
『うん。クロちゃんの言うとおり皆を楽しませようとしてたらうまくいったよ! やっぱり小難しく考えないで直感で喋るほうがきもちいいねっ!』
『そうか……』
『クロちゃん?』
『それなら孔弌君、もう僕の相談は必要ないだろう?』
『え?』
『あぁ、勘違いしないでくれ。別に君のことが嫌いになったわけじゃない』
『じゃ、どうして?』
『本当は僕はあまり特定の一般人と接触してはいけないんだ。誰かの願いを叶える為に、ほんの少しだけ力を貸す。僕がしていいのはそこまでなんだ』
『そうなの?』
『あぁ。けど、もし本当に辛くなった時はまたいつでもかけてきて構わないよ。僕はいつでもいるから』
『そっか……。ありがと、クロちゃん』
『あぁ、突然で悪いね』
『ううん、大丈夫。僕の方こそいっぱい迷惑かけてごめん』
『平気さ。友達と喋るのは楽しいからね』
『……ありがと』
『あぁ。いいかい、孔弌君。どんな時でも前向きに考えて必ず諦めちゃいけないよ?』
『わかった。それじゃまたね、クロちゃん』
『あぁ、またね孔弌君』
――ツーツー。
全てを見終わった僕の目からは涙が出てきていた。
涙はさっき全部出尽くしたと思ってたのに……。
「僕は、電話の後も、まだリュウの世話になってたんだ……」
「もう何も映らないみたいだね」
スザクの言うとおりテレビの画面に映っているのは砂嵐だけだ。
「恐らく、お前が一番辛い時期を抜け出したからだろうな」
「チャンネル変えてみようぜ」
セラがスザクからリモコンを奪い取ってピッピッとボタンを押す。
「お、なんか違うのが映ったぞ」
「これって……」
画面に映し出されているのはリュウと蛍さんの姿だ……。
「どうやら外の光景のようだな」
モニタの向こうには繰り出される攻撃を必死に避け続けるリュウと蛍さん。
『さっきから全く反撃してこないようだけど、いつまで続くだろうね?』
今となってはひどく醜悪に感じる時雨の声が響く。
確かに時雨の言うとおり、リュウも蛍さんもあまり反撃をしようとしていない。
ただ攻撃を避け続けている。
『生憎と、僕のマブダチがそこにいるうちは君の命は預けておくよ』
「僕たちが吸収されているから……」
リュウ達は迂闊に攻撃できない……。
『それにしても素晴らしいっ! これが十二式神を纏め上げた力か!』
恍惚な表情を浮かべて攻撃を続ける時雨。
『僕は、負けない。この町を守るため、友との誓いを守るためにっ!』
リュウが時雨の致命傷になりそうにない場所を攻撃して態勢を崩させる。
『そうやって細かいことに拘っていると犬死するよ。せめてウォーミングアップの相手ぐらいにはなってほしいね!』
『ぐぅぅっ!』
蛍さんの刀が時雨の攻撃を受け止める。
『闇の帷、このまま動きを封じるっ!』
即座にリュウが何かの術を発動し、あたり一面に黒いカーテンみたいなものが現れる。
『この程度の結界で私の身動きを封じられると思ったのかい?』
『なんと強引な……』
明らかに劣勢だ……このままじゃ……。
「くそっ、どうすればここから出られるんだっ!」
見てることしかできないなんて歯痒い……。
「……孔弌耐えて。きっとチャンスは来る……」
そう言っているテンちゃんの体からは怒りのようなものが滲み出ている。
それにテンちゃんだけじゃない。この場にいる全員が感情をむき出しにしてテレビを食い入るように見つめている。
『リュウ、下がるのじゃ!』
飛んできた刃からリュウを庇うように蛍さんが飛んでくる。
『はぁぁぁあっ!』
そしてとうとう時雨の攻撃がピンポイントで蛍さんを直撃する。
『ふわぁぁあっ!』
あの蛍さんが軽々と吹き飛ばされる。
『さて、まずは一人……』
『だめぇぇぇええっ!』
倒れた蛍さんの前に物陰から出てきた沙羅が立ちはだかる。
『おや、君は。死んだと聞いていましたが、生きていたのか。それに言葉まで取り戻して……丁度いい、二人まとめて――』
『やめるんだぁぁああっ!』
そこに横合いからリュウが突っ込んでくる。
『ふぅ……しぶといッ!』
体勢を崩しながらも時雨はリュウに反撃する。
そして二人の攻撃が交差して……
『……ゴフッ』
『あぁ、これが最古の端獣の血。美しい……』
時雨の放った氷の刃。その刃がリュウの背中から飛び出ているところを見れば、貫通していることは明らかだ。
『僕は、まだ、倒れるわけにはいかない……倒れない……』
それでもなおリュウは立ち続けていた。その胸から溢れ出す血は見ているだけで痛々しい。
『そんなにこの器が気がかりか。こんなたかが部品を気にするなんて、君も随分と酔狂だ』
『お前が! 孔弌君を、侮辱するんじゃないっ!』
リュウが跳躍して一気に距離を詰める。
『……こいつも貰っておけぇ!』
倒れていた蛍さんが力を振り絞って時雨に雷を飛ばす。
それは本当に最後の力だったらしくて、蛍さんはすぐにぐったりとして動かなくなってしまった。
『む……』
額から少し血が出る時雨。
『ぐっ……』
そして時間差を置いてリュウの体から噴出す鮮血。
『これで決着はついたね』
ニイと口元を歪める時雨。
『あぁ……』
こちらも笑みを浮かべるリュウ。
『僕"たち"の勝ちだっ!』
そう叫ぶリュウの手には例の赤い球、つまり今僕たちが閉じ込められている物体が。
『お前、いつの間に!』
『額なんて目立つところにつけてたら、切り取るのは簡単さ』
『だがそれも問題ない。既に力の読み取りは終えているし、殺生石のエネルギーも取り込んだ。私が吸収前の強さに戻るとでも思ったのかい?』
確かに時雨の言うとおり奴はパワーアップした状態から戻りそうにない。それは今この中にいる僕だから何となくわかる。
『いや、君は何もわかっていないっ!』
そう言ってリュウは赤い球を地面に思い切り叩きつける。
そうだ。リュウが言いたいのはそういうことじゃない。これは……。
『あとは、頼んだよ孔弌君……』
「任せろ、リュウッ!」
テレビの前で、例え届かないとわかっていても僕はそう声を張り上げる。
脱力したリュウの体を時雨の刃が貫いている所で映像が途切れた。
と、同時に僕たちのいる空間に亀裂がはいり、周囲がすべて白くなっていく。というより透明になっていく。
「リュウがあれを破壊したから外に出られるみたいだね」
言いながら僕はみんなの顔を見る。
「みんな、今から皆の主としてお願いがある」
全員が僕の方に注目する。
「時雨をぶっ飛ばすから、協力してほしい!」
その言葉に全員が微笑む。
「当たり前だろっ!」
そんなセラの叫びに続くように
「目の前で主のマブダチがこんな目に合うのを見せられたらな。それに元々全ての元凶はあいつだ。これで俺達の過去も清算しようじゃないか。孔弌、出会ってそうそうだが、俺の力お前に預けるぞ」
涼夜の言葉に強い決意で頷く。
「そなたが言うまでもなく、わらわは個人的にあやつを痛めつけようと思っておったところだ」
「やれやれ、主ならお願いじゃなくて命令だろ。まぁ、私はお前のそういうところを気に入っているのだがなっ」
「今日は流石に僕も本気でやらせてもらうよ」
麗姫、アルテ、碧鮮を筆頭に仲間達がこちらへ熱い視線を向けてくる。
「行こう、みんな!」
僕はテレビから目を離してそう呟いた。
そして部屋が完全に白くなる……。
次回、最終決戦です。




